今日は、久々に青天!
久々に太陽が、一日中にっこりしてくれました。
2か月ぶりぐらいというのは、言い過ぎでしょうか。
でも、本当にほんとうに久しぶりですよね。
窓から見える高い秋の空。
隣の家の壁に夕日が映えて、何度も見てしまいます。
とても久しぶりで…とても美しくて。「懐かしい」とまで思ってしまいます。
しみじみと嬉しいです。
夏は眩い空と力強い太陽がサンサンと輝き、
秋は透き通る高い空と軌道を変えた太陽が辺りを秋色に包み込む。
それは「当たり前」と思っていましたが、もう当たり前ではなくなったことを知りました。
欲深さゆえに、自然を深く傷つけてきた人間。
地球がみずから立て直しを、傷を治そうとしているように思えてなりません。
海に投棄されたゴミが浜に打ち上るのは、体内に入った菌を出そうとする人間と同じなのではと。
何かで読んで、心に残った親子の会話です。
幼い子ども「お父さん。お月さまがきれいだね」
お父さん 「そうだね。でも昔はもっときれいだったんだよ」
幼い子ども「なぜ変わったの?」
お父さん 「見上げる人が少ないからじゃないかな。もっとみんなが見たら、きっときれいになるよ」
『見る』ということは、そこに意識を置くこと・関心を持つことかなと。
そして、無限の愛情に感謝をすることなのだと思います。
地球のすべてのものに。
たとえば、もうずい分と見ていない真っ赤な夕陽…心底見たいです。
一日中の太陽に嬉しさあまって、らしくない?ことを書いてしまいました。
今日は満月です。中秋の名月…ミラクルなタイミングです。
先の親子の会話ではありませんが、今夜も明日も、あさっても見上げてみませんか。
見られることに感謝して
久々に太陽が、一日中にっこりしてくれました。
2か月ぶりぐらいというのは、言い過ぎでしょうか。
でも、本当にほんとうに久しぶりですよね。
窓から見える高い秋の空。
隣の家の壁に夕日が映えて、何度も見てしまいます。
とても久しぶりで…とても美しくて。「懐かしい」とまで思ってしまいます。
しみじみと嬉しいです。
夏は眩い空と力強い太陽がサンサンと輝き、
秋は透き通る高い空と軌道を変えた太陽が辺りを秋色に包み込む。
それは「当たり前」と思っていましたが、もう当たり前ではなくなったことを知りました。
欲深さゆえに、自然を深く傷つけてきた人間。
地球がみずから立て直しを、傷を治そうとしているように思えてなりません。
海に投棄されたゴミが浜に打ち上るのは、体内に入った菌を出そうとする人間と同じなのではと。
何かで読んで、心に残った親子の会話です。
幼い子ども「お父さん。お月さまがきれいだね」
お父さん 「そうだね。でも昔はもっときれいだったんだよ」
幼い子ども「なぜ変わったの?」
お父さん 「見上げる人が少ないからじゃないかな。もっとみんなが見たら、きっときれいになるよ」
『見る』ということは、そこに意識を置くこと・関心を持つことかなと。
そして、無限の愛情に感謝をすることなのだと思います。
地球のすべてのものに。
たとえば、もうずい分と見ていない真っ赤な夕陽…心底見たいです。
一日中の太陽に嬉しさあまって、らしくない?ことを書いてしまいました。
今日は満月です。中秋の名月…ミラクルなタイミングです。
先の親子の会話ではありませんが、今夜も明日も、あさっても見上げてみませんか。
見られることに感謝して