薔薇色ファンタジー★ヴェルヴェットの小部屋

色褪せぬ美しきもの・映画・音楽・文学・絵画等。ヴェルヴェット・ムーンのサブchouchouの偏愛日記です。忙中有閑♪

オリバー・ストーン監督「中国は世界レベルになれない」、痛烈批判は一部削除も―台湾メディア

2014-04-21 | 報道・記事メモ
オリバー・ストーン監督「中国は世界レベルになれない」、痛烈批判は一部削除も―台湾メディア

2014年4月17日、第4回北京国際映画祭に出席したオリバー・ストーン監督が、「映画の審査制度がある限り、中国は世界レベルになれない」と中国および映画界を批判した。中央社が伝えた。

北京国際映画祭の記者会見で語ったもの。米紙ロサンゼルス・タイムズによると、ストーン監督は「毛沢東」という中国では微妙なテーマにも切り込み、「中国ではこれまで、毛沢東映画が数多く作られてきたが、いずれも礼賛ばかり。批判が見られない」「毛沢東と文化大革命を正面から描く映画を作るべき。そういう作品を作れた時が、本当の意味で開放されたと言える」とコメント。観客から拍手と歓声が上がったが、“政府関係者を動揺させた”と報じている。

ストーン監督によると、1990年代に文化大革命を描く構想を持っていたが、中国当局の審査を通過せず拒絶されたという。監督によると、文革を背景に同性愛を描く作品だった。自身の1986年の映画「プラトーン」を例に挙げ、「私は自分の国も批判するのだから、他の国を批判してもいいはずだ」とコメントしている。

2008年にも北京五輪の記録フィルムを製作しようと、参考写真として北京市内の様子を撮りだめたというストーン監督。こちらも中国当局に受け入れられず、「自分たちが世界に発信したいのは、誇り高い面を写したものだ」と批判されたという。このためストーン監督は、「中国は国際化を目指してハリウッドと合作したがるが、自国の歴史を直視していない」と語っている。

米紙ニューヨーク・タイムズの転電として中央社が伝えたところによると、ストーン監督はこの席でウイグルやチベット問題にも言及。しかしこれらの内容は映画祭公式サイトや中国メディアの報道内で全削除されている。
引用:Record China 4月20日(日)0時10分配信(翻訳・編集/Mathilda)

★流石、米国の社会派映画監督の発言です。ストーン監督はウイグルやチベット問題にも言及されたそうです。まあ、中国共産党は困ることは報道規制。国民の言論統制、SNS等の規制も厳重体制。文化大革命も天安門事件も無かった事にしたいのでしょう。中国の多くの民、同胞を死に追いやった。同胞を虐殺した歴史を日本にすり替え、抗日プロパガンダに余念のないお気の毒な隣国中国は、こうして歴史を塗り変え続ける。素晴らしい歴史ある中国の文化をも破壊してゆくのは憐れとしか思えません。米ソの冷戦崩壊後も、着々と現在進行形で他国を侵略し続ける。モンゴル、チベット、ウイグル、今学生たちが蜂起して闘っている台湾、フィリピン、そして次は(既に始まっていますが)日本でしょう!経済的にはグローバルながら軍拡、覇権主義を続ける中国共産党。私達は右左、保守、革新という安易な二項対立軸ではなく、精神的なレジスタンス体制に既にある(と気づいているお方も多いけれど、メディアは所詮、経済優先ゆえに報道はごく一部という現状)。日本は今の所、中国の人々に比べれば随分言論の自由があります。けれど、知る権利と叫びながら報道する使命は何処へ...勝手なものだなあ。私は音楽や映画という親しい友人たちから今日も学び、私はどう想うか、と考えながら、愛しき祖国日本を思いながら精神的連帯に希望を抱く日々です。

2年程前、某知人と久しぶりに再会した折に、ふと政治的な話題になり、私が「アメリカの属国状態から脱する日が戦後体制からの脱却。だから憲法無効論を訴える人々に共感しているんです」と。「あれ?流行の右傾化ですか(笑)」と、話題は変わった。けれど、今年になり再会したその知人は、とても憤慨して熱く語るのでした。所謂「嫌韓」という感じ。私は同じ言葉を返したかったのですが、面白いものだなあ~と思い、やや呆れと微笑ましさで会話は近況へと流れました。如何にメディアの影響が大きいのか!と、こうした小さな日常会話でも窺えるのだと実感しています♪

ジャンヌ・モロー:JEANNE MOREAU / つむじ風:LE TOURBILLON (1962年)

2014-01-09 | 好きなシャンソン
 
 あけましておめでとうございます。今年も、どうぞ宜しくお願い致します。

 元旦に水無瀬神宮へ初詣に参り、篝火(お焚き上げ)を弱い胃腸にいただき、配布してくださっていた甘酒もとても美味しくいただきました。そして、おみくじは吉でした。記されていた言葉たちは、総じて「今までの過程、その先の道のりを地道に歩きなさい」と、いうようなものに感じました。そして、私自身、そのように思っていたので、自分の器内でこつこつ頑張ろうと想いを強くしています。

 この「つむじ風」というシャンソンは、今年最初に聴いた音楽ではないのですが、大好きなジャンヌ・モローがまだお若き頃の、フランソワ・トリュフォー監督の映画『突然炎のごとく』(1962年)の中で歌われる名曲が聴きたくなり、元日に聴いていましたもので、「薔薇色ファンタジー・ヴェルヴェットの小部屋」の2014年最初の記事にしたいと思います。今年は本業の音楽のことを、勝手な想いや纏わる想い出たちと共に、出来るだけ更新を続けたいと思います。

 
Jules e Jim - Jeanne Moreau - Le Tourbillon

 
 ★過去の記事の中に、画像か動画のサイズが大きすぎたものがあったようで、色々修正作業をしていました。やっと、レイアウト崩れが修復でき、ほっとしています。テンプレートもシンプルなものに衣替えしてみました♪


ブラー:BLUR / フォー・トゥモロー:FOR TOMORROW (1993年)★久々にBLUR大会をしていました♪

2013-09-07 | 好きな音楽


 7月に畏れ多くも初ライヴをさせて頂きました。大の苦手な季節の激猛暑の夏なのに。それでも、応援くださる方々のお陰で何とか...反省点は多々ありますが、皆様、いつもありがとうございます。


 “音楽が大好き!”だと自覚したのは小学6年生から中学生になる頃かな?。それ以前の幼い頃は映画が先に好きで、音楽も歌謡曲を聴いていました。そんな頃から気が付けばかなりの年月を経ています。でも、好きなアーティストの核なる方々はまったく変わらない。好きな映画も基本的に。ただ、許容範囲が知らず知らずに広がっています。嘗ては勝手なイメージゆえに、敬遠しがちだった作品に感動することも。それでも、嗜好は基本的にはあまり変わっていないのですが。  


 私という人間も然程変化はないのだと思えます。けれど、最も自覚的に変わったかも?と思えるのは、「生きる」という事の尊さを重んじる様になったと思います。でも時には「死を選ぶ自由」もある、とも。常に「生と死」は隣り合わせの人生。その中で可能な限り、「自分らしく」生きてゆけたら...と。「自由」という言葉は尊い。けれど、我欲まみれの自由ではなくて、不自由さを伴ってこその、もっと尊厳的な自由を想う事が好きです。そんな想いは、かれこれ30年程漠然と。三島由紀夫と石原慎太郎の両氏(コインの表と裏の、まるで兄弟のような)からの影響は歳と共に痛感している日々です。生き続けて訴え続けること、現実に関与し続付ける行為は、死を覚悟して訴える姿と実は似ている気がします。「日本」や「国家」なるものがしっかり刻まれている方々に敬意を表します。私の世代の無関心さを嘆きます。そして自戒を込めて残された人生を、愛する世界と長く古きに渡る伝統や歴史に学びながら、その時間の流れを大切にしながら生きてゆきたいと思います。


 こんな想いを亡き両親に伝えた、暑い暑い今夏のお盆でした。


 バタバタしていて此方の日記の更新を怠っていましたら、またもやデザインがデフォルトになっていました。ようやく暑さも落ち着き始めたので、今日からまたつらつらと偏愛日記を綴ってゆきたいと思います。  


 先日、久しぶりにBlurを聴いていて、“やっぱり好きだなあ~”とまだ乏しい容量のitunesの中に、Blurのフォルダーを作りました。格別好きな曲を色々と選んで。意外なようで意外でもないのですが、シングルカットでない曲たちが多くなりました。そして、洋楽への入り口が英国だったこともあり、やはり英国的な香りのするポップスが大好きなのだ、と再認識。1stからリアルタイムなので同時代性バンドとしての親近感があります。また、彼等の楽曲から感じられるビートルズだったり、キンクスだったり、デヴィッド・ボウイだったり、ケヴィン・エアーズだったり...英国ならでは屈折感最高です!長き歴史ある英国文化の情景を思い浮かべるのも好きなようです。今日は、1993年の2ndアルバム『Modern Life Is Rubbish』(1st~3rd辺りが最も好きです)に収録の「For Tomorrow」のPVを掲載させて頂きます。曲も良いですがこの頃のBlurがルックス的にも好きだな♪



Blur / For Tomorrow

米国ローリング・ストーン誌が選出した「史上最も偉大なシンガー100」★デヴィッド・ボウイは23位でした♪

2013-05-30 | 報道・記事メモ
 2008年の米国ローリング・ストーン誌が選出した「史上最も偉大なシンガー100」。ちょっと古い記事ですが、メモ帳に貼っていたものを記録しておこうと思います。選出がアメリカということ、ロック・シンガーが主のようですので、マリア・カラスもエディット・ピアフも探してもランクに無い訳です。大御所のブルースやソウル・シンガーがおられるのですが、ビリー・ホリディやサラ・ヴォーンは別の様です。よく分かりませんが、このようなランキング発表には、どうしても納得が行かないお方も多いでしょうね。でも結構楽しいです。

 みんな大物ばかりですが、個人的な興味で見ると、10位内にジョン・レノンが5位、20位内にミック・ジャガーが16位、デヴィッド・ボウイも23位に!ジェフ・バックリーやトム・ヨークも入っているし、辛うじて98位にスティーヴィー・ニックスも!!でも、ケイト・ブッシュが100位までに入らないのって?!偉大なるシンガー、それも紛れもなくロック範疇だし。アメリカでのヒット曲が少ないからだとしたらマドンナは?...と云ってみました☆



The 100 Greatest Singers of All Time 2008 by Rolling Stone

1. Aretha Franklin
2. Ray Charles
3. Elvis Presley
4. Sam Cooke
5. John Lennon
6. Marvin Gaye
7. Bob Dylan
8. Otis Redding
9. Stevie Wonder
10. James Brown

11. Paul McCartney
12. Little Richard
13. Roy Orbison
14. Al Green
15. Robert Plant
16. Mick Jagger
17. Tina Turner
18. Freddie Mercury
19. Bob Marley
20. Smokey Robinson

21. Johnny Cash
22. Etta James
23. David Bowie
24. Van Morrison
25. Michael Jackson
26. Jackie Wilson
27. Hank Williams
28. Janis Joplin
29. Nina Simone
30. Prince

31. Howlin' Wolf
32. Bono
33. Steve Winwood
34. Whitney Houston
35. Dusty Springfield
36. Bruce Springsteen
37. Neil Young
38. Elton John
39. Jeff Buckley
40. Curtis Mayfield

41. Chuck Berry
42. Joni Mitchell
43. George Jones
44. Bobby "Blue" Bland
45. Kurt Cobain
46. Patsy Cline
47. Jim Morrison
48. Buddy Holly
49. Donny Hathaway
50. Bonnie Raitt

51. Gladys Knight
52. Brian Wilson
53. Muddy Waters
54. Luther Vandross
55. Paul Rodgers
56. Mavis Staples
57. Eric Burdon
58. Christina Aguilera
59. Rod Stewart
60. Björk

61. Roger Daltrey
62. Lou Reed
63. Dion
64. Axl Rose
65. David Ruffin
66. Thom Yorke
67. Jerry Lee Lewis
68. Wilson Pickett
69. Ronnie Spector
70. Gregg Allman

71. Toots HIbbert
72. John Fogerty
73. Dolly Parton
74. James Taylor
75. Iggy Pop
76. Steve Perry
77. Merle Haggard
78. Sly Stone
79. Mariah Carey
80. Frankie Valli

81. John Lee Hooker
82. Tom Waits
83. Patti Smith
84. Darlene Love
85. Sam Moore
86. Art Garfunkel
87. Don Henley
88. Willie Nelson
89. Solomon Burke
90. The Everly Brothers

91. Levon Helm
92. Morrissey
93. Annie Lennox
94. Karen Carpenter

95. Patti LaBelle
96. B.B. King
97. Joe Cocker
98. Stevie Nicks
99. Steven Tyler
100. Mary J. Blige

★偉大な方々ばかりなのですが、太字にしたのは、個人的に「おおっ」と嬉しく思った方々です。基本的にロックの入り口は英国、それも私のランキングならボウイが1位、バンドならローリング・ストーンズなもので...。

※下に自動的に「キーワード」が表示されます。どうして「デヴィッド・ボウイ」は無いのでしょうか?「デヴィッド」だったらいっぱいいますね。

『悲しみと歌』 エドモンド・ブレア・レイトン:EDMUND BLAIR LEIGHTON

2013-05-29 | 文学・詩・絵画
 なんとなく今日の気分の一枚は大好きなラファエル前派の絵画で、19世紀末から20世紀初頭を生きた英国の画家、エドモンド・ブレア・レイトンの『悲しみと歌』(原題は『SORROW AND SONG』)。20世紀に入った晩年の作品のようですが製作年不詳です。

 「歌」とはただ楽譜があり発声されるものだけでもないと思っています。一つの詩、一枚の絵から聞こえる「歌」があるのだと。

 ついつい、長年好きな絵画群はラファエル前派や広い意味での象徴主義絵画が好きな傾向は変わらないようです。それにしても、日本語って素晴らしいです!でも外国語に訳されるととんだ羽目に陥ることもありますね。この作品の原題の『SORROW AND SONG』の「sorrow」にも色々な意味合いがあるでしょう。日本語だと「悲しみ」となっていますが、「哀しみ」、「愛しみ」とも漢字とひらがなで表現できるのですね。そんな事をこの甘美な絵を眺めながら想いました☆

「なぜ悲しい音楽を聴くとロマンチックな感情になるのか」 理研が一端を解明

2013-05-28 | 報道・記事メモ
なぜ悲しい音楽を聴くとロマンチックな感情になるのか - 理研が一端を解明

理化学研究所(理研)と東京藝術大学は5月24日、悲しい音楽は悲しみだけでなくロマンチックな感情も聴き手にもたらし、また、その作用が音楽経験の有無に関係なく引き起こされることを実証したと発表した。

同成果は、理研脳科学総合研究センター 情動情報連携研究チームの岡ノ谷一夫チームリーダー、川上愛ジュニアリサーチアソシエイト(現 客員研究員、JST ERATO岡ノ谷情動情報プロジェクト研究員)、東京藝術大学 美術学部の古川聖教授らによるもので、スイスの科学雑誌「Frontiers in Psychology」オンライン版に掲載された。

悲しい音楽や悲劇は、鑑賞者に悲しみをもたらすと考えられているが、従来の感情研究における「悲しみは不快である」という前提に立つと、聴き手が自ら進んで悲しい音楽を聴いたり、悲劇を鑑賞したりする行動は矛盾したものとしてとらえられ、芸術を生み出した人類にとって長い間の疑問となっていた。

我々人間は、ある音楽がどういう音楽かを判断するとき、自分自身の体験を参考にする。例えば、過去に短調の曲を聴いて悲しくなった体験があるから、短調の曲は悲しいと判断するが、そうした経験に基づいて音楽を判断しながら、実際に自分自身はそれと異なる感情を体験しているときがあり、そうした不一致が生じる例の1つが、悲しい音楽を聴いたときに感じる心地よさである。

今回、研究グループは、悲しい音楽や悲劇が鑑賞者に悲しみをもたらすと同時に、心地よさなど快の感情ももたらすからこそ、人はこうした芸術を自ら求めるのではないかと仮定し、「聴いた音楽が一般的にどのような音楽であるか」の判断と「音楽を聴いて実際にどのように感じたか」といった聴き手が体験した感情という両面から、悲しい音楽が聴き手にもたらす「快の感情」の体験を実証することを目的に研究を行った。

具体的には、既存曲(グリンカ作曲ノクターンなど)の一部を抜粋し、悲しい音楽とされる短調で構成された30秒程度の曲に編集。この編集した曲を、18歳~46歳の44人(男性19人、女性25人)の実験参加者に聞いてもらい、鑑賞後に「一般的に多くの人は、この音楽を聞いてどう感じると思いますか?」、「あなたは、この音楽を聴いてどう感じましたか?」という質問を実施。実験参加者は、それぞれの質問に対して「悲しい」、「愛おしい」、「浮かれた」、「圧倒された」といった感情を表す62種類の用語とその強度(0~4)を回答する形で行われたが、音楽経験による影響を調べるため、44人を音楽家集団17人と非音楽家集団27人の2グループに分けて行われた。

62種類の用語への回答より相関関係の強い用語に共通した要因を抽出したところ、「悲しみ因子(悲しい、ゆううつ、沈んだなど)」、「高揚因子(圧倒された、興奮した、刺激的な、など)」、「ロマンチック因子(うっとりした、愛おしい、恋しいなど)」、「浮き立ち因子(浮かれた、快活な、踊りたいようななど)」の4因子が見いだされた。

そこで、各因子の評価結果を詳しく調べたところ、悲しみ因子については、聴いた音楽が悲しいものと判断するほどには自身では悲しみを体験しておらず、一方、ロマンチック因子については、聴いた音楽がロマンチックなものと判断する以上に自身がロマンチックな感情を体験していたことが判明したという。また、これらの結果は音楽経験に依存しないことも判明したという。

また、どのような音楽であるかの判断の評価では、悲しみ因子の強度が他の3つの因子より突出していたのに対し、実際にどのように感じたかの評価では、突出した因子はなかったする。これは、人は悲しい音楽を聴くと過度に悲しい音楽であると判断するものの、自分自身はそれよりも低い程度の悲しみとともに"快の感情"も体験するという両価的な感情体験の存在を示す結果だと研究グループでは説明する。

今回の結果を受けて研究グループは、芸術には快と不快の両価的な感情を引き起こす作用があることが示され、これは感情の仕組みを考えるための新たな観点を提供するものとなると説明。感情は、進化の過程で保存された生存上必要な機能と考えられており、自身に直接の危害がおよぶ危険性のある日常場面での感情(直接感情)とは異なり、音楽聴取という自身に直接の危害が及ばない生存が保障された状況では、安心して悲しい音楽を楽しむことができる、つまり音楽が表現している感情を代理的に体験する「代理感情」という感情状態にあると考えられるとのことで、今後は、この新しい概念である代理感情を調べていくことで、人が悲しい音楽をあえて聴こうとする行動を解明することにつながっていくことが期待できるとしている。

引用:[マイナビニュース]
5月24日(金)12時10分配信

★なるほど~、と思いながらも、「悲しい音楽」ってなにかな?とも。ヒーリング音楽なるものが流行った頃も私は疑問でした。大手書店にも「癒し」「ヒーリング・ミュージック」のコーナーが。人それぞれの悲しい曲、美しい曲、癒される曲がある。それらからエネルギーを頂ける、心が安堵するということなら度々。嘗てバンド活動もされていた友人とそんな会話をしていた折に、彼女は「ノイズミュージック」を聴くと落ち着くのだと。騒音の中で平静さを見い出せる心なのか、と興味深く聞いていたことを思い出します。私もノイズと紙一重のクラシック音楽、室内楽のような音楽、シャンソンを聴くと圧迫感から平静さを取り戻せることがあります。まあ、その時々の心理状態によって異なるのでしょうけれど。心が求める音楽を聴く、聴きたいと思う音楽を聴いている私ですが、このような研究をされている人達、また成果からの学びもあると思い勉強になりました。


歌姫礼讃!ドロレス・オリオーダン★ザ・クランベリーズ:THE CRANBERRIES / ゾンビ:ZONBIE (1994年)

2013-05-27 | 好きな音楽
 洋楽が好きだと自覚したのは11~12歳頃だろうと思う。デヴィッド・ボウイを知ってからはもうのめり込む様に音楽に熱中し、少しずつ聴く幅も広がって行き今に至る。14歳。それ以降、ラジオのエアチェックは日課になり、ジャンルも何も分からないまま、録音しては聴いていた。そんな私がひょんな事からお仕事にして今も共に生きているなんて...もう一つピンと来ない気もするけれど、ご縁が深いということなのだろう。

 心斎橋で開店した当初というと、シアトルを中心に発信されるオルタナと呼ばれる音楽がファッションも含めて大旋風という折。私は80年代の終り頃からニューヨークのソニック・ユースやスワンズが好きで聴いていた。本来は英国のインディーズ・シーンの方が興味があったのだけれど、ニュー・ウェイヴというシーンも聴き始めた頃とは変わっていた。時代の流れの中で変わるのだから不思議ではない。あの先鋭かつ実験的精神のようなものが好きだったと思うので、オルタナティヴというポップス産業に対するアンチテーゼのようなものが。けれどポップスも好きな曲は沢山あったし、隠れプログレという秘かな音楽の愉しみ方もしていた。ブリジット・フォンテーヌやダグマー・クラウゼの影響を意識してではなく強く受けて行ったようにも思います。そういう意味での嘗て云われていた「オルタナティヴ」は今でも好きです。90年代前半のニルヴァーナを筆頭とするオルタナ・シーンに好きな音楽もあるけれど、その頃は英国発のブリットポップの方がもっと好きでした。そして、スウェーディッシュ・ポップも。勿論、フレンチ・ポップスは大きな意味でもうずっと愛好しているつもりです。

 レディオ・ヘッドは英国発のオルタナロックでアメリカでも大成功。少し後に、アイルランド出身のザ・クランベリーズもアメリカで大成功。英国のインディーチャートにオアシスやブラ―、スウェードやパルプの名が上位にいたあの頃。19年程も時が経っているのが不思議なくらい、ついこの間の事のように覚えている。あの急な階段を上がった小さな一角の空間。懐かしいな。クランベリーズの事は長くなるのでまたブログにて。今日は2ndアルバム『NO NEED TO ARGUE』からのヒット曲である彼女たちの政治色の強い曲『ゾンビ』のPVを☆



また一人の母親の心が傷つき
そして暴力から沈黙が生まれる
私達が間違っているのではない
1916年以来テーマは変わっていない
あなたの頭の中で
あなたの頭の中で彼らはまだ戦っている


 ヴォーカルのドロレス・オリオーダンの少女時代の体験から来る思いでしょう。ドロレスの独特の歌唱法は時に心臓に悪い位に突き刺さります。1916年とはアイルランドで起きた「復活祭蜂起」の事だと思われます。アイルランド共和国が英国からの独立のために戦った人々、その指導者達が処刑された年。「歴史には光と影があり、真実というより解釈があるのみ」なのだろう。ニーチェの言葉を捩りましたが、その時代を生きた人々、様々な視点、国家、民族、宗教...それぞれの立場で異なるのでしょう。クランベリーズは祖国アイルランドを愛し、また幼い子供達へ思いを強く寄せておられるお方だと思い、今もその思いに共感する一人です☆

レディオヘッド:RADIOHEAD / クリープ:CREEP (1992年) ★ 20年前幾度も繰り返し聴いた大好きな曲!

2013-05-26 | 好きな音楽
 ふと感傷的になる傾向の私。暑くなって来るこの季節、夏、夏、夏。記憶と云うのは不思議なもの。忘れていたようでいながらそうでもない。自分の意識下を分析は可能だろうか?でも辛い時、何とか平静さを心に求める為に色々考えてみる。答えなんていらない。「そうなんじゃないかな?」「何かおかしいな?」と自分で疑問符を持ち続けている気がします。

 今から20年前の夏。最愛の父の死。母も入院中で私は日々、死期の迫る両親の延命を願い祈った。あの年月は私のこれまでの、まだ途中の人生に於いて最も過酷な試練の刻だったのだと想えます。父の死後も一人になると泣いてばかりいた。あんな情けない私はあの頃が最悪。この間までミルクを飲んでいた甥がしょっちゅう私の部屋にやって来る。天使のような少年は、「お姉ちゃん、どうして泣いてるの?」って。そんな愛しき存在が同じ家に居てくれたこと。あどけない純粋な笑顔が、弱虫の私に勇気を与えてくれていた。そして、色々一緒に音楽を聴いたり。あまりロックっぽい曲は好きではないらしく、「ぼく、この曲大好き!」とフランソワーズ・アルディで一緒に踊った。幼き子は私よりずっと早く寝てしまう。また一人、私はヘッドフォンでこのレディオヘッドの曲を、かなり大きな音で幾度も深夜に聴いていた。トム・ヨークの天才的なヴォーカル。静と動の美しいメロディ。あのギターの音、ディストーションはあの頃の私に「頑張れ!」と云ってくださっているように感じていたのかも。今も久しぶりに聴くと、やっぱり大好きな曲。そして、蘇るあの頃の私。両親のいた頃の私の家。愛しき人達と共に、気が付けば音楽も私の傍らにいつも居てくださる。感謝と愛を込めて☆



歌姫礼讃!★エディット・ピアフ:EDITH PIAF / 私の兵隊さん:MON LEGIONNAIRE (1937年)

2013-05-22 | 好きなシャンソン
 エディット・ピアフの代表曲である『Mon Legionnaire』は、邦題の『私の兵隊さん』として日本でも長く親しまれているシャンソンの一つではないでしょうか。この1937年頃のピアフはまだお若く、“モーム・ピアフ”と呼ばれていた頃です。モームとは小娘という意味で、12歳から歌い始めたピアフながら歌手としてはまだこれからという21歳の頃。この曲の創唱はマリー・デュバで、作詞はレイモン・アッソ、作曲はマルグリット・モノーによるものです。

私は彼の名前も何も知らない
でも彼は一晩中愛してくれた
私の外人部隊の兵隊さん
そして私を運命にゆだねたまま
その朝、去ってしまった
朝の光の中へ

彼はやせていて美しかった
彼は熱い砂のいい香りがしていた
私の外人部隊の兵隊さん
彼の額に陽がさしていて
そのブロンドの髪が
輝いていた


 同じ1937年のジュリアン・デュヴィヴィエ監督、ジャン・ギャバンとミレーユ・パラン主演のフランス映画『望郷』も大好きです。舞台はアルジェリアのカスバ。この地は当時フランスの植民地でした。パリ万博などの年でもありますが、ヨーロッパでは第一次世界大戦で敗北したドイツ軍が勢力を拡大し、あの第二次世界大戦へと突入してゆく僅か前の時期。そしてフランスは長くドイツ、ナチスの占領下でもありました。また、当時のアジアはヨーロッパ諸国の植民地でありました。大東亜戦争とも太平洋戦争とも呼ばれる大きな世界大戦。日本は強国アメリカと戦うことになるのですね...。


 セルジュ・ゲンスブールもこの『Mon Legionnaire』をカバーしています。セルジュの場合の邦題は『おれの外人部隊』です。アレンジも曲の雰囲気もすっかりセルジュ風になっています。吐き捨てるように実にクールに“モン・レジオネール"と歌う、その表現にセルジュなりの嫌悪をも感じます。少年時代の忘れられない光景がシャンソンと共に刻まれている、そんなセルジュの表現に私はなにか共感を覚えるようなのです。

マリアンヌ・フェイスフル:MARIANNE FAITHFULL / ブロークン・イングリッシュ:BROKEN ENGLISH(1979年)

2013-05-13 | 好きな音楽

★この週末は1979年前後の英国、そして日本のことを考えていました。ちょっと好きな曲を歌う練習も小声でしたり、勝手に超訳してみたり。ザ・クラッシュの「ロンドン・コーリング」と同じ1979年リリースの、マリアンヌ・フェイスフルの『ブロークン・イングリッシュ』が連想されました。このアルバムも80年代初めに日本盤のレコードで購入したのですが、やはりこのデニス・モリスが撮ったアルバム・ジャケットに魅せられたからです。呪詛とも称されるお声のマリアンヌ・フェイスフルの最初に聴いたアルバムです。同じ頃、ニコの『ジ・エンド』を知りました。お二人共、私の大切なミューズです。重いアルバムから聴き、さらにお若き日のアルバムや曲を知る中で、お声も様相も60年代、70年代、80年代と変容されて行ったことに、10代の私には何か戸惑いのようなものもあった気がします。

 ザ・クラッシュもそうですが、この「ブロークン・イングリッシュ」でもイギリスの危機を歌っています。下の映像はデレク・ジャーマン監督によるものです。今の時代とは異なり、当時はアメリカとソ連による冷戦時代。そして、1979年は日本も大きな影響を受けた世界的な石油危機(戦後2度目の)でした。中東戦争も勃発しました。戦後、世界は東西に分かれました。それはアメリカやイギリス、フランスなどの資本主義国と、ソ連や中国などの共産主義国に。1985年のゴルバチョフのペレストロイカ声明まで、一触即発という核戦争の恐怖が現実味を帯びていたのです。核を保有しない日本はアメリカの核の傘なるものに守られて、それを信じて今に至ります。もうその傘はぼろぼろです。あの第二次世界大戦だって、アメリカが日本に対し徹底的に石油輸出を禁止した。もう引くに引かれぬ状況に追い込まれ敗戦の一途を辿る。腑に落ちませんが、GHQによる占領政策と国家解体はじわりじわりと今もまだ効力はあるのでしょう。

 1979年のイギリスは日本以上の大不況で、米ソによる第三次世界大戦も?!という危機感がこれらの曲にも大きく反映されています。イギリスは保守党と労働党の二大政党で、この年に英国初の女性首相サッチャーが誕生。日本と異なり、右派左派、国民が国を案じ声を上げます。そしてその国民の声は連帯となり大きくなるのです。愛国心はどの国にも自然とあるもの。日本だけは戦後タブー視され、日本人でありながら国家解体を目論む人達が右左関係なくいる。保守とは日本を、国体を護ることだと思います。日本に保守政党があるとすれば、やはり嘗ての自民党内の若き異端児たちの青嵐会(幹事長は石原慎太郎氏で、中川昭一氏のお父様の中川一郎氏もおられました)、そして日本維新の会の所謂、石原維新(太陽系とも云われる)の少数派の政治家方。これらの少数派の主張を煙たがる人達が実は大きな権力を持っているのかもしれませんね。左派も劣性。私は共産主義者ではありませんが、もう、最も歴史のある政党の日本共産党ですら教条主義。嘗ての日本共産党は自民党より、ずっと愛国心に基ずく主張を感じたものです。その反米の筈の日本共産党の強い領土意識には賛同するものの、嫌いな筈の米国による占領体制を保守しているように思えます。また、自民党は保守政党ではないと思います。それこそ、占領時代から未だに脱却できずにいる米国追従の親米保守と呼ばれる安倍政権などが顕著。もう保守も革新もごちゃ混ぜ。ユーロ危機を迎える今ですが、イギリスはユーロに加盟しなかった。イギリス・ポンドを守ったのです。フォークランドも護りました。サッチャー首相の大英断です。日本は土下座外交が続き誇りすら失いつつあるように思えてなりません。何が96条から改正でしょう!占領憲法は無効なのですから、廃棄して明治憲法を今に合うように改正してゆくという、先の国会でも長年の持論である石原慎太郎氏がおっしゃいました。TPPも遺伝子組み換え食品の件だけではなく問題が多々あると。

 中国、韓国、ロシアとの領土問題も抱えている日本です。いつまでも米国追従で良い筈がありません。自民党には親米、親韓、親中と色々。TPP参加は明らかに公約違反なのに、党内の反対派の声も聞こえない。それでも、一部の企業や投資家は大喜びのアベノミクス。問題の第三の矢はさらに危険な気がします。日本人の10代、20代の若き人々の失業率の惨憺たる現状が、さらに移民政策により失われてゆくのでしょう。この移民問題は今、世界中で問題であり悲惨な事件も起きています。多文化共生を望みながらも、優先すべきものは日本であり、日本人の生活ではないでしょうか。夢物語を語るのは簡単ですが、その先は恐ろしい惨状が目に浮かぶかの様です。もっと議論と説明が必要なのに、どんどん勝手に政府が進めてゆく。自民党の高支持率?民主党政権を生んだのは国民。メディアに煽られ世論は風任せ。新しい自民党になった?そうは思えないです。長年の経験はあるものの、自民党は変わっていない。なので今も、国民不在と揶揄されるのでしょうね。

 私は国粋主義も嫌なのですが、日本が貶められ続けることはもっと嫌です。これからの子供達の世代はもっと不憫でしょう!憲法改正発議大賛成!遅すぎるくらい(個人的には占領憲法は無効論に賛同しています)。このままではいつか日本という国はすっかり様変わりしてしまうのかも、と危惧します。何を護る?国体って?八百万の神が宿る神話を持つ日本。その最高の司祭とは、どこにも明記することでもなく、天皇陛下なのだと思います。戦後体制からの脱却は、占領憲法を廃棄すること、その議論からさえ逃れようとする自称保守の方々も教条主義に陥っているように感じてなりません。日本だけではなく、他の古い歴史を持つ国々の文化や伝統からの学びは尊いものです。私の拠り所は多分にそれらからの教示であるように思えます。音楽や映画はテレビや新聞メディアよりも、ずっと私の先生たちなのだと痛感します☆