バイク・キャンプ・ツーリング

NERIMA爺、遅咲きバイクで人生救われる

1996年7月30日(火)

2024年10月07日 | 1996年
7月30日(火) 
 きついグローブをしていたときほどではないが、やはりバイクに乗ったあと4、5日は、朝起きてから数時間は指の関節を曲げられない。炎症を起こすようだ。2時間くらいすると普段どうりに動かせるようになるので、そのくらいまってからちょっと乗ってみる。調子がよければ秋川の方にいくつもり。

 午後12時頃出発。目白通りをまっすぐに大泉方面にいき、田無の方に折れて五日市街道にでて、ひたすら西進。五日市まで意外なほど距離を感じる。さらに奥多摩方面に進み、秋川の手前、十里木の交差点を右折。川の支流沿いに舗装が続いているところまでいってみることにする。途中釣り人と川遊びの子供がやたらと目につく。今日はビーチサンダルをもってきていたので、舗装の途切れたあたりにある沢の清水に浸かってしばし休息。水が冷たくて気持ちいい。ついでに顔も洗って耳を澄ます。このあたりにはだれもいないので、鳥の声やせせらぎの音、虫の鳴き声などが新鮮に響く。30分ほど休息。満足。

 一旦来た道を引き返し、奥多摩周遊道路にはいり奥多摩湖を横に見て、奥多摩駅で小休止(途中でやけに缶コーヒーが飲みたくなる)。あとは、きばって青梅まで行き、いつものルートを東進。午後6時半、練馬着。本日の走行距離約180キロ。今日までの総合走行距離、約2000キロ。


1996年7月26日(金)

2024年10月07日 | 1996年
7月26日(金) 
 川越の蔵のある町並みを見に行く。新富町という繁華街の一角にあるスーパーの駐車場にバイクを停めて、スープに10種類以上のエキスをつかっていると看板にあるラーメン屋にいく。クソ暑かったが、あえてスープの味を味わいために熱いラーメンを頼む。しかし、まずい。どうしても食べきれずに3分の1ほど残す。ラーメンをつくっていたおばちゃんによると、ここらへんは明日から夏祭りだという。どうりで提灯がずらーと飾ってあったはずだ。味はいまいちだったが、おばちゃんは親切。

 ガイドブックにあった「あとひきセンベイ」にいって1000円分だけ各種――ぬれセン、堅ヤキ、ニンニク味を買うが、はっきりいってどれもあまりうまくない。醤油の香りがまるでない。そのあと、蔵の町並みをビデオに撮る。
 あまりに暑いので、高麗にいって川につかろうと日高方面の向かう。1時間も走ると、高麗川にかかっている橋から、川で水遊びしているのが見えてきた。そこに下りてしばし休憩。ビーチサンダルをもってこなかったのが失敗。きれいな水がさらさらしている。気持ちよさそうだ。泳いでいる子供や釣りをしている子もいる。なんだか、昔の宮崎は高城の有水川みたいだ。帰りは飯能から所沢を抜けて、いつもの新青梅街道。






1996年7月25日(木)

2024年10月06日 | 1996年
7月25日(木)
 約2週間ぶりにバイク動かす。富士山に行って以来、朝起きるとずっと左手の指関節が痛かったので運転は控えていた。だが、ゆるめのグローブを買ってしまうと、我慢出来ずに、ちょい乗りだけと納得して乗ることにする。さすがに2週間近くも放っておくと、エンジンがかかりにくい。しばらくセルモーターがむなしくまわり、ようやくエンジン回転。

 川越街道から高島平の方にいき、荒川沿いに北上して大泉から練馬へ。約1時間くらい。いまのところ、指のほうはなんともない。きつめのグローブは、レバーを絞ると関節に負担がかかるようだ。


1996年7月12日(金)

2024年10月06日 | 1996年
7月12日
 富士5合目にいくことにする。
 朝4時に出発。永福の中央インターの入り口がまたしてもわからず、1回だけそのあたりを周回する。ようやく入り口が見えて安堵。あとはひたすら西進。80から90キロで走行しているが、ときおり横を100キロ以上のスピードで、ばんばんすっ飛ばしていくバイクあり。こちらは慣れてないのもあり、おとなしく運転。

 河口湖の出口を間違えて、山中湖方面にいく富士周遊道路にいってしまう。30分くらいのロスを経て、早くも7時にはスバルライン5合目到着。7時15分ごろロッジから東京に電話する。ビデオカメラをもって、ロッジの便所やら屋上を1時間くらいうろうろ。観光用の馬が意外と多い。下界があまりよく見えないのが残念といえば残念。

 下山して富士スバルラインを左に折れて富士桜高原にいくが、道路標識というものがまったくなく、別荘地の中を迷いに迷って、やみくもに走り回る(1時間くらいだったが、おそろしく長く感じる)。途中で、アスファルトの穴に前輪をどこんと突っこみ、ひやりとする。別荘販売のプレハブにいた人に道を聞いて(道はすぐ横にあった)、ようやく国道にでる。西湖にいく途中にある「道の駅」でしばし休憩。500円のまずいナポリタンを食って、外のベンチで30分ほど横になる。

 上九一色村にいくが、例の場所はわからず、澄んだ川の流れを見ながら通り過ぎる。甲府盆地にでて笛吹川の堤防道路を南下しながら思案する。帰るにはまだ早すぎる。もう一度富士にいくか、それとも別なところにいくか。まだ朝の10時半だ。ふと盆地の向こうを見ると、南アルプスの山々が連なっている。以前から行きたいと思っていた「夜叉神峠」はどうだ。

 ガソリンスタンドで道を聞いて、アルプス街道をひたすら峠の方にすすむ。意外にトラックが多い。峠はマイカーらしき車が20台くらい駐車しているが、峠自体は大したことはない(頂上の景色は違うだろうとは思ったが、そこまでは登る気力なし)。しばらくして引き返す。甲府のインターからひたすら中央高速を東京へ。高井戸から環8、練馬には3時にはつく。本日の走行距離約430キロ。

 午後6時に弟と江古田で待ち合わせ。台湾料理。12時頃まで飲む。そのあと弟は新宿へいき、われわれは練馬帰宅。12号線の中では2人ともいつのまにか寝てしまったらしく、車掌に起こされる。はじめての経験なり。



1996年7月2日(火)

2024年10月05日 | 1996年
7月2日(火) 
 朝、8時45分に出発。
 新青梅街道から秋川街道(ダンプ多し)から五日市までいき、桧原に向かう。奥多摩周遊道路を奥多摩湖のほうに下りてから小菅にいき、今川峠を越えて丹波山を抜けて、一ノ瀬高原にいく。せせらぎの川がとてもすばらしく、大石の上で小休止。そのあと、近くの民宿《しゃくなげ》で手作りのソバを食う。1000円で高いと思ったが、天ぷらや山菜がついていて、これなら安い。

 午後2時出発。
 柳沢峠から塩山。20号腺を大月、上野原方面へ西進。上野原から和田峠を越えて陣馬街道をいく(通行禁止とあったような気がするが、勘違いだったかもしれない)。途中、なんか「夕焼け子やけ」の歌がどうのこうのと看板にある。

 あきるの市から日の出町を抜けて、青梅までいき朝きた道を逆行。途中で恩多町方面に早く左折しすぎて、所沢街道から青梅街道にでて帰宅。7時半着。本日の走行距離、280キロ。