家のない子も恋をする
キスと二つ並べて書いてみる。キスキスである。さかさに読むと、スキスキとなる。これもとてもいいな、と男の子は考える。漢字で書くと「好き」という字は女ヘンに子という字。つまり、女の子である。これも、とてもいいな、と男の子は考える。
男の子は、ことし十五歳である。
ラブと二つ並べて書くとラブラブ。さかさに読むと、ブラブラである。何だか知らないけれど、ちよっと恥ずかしい、と男の子は考える。
ブリジット・フォンテーヌが唄っている。
世界のひとが
みんなさむさにふるえている
だから
どこかで火事がある
ハートが燃えると恋なのに、家が燃えると火事なのです。
「家は、恋をすることができないのかな」
と男の子は考えこんでしまった。
(中略)
ダミアはシャンソンで、
「海で死んだ人は、みんな、かもめになってしまう」
と唄いましたが、かもめになれなかった溺死の少女は、いまも海の底に沈んでいます。
だから、ひとは誰でも青い海を見ていると、かなしくなってしまうのです。
寺山修司 『少女のための恋愛辞典 家のない子も恋をする』
写真:沢渡朔 『人形たちの夜』より
★これは寺山修司氏が子供の頃に、アンブロース・ビアスの『悪魔の辞典』を愛読されており、中に、《恋愛》=患者を結婚させるか、あるいはこの病気を招いた環境から引き離すことによってのみ、治すことのできる一時的精神異常。と記されていたこと、この本のもつ冷ややかな調子に反発し、おとなになったら、ぼくの辞典を作ろうと思ったそうです。でも、できやしないので、恋愛についてのノートに「少女のための恋愛辞典」とつけてみたそうです。因って、これは寺山修司によるアンブロース・ビアスへの回答でもあるというもの。
私もアンブロース・ビアスの『悪魔の辞典』を持っていた。真っ黒な妖しげな御本でちゃんと読まずに古本屋さんに売ってしまった。私よりさらに幼い弟が私の本棚を見ては不気味そうに、こっそり母に告げ口していたらしい。「お姉ちゃん、だんだんおかしくなってる。大丈夫かな...」って。母も多分にそういう意味ではおかしな人だったので、そんな弟の心配心をまた私にこっそり嬉しそうに話すのでした。”シャンソン”というフランスの歌謡を教えてくれたのも母でした。でも、この詩には”ブリジット・フォンテーヌ”という名が出てくる!私のこの趣味サイト『BRIGITTE』とはブリジット・フォンテーヌのお名前から拝借しているもの。なので、この詩はとっても大好き!寺山修司作品には数え切れない程の好きな詩や物語、映画がある私。なので、また追々にと想っています☆