バイク・キャンプ・ツーリング

NERIMA爺、遅咲きバイクで人生救われる

1999年7月15日 北海道ツーリング 17日目

2025年03月31日 | 1999年 北海道ツーリング
7月15日(木)
 天塩川リバーサイドキャンプ場~名寄~西興部~網走~チミケップキャンプ場




 午前6時起床。ようやく道東方面は天気快復。ただし明日からまた雨の予報。それでも今日は中標津まで移動予定。ほぼ全員が出発するようだ。
 テント撤収前に、ペアライダーの女性にメガネレンチを貸してやる。大型工具はバッグの奥に押しこむ関係で、まだぐっすり寝ている2人を午前7時には起こしにいく。彼女のセローはチェーンがたるたるに緩んでいて、いつ外れてもおかしくない状態だった。積載工具などもっていなく――ま、たとえ車載工具があってもアクスルシャフトを緩めるのは難しいのだが……。そのまま走り続けていたらしい。

 こういうのはちゃんと自分の手でやんなきゃダメ、という雰囲気のなか、彼女が一人奮闘するのをみなで遠巻きに見学。ときおり脇からするどい助言が飛ぶ。ペアライダー、鹿児島のSクンも手をだすことなく、じっと作業を見つめている。ホントは手伝ってやりたいのだろうが、そこは鹿児島のぼっけもん、照れくさいのだろう。まだ、若いし。うしろから隠れるようにしてちらりちらりと視線を飛ばしている。

 そういえば、去年も美深キャンプ場でほとんど同じようにチェーンがゆるゆる状態の広島の女性ライダーがいて、同じようにメガネレンチを貸したんだ。しかも同じセロー。20代後半というのまで似ている。ただ、牛に腕を蹴られていたのと、シングルライダーという違いはあるが……。それにしても、ノーメンテ無頓着ノホホン女性ライダーは意外と多い。

 8時過ぎたころから、準備のできたものから順次、出発していく。
 チャリのIクンもゆっくり出発準備をしている。今日は朱鞠内湖まで走るという。こちらからだと結構坂がきついから、たぶん1日がかりの走行になるはずだ。普通、チャリダーといえば朝がやたらめったら早いようだが、彼の場合はライダーと同じか、それよりもゆっくりのんびりしている。マイペースだ。

 Hさんが出発して5分くらいたったころ、自分も8時半過ぎには出発。
 とにかく今日は移動のみ。途中、Hさんに追いついてしまい、5~6キロほど名寄市街地まで一緒に走る。彼は西興部村の「雪のトンネル」にいくらしいが、その前に市内のフアミレスの駐車場に右折していく。

 自分はどこかでうまい牛乳、牛乳と心の中で念仏をとなえつつ、西興部村に向かう239号を走り続ける。はた万次郎画伯の住んでいる下川町一の橋などを通過。たしか、西興部にはうまいモッツァレラチーズを作っている牧場があったはずだ。それならうまい牛乳もあるに違いない、と期待していたが、結局、場所がわからず通過。コンビニで大企業が生産している新鮮濃口牛乳でノドを潤す。

 網走には12時には着く計算だったが、サロマ湖畔を走っている238号ではなく、かなり遠回りする333号を走ってしまったため、午後2時着となる。今からメシを食って中標津にいっていけないことはないが、無理がある。どうすっかな。こういうときは、メシを食いながら考えるのが一番いい。

 39号との分岐から網走市街地に3分ほど走った右側にある食堂でフライ定食。種類も多く揚げたてで、ホクホクサクサク美味い。新聞には太平洋側の天気は崩れてくるとある。明日も移動するつもりなので雨はまずい。オホーツク側の津別町あたりでキャンプすることにする。近くの呼人浦にテント張ってもいいのだが、Mさんもくるといっていたし、どうせなら違うキャンプ場を選びたい。(彼もそうなのだが、自分も同じ人と同じようなキャンプをだらだらとするのは好きじゃない)

 呼人浦キャンプ場を横目に、津別21世紀の森キャンプ場にいくが、10張り以上ものでかいテント群が目に飛びこんでくる。どうやら中学生か高校生のキャンプ行事のようだ。迷わずUターン。バイクなど1台もいない。ここからさらに20キロほど山中にはいったチミケップキャンプ場に向かう。地図の説明には、チミケップ湖は北海道の3大泌湖とある。途中からダートになっている道を5~6キロ走るが、いったいどこにキャンプ場があるのかという山の中だ。もちろん民家も商店もまったく見あたらない。ここでバイクが故障したら途方にくれるような場所だなあ、などとよけいな妄想を抱く。チミケップ湖畔はほぼ原生林状態だ。

 ようやくついたチミケップキャンプ場には、薄暗い雑木林の中にツーリング用のテントが1張りのみ。天塩川キャンプ場とは全然タイプの違うキャンプ場だ。「ここにテント張りな、ここ、いいよ。おまけに温泉もあるよ」と誘うような雰囲気はまるでなく「テント張りたいやつだけ張れ。軟派ものはすみやかに去れ」という静かなる威圧感が漂っている。賑やかさなど微塵もない。湖面上空が不気味な曇に覆われてきたので、よけいにそう感じる。ヌカカとカの集団攻撃の中、なんとかテントを張り終える。逃げるほうに逃げるほうにカもやってくるので、いつのまにかカイカイという感じだ。

 5時半くらいからテントの中で横になって本など読むが、雑木林の中にテント張ったものだから、暗すぎて目がおかしくなってくる。湖畔にいき、木のベンチで1人読書。炊事場で飲む水が冷たくて気持ちいい。この近くで汲み上げているのだろうか。かなり美味い。薄暗くなるまで湖畔ですごす。

 もう1人のキャンパーは犬を連れてきている。この中型犬がかなり人なつこく、テントに挨拶にいくと、すぐにじゃれてくる。胸に足をかけて、顔をぺろぺろなめようとする。犬は飼い主に似るというが、テントの住人もかなり人がよさそうだ。1ヶ月ほど前に仙台を車で出発、ここチミケップには1週間くらいテント張り続けているという。犬が一緒だと熊がでてきてもすぐにわかるので、どこででもテント張れそうだ。もちろんそれだけではないが、犬好きの自分にはちとうらやましい。

 午後7時近くになって、ようやくもう1台バイクがくる。TDM850だ。このバイクは一時期、本気で購入しようと検討したことがあるので、ライダーさんがテントを張ったあとで、話を聞いてみることにする。やはりメンテがかなりめんどくさいという。バッテリーの位置など、おおっ、というような場所にある。自分で外したことはなく、購入した店の店員も外し方をはっきり知らないというほどのリアサス付近のこみいった場所にある。重心も高くて、ここにくるダートでもかなり気を使ったらしい。試乗レポートを読んだだけではわからないことを、あれこれ質問。

 夜、テントで本を読み午後10時には就寝。ランプを焚いたせいだろうか、気のせいかシェラフの中がしっとりしてくる。テント内の空気は乾燥しているのに、足が蒸れてくるようで気持悪い。テントのボトムも手で触ると湿気ている。なんだかんだでなんか寝苦しい中、車のエンジン音で目が覚める。近くに停車。バタンバタンとドアの開閉音。続いてわやわやと男女の声高な声。湖畔に移動する足音。午前3時。またかよ、と少々いらつき気味で寝返りなぞ打つ。あの犬、吠えないかなあ。でも性格がよさそうなのでこういうときはきっと吠えないのだろう。やはり連れてくるならドーベルマンだ、などとぼんやり考えているうちに再び眠りにつく。





1999年7月14日 北海道ツーリング 16日目

2025年03月30日 | 1999年 北海道ツーリング
7月14日(水)
天塩川リバーサイドキャンプ場(連泊)動かず。

 午前6時起床。薄曇り。道東、道南は大雨とのこと。
 今日あたり南に下るつもりだったが、のんびりタイムに予定変便。インスタントスパゲティ、トマト2ヶで朝食。CB750、サンダーエース、それにMさんが出発。残りのものは連泊。ただし網走に向かう予定のMさんは、天気が悪かったら引き返してくるかもしれないと言っている。
「2日酔いです」
 と言っているのはY倉クン。なんかげっそりしている。本来はあまり飲めないたちなのだが、昨夜は楽しくてつい飲み過ぎたという。普段はビール1杯も飲まないらしい。
「Mさん、引き返してくるそうですよ」
 と、Hさんの携帯にMさんから連絡がきたのは、まだ午前中のこと。
枝幸から南はやっぱり雨らしい。
「カニ、買ってくるそうです」
 今日、ここに連泊する人数に合わせて買ってくるという。
「今日はカニですよぉ」
Hさんがカップルのテントに向かって大声で知らせる。
「やったあ」
「割り勘ですけど、OKですねぇ」
「はあい」
 などと、テント間でやり取り。どうやら、今日もまた宴会のようだ。

 あまり出かけるものはなく、ペアライダーはテントの前でダベリングタイムに突入して、Hさん、チャリのI沢クンは「ここはウグイしか釣れないんですよ」などと言いつつ、2人とも持参してきた釣り道具をもってでかける。キャンプ場から手塩川までは歩いて10分くらいのものだ。――釣果は2人で4~5匹ほどだったらしい。Y倉クンのみ、枝幸方面に遠出。自分はテントにごろんとして、文庫本を読み続ける。午後から霧雨。バイクにカバーなどかける。

 結局、Mさんは毛ガニを大箱にどんと、9杯買ってくる。めちゃくちゃ安い。もちろん冷凍物などではない。3杯で1380円。安く手に入れられるところを地元の人に訊いて、市内のスーパーまで買いにいったらしい。ご苦労様でした。
 霧雨の中、今日はバイク5台で買い出し。炭、ヤキトリ、ピーマン、ネギ。個人用に500ミリリットル缶ビール6本、ワイン1本。日本酒に目がないという京都の女性ライダーとMさん、Hさんらは、共同で純米酒を一本買っている。
 昨日もバイクで風呂にいったが、さすがに今日は霧雨、歩いていく。傘など持ってきていないのでレインウェアの上だけ着ていくが、やはり今度から折り畳み傘をもってきたほうがいいかな、などと心にメモ。

 夜になっても、絹のような雨は止む気配はない。
 なにはともあれ、カニを食べる。Mさんの毛カニはどうやって食べるかといレクチャーも無事にすみ、それぞれ無言タイムに突入。ときおり「美味いねえ」などというつぶやきが聞こえるが、炊事場の屋根に音もなく雨が降り続く中、全員の全神経はカニほじほじに集中。身を食べ終わると、甲羅に酒を注ぎ、網の上でしばらくあぶる。これで甲羅酒のできあがり。自分1杯だけ日本酒を注いでもらう。

 そのあと、今夜は飲めませんといっていたバリオスのY倉クンが焼鳥屋のオヤジと化して、焼き物関係を一手に引き受ける。その立ち姿がなかなか様になっていて、すぐさまみんなに「オヤジ、ヤキトリ1本」などと冷やかされるが、まんざらでもないようだ。彼は人と話をするときには1回1回「はい」とはっきり返事をして、自分がなにかを言うときには「自分は……」としゃべりはじめる。彼としゃべっていると、ふと上下関係を意識させられる瞬間もあるが、ちっともイヤな感じではない。警察か自衛隊にでもいたのかなと、ちらりと脳裏を掠める。

 カニが1匹余ったので、カニメシをつくることにする。カニの殻でダシを取り、4カップほど炊いてみる。ツマミ程度にしかならない量だが、なかなか好評。いつのまにか雨もあがり、全員、ブルーシートの上に移動して飲み会。今日、ここにテントを張ったチャリダーとオフ車の女性ライダーも誘ったので、自分がきたときから居続けているファミリーキャンパーの1組を除き、昨夜に続き今夜もキャンプ場にいる全員参加の宴会。ほかに迷惑はかけそうにないので、12時近くまでワヤワヤやる。



1999年7月13日 北海道ツーリング 15日目

2025年03月29日 | 1999年 北海道ツーリング
7月13日(火)
 天塩川リバーサイドキャンプ場(連泊)



 今朝も太陽熱にあぶられ、午前6時には起床。
 アフリカツインのライダーと四国出身のライダーはテントを撤収して、8時前後にはキャンプ場を出発する。残ったわれわれHさん、Mさんの3人は連泊の予定。午後4時には再びキャンプ場に集合する約束をして、午前9時前後にはそれぞれ出発。ここのサイトには屋根つきの炊事場が設けてあるので、昨夜、バーベキューをやろうなどと話が盛り上がったのだ。出先で、目についた安い素材を各自購入しようということになる。2人とも北方向にいくようだが、自分は南に進路をとる。

 まず、10キロほど南下して美深森林公園キャンプ場にいってみる。去年食べ損ねたチョウザメ定食でも食べようかと寄ってみたが、レストランは11時開店とのこと。今年も食べ損ねるだろうなという予感がする。キャンプサイトには結構バイクも停まっているが、キャンピングカーも多い。やはり、ここは人気のキャンプ場のようだ。去年、ここで連泊したのがなつかしい。あの牛に蹴られた広島の女性ライダー、今ごろどうしているのだろうか。
 しょうがないので、地元の牛乳でも飲もうかと美深駅までいくが、なんと駅の売店は閉鎖になっている。今年の4月1日をもって閉店云々とシャッターに張り紙。去年もここでトイレなど借りしたので、なんとなく寂しい。自販機で売っているコーヒー牛乳など飲みながら、構内のベンチで一休み。駅に備えつけてある本棚の本をぱらぱら。

 おお。
 去年、ツーリングしたときからずっと気になっていた木の名前が載っているではないか。遠くからでも全体が銀色にひらひら輝くように見え、ときおり、バイクを停めてしげしげと見入ったりしていたあの木だ。葉の裏にニコゲが密集しているようで、陽の加減で銀白色にきらきら光る。植物の名前をけっこう知っているK代ちゃんに訊いても、正確な名前までは知らなかった。
 ウラジロハコヤナギ。
 別名、ギンドロともいうそうだ。原産は中央アジア。
 そうだったのかと、ちょっと嬉しくなる。他にも、北海道の地名の由来なども載っている。
 知床→シリ・エ・トク。アイヌ語で大地の突端の意味。
 根室→ニ・ム・オロ。流木のつまるところ。
 札幌→サッ・ト・ポロ。乾いた広いところ。
 さらにナイ・ベツは、どちらも川を意味するとある。そういわれてみれば、ナイ・ベツのつく地名は多い。思いつくままでも、ワッカナイ、シベツ、ナカシベツ、ハマトンベツ、ホロカナイ、オサツナイ、サラベツ、ホンベツ、モンベツ、ユウベツ、イワナイ、キコナイ、いやあ、あるある。地図をだして探せばまだかなりありそうだ。そういえば、アイヌの地名から、近くに温泉があるかどうかもわかると山荘で聞いたのだった。

 近くのコンビニで牛丼、茹でタマゴなど買って、美深峠の東屋で食事。それにしても暑い。バイクを下りたとたんに、地面からむうっと気温が立ち上がってくるようで、汗がどっと吹きだしてくる。休息しているものなど他にだれもいない。鳥のさえずりと、虫の羽音がかすかに聞こえる。飯を押しこむようにして食う。東屋の日陰からなるべく外にでたくないので、横になってしばし休憩。バイクがときおりビーンと走り抜けていく。

 昔、日本の最低気温を記録したことがあるという母子里にいっても、気温は相変わらずだ。冬の雪に閉ざされた様を想像しようとするが、どうしても暑さがじゃまをする。ここが酷寒の地とはなあ、などと冷たい清涼飲料水をばかばか飲みながら集落をぼんやり見渡す。数年前に廃線になった「深名線」の跡でもないかと、朱鞠内湖の北側を走ってみるが、線路はもっと湖側だったのか、その形跡を見ることはできない。10キロほど走るが、民家がないのと、行き止まりになっているせいで、車とは1台とも出会わない。スピードをだそうと思えばいくらでもだせそうな道だ。

 再び、母子里の集落に戻り、北母子里駅跡にいってみる。細い道の先には、景色に埋もれたようなプラットホームがあるばかりで、駅舎など、とうに取り壊されている。プラットホームに立ってみると線路が取り外されているのがはっきりわかり、軌道は数百メートルもいかないうちに、草草の中に消え去っている。去年、廃校になった夕張の小学校にいったときと同じ感覚がぼんやりよみがえってくる。
 
 感傷に浸り、出発。
 朱鞠内湖を見下ろすPAでしばし休憩。気軽にしゃべりかけてくる大阪のライダーもベンチで休息している。2ヶ月ほどのんびり北海道を回る予定だという。昨日まで呼人でずうっと飲み続け、騒ぎすぎで、今日は休肝日だとか言っている。バイクのナンバーは8471(はよない)と覚えやすい。地元の老人もきたので、朱鞠内湖のことをきくと、このあたりは5月くらいまで雪に覆われているそうで、雪解けがはじまると湖面の水面がぐっと上がる話などを聞く。1944年に完成し、当時は人工湖としては最大の規模だったという。ん? ツーリングマップルには、今も日本最大の人造湖とある。どういうことだろうか。ちょっとした間違いか。この湖を西から回りこむように走っていたのが深名線だ。

 朱鞠内湖キャンプ場にいってみるが、1張りか2張りほどしかない。なかなかいいところのようだが、キャンパーは少ないようだ。
 ついでだからと、朱鞠内駅跡にもいってみる。駅舎がしっかり残っていて、荒れ果てている様子はない。どうやら今でもちゃんと管理されているようだ。駅前にはバス停も健在。そうか。駅舎はバスの停留所として第二の人生を歩いているようだ。駅舎内では、表に停めてあるトラックの運転手らしい人たちが2名ほどベンチで昼寝中。壁には廃線になると決まってからの駅長の談話が載っている新聞記事や、駅前の名物商店の記事などが張ってある。近くにはこの地に魅せられ、脱サラしてやってきて民宿を経営している人もいるらしい。らくがき帳も置いてあり、ぱらぱらめくってみると、朱鞠内駅はローカル線マニア(廃線マニア?)には結構人気があるようだ。しばらくすると、ホウキを持ったおばちゃんが駅舎の掃除にくる。

「バイクかね」
「はい」
「走ると、涼しそうだね」
 などと会話。
 この暑さでみんな家に引っこんでいるのか、道路を歩いている人なぞ1人も見かけなかったので、元気なおばちゃんに会うとなにやらほっとする。どのくらい前に深名線が廃線になったのか訊いたりしたあと、くそ暑い中、新聞記事にもあった駅前の「大西じっちゃんの店」にいってみる。ちなみに深名線は、1995年に廃止されたようだ。
 通りの向こうに1軒しかない雑貨屋の看板には、にこにこ笑っているじいちゃんのイラストが描いてあり、この人が「大西じっちゃん」だなとすぐにわかる。とにかく暑いので、店前に設置してある自販機で冷たいお茶を買い、店にはいってみる。

「ごめんください」
 しーん。
 薄暗い店に、お客はだれもいない。
 店の中には、所狭しと雑多なものが置いてある。もう一度、声をかけると、横の部屋で昼寝中だったじっちゃんがどっこらしょとソファから起きあがってきた。70歳前後だろうか。イラストそのまんま、人のよさそうなじっちゃんだ。この人を慕って廃線マニアがやってくるというのも頷ける。
 自分のば祖母も鹿児島の片田舎で、集落に一軒しかない雑貨屋を女手ひとつで何十年も切り盛りしていたので、こういう店を見るとつい「がんばってんね、じいちゃん」と言いたくなる。
「炭、ありますか?」
 町のホームセンターで買ったほうが安いかもしれないが、今日はここで買いたい。
「あそこ」
 じっちゃんが指さした場所には、袋入りの炭が積み重ねてある。かなりでかい袋にはいっているのもあるが、3キロ入り680円のものをもらう。大きさは10キロ入りの米袋ほどもあるのでシートにくくりつけ、「あんちゃん、暑いね」というじいちゃんに見送られつつ、朱鞠内をあとにする。

 158号を士別に下り、「羊と雲の丘」などという羊を飼っている牧場に寄り(期待はずれ)、足寄のホームセンターではテント用の防水スプレーを購入。さらに国道40号を北上していると、ちょっとした坂道の頂上に露天の野菜売りの店があり、15センチはあろうかというでかいピーマン3個100円ものを6個ゲット。ついでにピンポン玉からソフトボール大のものまで7~8個はいったトマトも300円でゲット。

 午後4時ジャストにキャンプ場に帰着。
 調理師の免許を持っているという某広告代理店に勤務しているX4のライダー、猿払でホタテの加工場までいって12枚入りの天然ホタテを買ってきたそうだ。840円は安いが、バイクにもジャケットにもホタテの汁が流れ出て大変だったようだ。この時期、天然ホタテのワタには毒があると加工場の人に言われたらしい。そういえば、焼尻で買ったホタテはワタが除去してあったっけ。養殖ものは大丈夫らしいのだが……。ま、調理師の免許をもっているので、ホタテの調理は彼におまかせだ。

 横浜・バリオスのライダーも1人加わって、4人で買い出しにいく。農協系の小さなスーパーにいき、焼き肉(600グラム入り)2袋、ヤキトリ(生10本入り)2袋、シイタケ、ヤキソバ用ソバ(2玉)。個人用に隣の全日食店で、ビール4本、ワイン1本、氷などを買う。
 今夜はこの4人で夕食かなと思っていたら、結局、総勢9人に膨れ上がる。ヤキソバを焼くために金網の上に敷くアルミホイルを買い忘れ、駐車場でこれから買い出しにいくカップルのライダーに頼むと、快くOK。ついでに宴会もOK。2人ともセローに乗って仲良さそうなので、最初から2人旅かなと思ったが、どうやらこのツーリング中に知り合ったらしい。サイトのど真ん中で、お互いの出入り口を向けあってテントを張っている。むふふ、という感じだ。バイクは京都と鹿児島ナンバー。

 時間を合わせているわけではないが、露天風呂ではみんな一緒になり、しばし懇談入浴。風呂から上がると、声がちょっと嘉門達夫風の調理師、Mさんがホタテを刺身に料理してくれる。ヒモもちゃんと調理してくれるのは、さすがに調理師の免許をもっているだけある。彼がこの宴会のリーダーのような存在になり、あとからみんなにリーダーMさん、などと呼ばれる。バリオスのライダー、Y倉クンが調理補助をしてくれる。彼はボクサーの辰吉丈一郎にちょっと似ている。昔、バリバリのヤンキーやっていたのかなあという雰囲気がないでもない。残りは炭熾しに奮闘。煉瓦を積むのに、ああでもないこうでもないと、結構、みんな楽しんでいる。 

「女房より料理うまいです」
 と言って、ヤキトリなど焼いてくれたのは露天風呂で一緒になったCB750の足立区のライダー、YぱぱことHさん。彼は自分のホームページをもっているとかで、デジカメで宴会風景をぱちぱち撮る。(――後日、彼はホームページにこのときの模様を4~5枚ほど載せることになる。
 他に名古屋からきているサンダーエースの痩身ライダー、T仲さん。 
 それにもう1人、チャリで北海道を廻っている茨城のチャリダー、I沢さんも誘う。27歳の彼はアルバイトをやりながら、このまま北海道の冬を越すらしい。来年、いつ帰るのかも決まっていないのんびり旅だ。なんだか顔つきまでにこやかだ。

 利尻富士に2人で登ってきたというペアライダーは、最初は一緒に横に並んでいたのだが、いつのまにか鹿児島ライダーのSクンが、自分の隣に移動してくる。彼の住んでいるところは、すぐ下の弟の嫁の実家の隣町だと判明する。
「わたし、いくつに見えますかあ?」
 と、ちょっと酔ってきた京都の彼女がみんなにそう訊いている。
「28くらいでしょう」
 と、自分。
「いや、さすがやわあ。わかりますう」
 さすがというのは、どうやら自分がこの集団の中では一番年齢がいっているかららしい。
「今年30なんですよぉ」
 と、ケラケラ笑っている。
「へえ。彼はいくつなの」
 自然と話はそっちに向かう。
 わしの横にいた角クンがぼそり。
「22……」
 一瞬、場がしーんとしたあと、
「22かあ」
 とか、
「へええ」
 とかいう反応がさざ波のように広がる。
 ビールをぎゅうっと飲み干すものもいる。
「若いなあ」
「でも彼女、30には見えないよなあ」
 とか言っていると、
「だまされた」
 とSクンがみんなには聞こえないくらいの声でまたぼそり。

 みんなが彼女とまたまたわやわやはじめると、「ホントは35……」などと、静かなる攻撃をくわえている。酔いが回るにつれ、彼は1人2人と間をおきながら、じょじょに彼女から距離を置いていく。
 自分はワインもビールも飲みつくし、Mさんからラム酒をもらう。まあ、んなかんだで11時過ぎにはお開きとなる。

天塩川リバーサイドキャンプ場


キャンプ場の東屋。
ライダー、チャリダー同士で、わやわややる。



1999年7月12日 北海道ツーリング 14日目

2025年03月28日 | 1999年 北海道ツーリング
7月12日(月)
 天塩川リバーサイドキャンプ場(連泊)歌登~枝幸~猿払~宗谷岬~稚内~キャンプ場




 午前6時半。熟睡していたが、日射しの暑さにたまらず起床。快晴。今日も連泊の予定。
 道東、道南は雨だという。宗谷岬の丘陵を目指して、8時半前後には出発。咲来峠から歌登、枝幸に抜けたとたんに霧。海沿いに北上していくと、やがて濃霧。温度も下がってきたようで、上着から冷気がばんばん吹きこんでくる。道端にバイクを停めてレインウェアの上だけ取りだして着ていると、宗谷方面からくるライダーはみな、レインウェアを着用している。宗谷地方も雨かと思ったが、ウェアが濡れている様子はない。たぶん、これから向かう道東に備えて着こんでいるのだろう。

 猿払小にある集落から猿骨にでる道を走ってみるが、当然だが建物などを見ても開拓当時の面影はない。猿払はもともと三井王子製紙の土地を政府が買い上げ、開拓の地にしたと聞いていたので、このあたりには製紙に使うような木が豊富にあったのだろう。今は村営の広大な牧場(約500ヘクタールもある!)が海沿いに広がり、天然のホタテの水揚げ高は日本一だと看板にある。

 いつのまにか、霧も晴れ上がる。ハラ減ったなあと思っていると、238号沿いにぽつんと食堂が見えてくる。別練はライダーハウスになっているようだ。1泊1000円。ちょっと覗いてみる。1階はバイクが5~6台は駐車できそうな車庫になっていて、その奥に雑魚寝の6畳間。車庫の横が風呂場、洗面場、2階にも部屋があるようだ。階段下の物入れ空間の戸には「ヘルパー〇〇君の部屋」と張り紙がしてある。1畳ほどしかないようだが、一応個室だ。外に横浜ナンバーのバイクが停めてあるので、たぶん、そのライダーが食堂のヘルパーをやっているのだろう。

 食堂の名前にもなっている「やませ定食」(1000円)を注文。ホタテづくしで、ホタテとタコの刺身。ホタテのマリネ、焼きホタテ(でかい)、毛ガニ入りのみそ汁、メシ、漬け物。天然ホタテ日本一の水揚げ高があるだけのことはある。新鮮でうまい。若い男性が給仕をしてくれたが、どうやら彼がヘルパーのようだ。

 食後、宗谷岬から宗谷丘陵に向かう細い道を上り、4速、アイドリング状態で丘陵をトコトコ走り、満喫。稚内では、去年泊まった「さいはて旅館」などを眺め、半島一周。ホクレンの給油所がなかなか見つからないなあと思っていたら、40号を稚内市街地からやや下ったところで発見。稚内とスタンプしてある黄色い旗をもらう。
 稚内から内陸部に走るにしたがって、空気がむっとしてくる。
 音威子府に着くころには、Tシャツ1枚でも暑いくらいで、道の駅「おといねっぷ」に立ち寄るのも億劫になる。午前中の枝幸側の温度とはえらい違いだ。道の駅にはまったく客の姿はなく、トイレだけ借り、さっさと裏手の小道から立ち去ろうと道の向こうを見ると、パトカーが交差点手前に隠れるようにして停車している。「ネズミ取り」をやっているようだ。彼らは炎天下の下、じいっと辛抱強く息を殺して獲物を待っている。うしろからそっと近づいてエンジンをわんわん吹かし、ばばばと脇をすり抜け、信号無視して一気に走り抜けていく自分の姿を一瞬思い描くが、実際には教習所なみにゆっくり横を走り抜け、交通規則遵守で信号を左折。

 と、数十メートルもいかないうちに、右手の全日食チェーン店前の歩道にいるライダーが手を振ってくる。
 なんだ。なんだ。
 パトカーでも追ってくるのかと思って、ミラーでうしろを確認してから、そのライダーをよく見ると、なんとHさんじゃないか。去年、糠平のキャンプ場で知り合ったセローのライダーだ。
「久しぶり。どしたの」
「留守電のメッセージ聞いてきたんですよ」
 あ。そうか。忘れていた。

 彼とは出発前に、メールのやり取りを数回やっていて、そのときにお互いの携帯電話の番号を教えあっていたのだ。午前中、今、天塩川キャンプ場にテント張っていると、伝言を入れていたのをすっかり忘れていた。でも、こんなにすぐにやってくるとは。4~5日たってから、道東あたりで再会するだろうなと漠然と思っていた。Hさんは昨日フェリーで小樽について、昨夜は糠平キャンプ場泊だったらしい。天塩川キャンプ場にテントを張って、買い出しにきたという。
 じゃあ、今夜は飲もうということになり、酒をどこで買うかしばし相談。Hクンはもうこの店で仕入れたようだ。
「ワインだったら、セイコーマートのほうが安くて豊富にあるね」
 数キロ先にいったところにセイコーマートがある。
「でも、酒がおいてあるかどうかわかりませんよ」
 と、Hさんが忠告してくれる。
「看板の一番上に、ワインって書いてなかった?」
「ワイン?」
「ほら、wineって白抜きがあるところは、酒も扱っているんだよね」
「ええ! あれ、ワインって読むンですか。いつも、あれは変な模様だなって思っていたんですよ。そうなんだ。あれはwineなんですか」

 ということで、自分だけセイコーマートに寄って、ビール4本、ワイン1本(380円)を買ってからキャンプ場に戻る。キャンプ場から温泉施設までは100メートルほど。Hさんがノーヘル、スリッパ履きでバイクを運転して入浴しに行ったので、自分も荷物をテントに置いてすぐにあとを追う。
「ここ、シャンプーありませんよ」
 と、風呂場で会ったHさんにそう言われる。
 去年、金山湖畔の風呂場でも、石けんがなく、だれかが残していった小瓶のシャンプーを石鹸代わりに使った苦い思い出がよみがえってくる。
「石けんもないんだ」
「いや、石けんはありますよ」
 と、Hさん。
 ん、もう。
 石けんがあれば充分だ。自慢じゃないが、ここ10年以上シャンプーを日常的に使ったことはない。頭も身体を洗うのも、すべて石けんのみ。シャンプーなどビジネスホテルなどにたまに宿泊したとき、使うくらいのものだ。リンスなど1回も使ったことがない。自分の髪の毛と地肌にとっては、リンスなど幻の存在だ。だが肩まで髪を伸ばしているロン毛のHさんは、ちょっと残念そうな顔をしている。

 露天風呂からは、視界を遮るものがほとんどないので、天塩川が眼前をゆったり流れるのを眺めることができる。外の湯は結構温いので、ゆっくりゆっくり気分だ。Hさんは7月30日の小樽発の便が予約済みだという。前方の景色が夕焼けに染まっていく時間がなんともいえない。
 宿泊施設も整っている建物から、ノーヘル、ビーチサンダルでバイクを運転してキャンプ場に戻る。身体が火照っているので、顔と頭にに当たる風が気持ちいい。たったこれだけの距離だが、ノーヘル、ノーグローブ、サンダルで気軽に走るのは、精神的にもかなり開放される。でも違反は違反なんだ。

 夜は、Hさんがもってきたドカシーをサイトの芝生の上に広げ、その上でささやかな夕食兼飲み会。Hクンは新兵器として、ウォークマンに超小型スピーカーを取りつけられるやつを持ってきていて、音楽のBGMまで演出してくれる。蚊が多いので蚊取り線香を焚くが、効果はほとんどない。ウィンナーを焼いてビールの肴にする。

 しばらくして京都からやってきたアフリカツインのライダー、仕事を辞めて北海道を一周している四国出身のオフ車ライダー、X4に乗っている大田区のライダー(あとで親しくなるMさんだ)などが集まってきて、わやわやとやる。ライダーはこの5人だけだ。あとはサイトの外れに、蚊帳つきのでかいテントを張っているファミリーキャンパーがいるのみ。
「北海道は違う違うてみんな言うけど、実際、走ってみたら、奥飛騨あたりと景色はかわりゃせんじゃないの」
 と、四国のライダーがぼやいたりするのを聞きながら、静かに夜は更け、満天の星の下、午後10時過ぎにはお開きとなる。


猿払川。自然のままの河岸。


宗谷丘陵。



1999年7月11日 北海道ツーリング 13日目

2025年03月27日 | 1999年 北海道ツーリング
7月11日(日)
 焼尻~羽幌~豊富温泉~天塩川リバーサイドキャンプ場



 午前6時半には起床。
 日射しが直接、テントに当たってくるので、寝ていられるものではない。のらくらしながら、テント撤収。羽幌行きのフェリーは11時20分。Tクンは先にキャンプ場を出発。港で会うことになる。自分はまた「オンコの森」などにいき、森を散策。鳥の鳴き声はするが、なかなか居場所がつかめないのがもどかしい。

 11時前にフェリー乗り場にいくが、昨日よりもかなり賑やかだ。乗り場前は人で溢れかえっている。
 でかいトラックの特設ステージまで設けられ、あまり名前を聞いたことのない演歌歌手の幟が立っている。たぶん歌謡ショーと一緒にカラオケ大会などもやるのだろう。今日は羊の丸焼きがじっくり焼き上がるのを見学。ささっと切り分けて、1皿500円。見た感じはアブラがたっぷるという感じだ。肉の部位に偏りがあり、ちょっと高いので今回はパス。いずれ、再訪するつもりだ。

 フォークリフトで水槽タンクにはいったムラサキウニを運んできたので、こちらのほうを1個ゲット。ソフトボールよりもでかいウニを選んで1個300円。半分に割ってもらったものを、スプーンもなにもないので、指の腹で身をすくったのをそのまま食べる。でかいネコの舌のようなオレンジの身が5~6切れほどはいっている。味は利尻で食ったものにはかなわないが、やはりこういう新鮮なものは美味い。
 しばらくするとTクンもやってきたので、ウニをオススメすると「これはビールを飲みたくなりますね」と生ビールも注文している。
「バイクの運転は?」
「いやあ、フェリーから下りるころには酔いは覚めてますよ」
 大丈夫という感じだ。

 自分は、基本的には陽が沈まないと飲まないと決めているのでパス。しかし、美味そうに飲むなあ。そんなTクンを横目に、今度は彼がオススメだという魚のすり身を団子にして揚げたものなどを、ぼそぼそと食う。串団子のように3個刺してある。でも、新鮮なホッケの身なので、咀嚼しているとさつま揚げのような旨味が口の中に広がってくる。結構いける。これは200円也。

 昨日は天売島でも、バイクはついに見かけずじまいだったが、今朝の一番で渡ってきたのだろう、札幌ナンバーのTRXと赤いカワサキを見かける。カワサキは後ろ姿しか見えなかったが、ニンジャ系のバイクのようだ。
 天売島からきたフェリーは乗船客で満杯、定刻より10分遅れ、ほとんどの人が下船したようだったが、焼尻から上船する人もかなりいて、結局、羽幌まで満員状態で航行。今回はTクンのバイクと共に、乗船口にCBを停めさせられる。

 上陸後、すぐに銀行に直行。日曜日なのに、こうやって信用金庫が営業しているので便利といえば便利だ。銀行前でしばし別れの会話。Tクンの今日の予定は手塩川河口の「鏡沼海浜公園キャンプ場」泊とのこと、明日あたり礼文に渡るという。秋口に関東近辺にきたら、自宅に電話するようにと約束して、それぞれ出発。

 さてという感じで、北に進路をとる。天気がいいのと、久しぶりの直線道路をそれなりのスピードで気持ちよく流す。今日の目的のひとつが、皮膚病やアトピーなどに効能があるという豊富温泉。オロロンラインでは利尻富士がばっちり。思わずバイクを停めて、記念写真など撮る。去年と同じ稚咲内から豊富方面に右折して、そのまま豊富温泉まで直行する。

 豊富温泉は1926年の石油試掘中に噴出したという日本最北の温泉だという。町営温泉センターで420円を払って入浴。浴室に足を踏み入れた瞬間、ぷうんとコールタールのような匂いが鼻を刺激する。嫌いな匂いではない。湯には、でかいアカのような油カスがぷかぷか浮いていて、ほとんど源泉のままのようだ。
 一緒にはいっていた地元の人によると、近くのホテルなどでは、源泉の湯を薄めて使っているか、油カスを漉しているので、かなりきれいな湯らしいのだが、ホントに皮膚疾患を治したい人は、わざわざホテルからこのセンターまで毎日通ってくるという。センターに宿泊施設はない。

 湯からあがり、皮膚に鼻をこすりつけるように匂いを嗅いでみる。重油らしき匂いがしないでもないが、浴室全体がこの匂いなのではっきりしない。
 浴客は、上がり湯の代わりに水風呂に浸かってから上がっているようだ。自分は身体を冷やすために水風呂にはいり、また浴槽に浸かる。これを数回繰り返す。身体についた匂いはそれほど気にならないので、それほど念入りに湯垢を落とすことはしない。1時間ほどのらりくらりと浸かり、午後4時前後にセンターをあとにする。

 30分ほど走り幌延町のキャンプ場にいってみるが、テントなど1張りもない。当然ながらキャンパーの姿もない。駐車場からテントサイトまでかなりの距離もあり、ひょっとして、ここは小中学生が団体で使用するようなところかもしれないと判断。ここから80キロほどある「天塩川リバーサイドキャンプ場」まで南下することにする。ここは、いいキャンプ場だと聞いていたうちのひとつだ。

 途中のコンビニでカツ丼弁当、レトルトのククレカレー、トマト(2ヶ)を購入、午後6時半前後にはキャンプ場着。山の斜面を削った高台にキャンプサイトがあり、目の前は天塩川温泉施設がある。キャンプ場使用料は無料だが、温泉は200円とのこと。さっき、入浴したばかりなので今夜はパス。サイトにはテントが3張りほど。静かでいいところだ。カツ丼弁当に温めたククレカレーをぶっかけて夕食。スプーンなどもってないので、箸で食う。本など読んで午後10時前には早々と就寝。




焼尻島・オンコの森

オンコの森。ちょっと、中に入ったところ。


オロロンライン。

オロロンライン。