皆さんはボートレース(競艇)をご存じだろうか?まあ、テレビ広告などで見たことは
あっても、競馬、競輪、オートレースなどと同じギャンブルの世界…というのがほとん
どの人の認識だと思うし、またそれで合っている。レース場は長崎県大村市から、群
馬県桐生市までの24か所にあるから、南九州や、東北、北海道の住民はなじみがなく、
ある意味、マイナーな世界である。
自分はその世界で予想記事を書いて飯を食っているのだが、この前、「ほお~」と、思
わずうなってしまう、感動的な話を聞いた。滋賀県出身の「守田俊介」という競艇選手
がいる。その選手が「選手ふれあいコーナー」というイベントのゲストで来たのだが、
その楽屋裏で、ある女性スタッフがその話を聞き、自分に話してくれたのだ。その女性
スタッフは、2か月前にМ・C見習いとして入社したのだが、彼に挨拶をしつつ、この話
を聞いて感動し、いっぺんに守田選手のファンになった。「このネタは私がМ・Cとして
一人前になり、守田選手に話を聞くシーンがあれば、ぜひ皆さんに披露したいと思います」
と、言っていたが、俺に話をしたのが間違いだった。ここでネタ話をすることを彼女は知
らない(笑)。
守田選手と言えば、昨年の10月、浜名湖で開催されたSG競走(特別レース)、「ボート
レースダービー」で見事ビッグ初Vを飾ったのだが、その時に優勝賞金の3500万円を全
額、東北震災復興金として寄付したのである。これは新聞にも出ていたから知っている人は
多い。最初、彼女が聞いたのもその話だったのだが、一回目のステージが終わり、二回目の
ステージまで時間があったので、続いてその時の話を聞いたという。
「僕は変わった人間やから」、「はあ?」、「自分でも変わり者というのはわかってるんや」、
「……」そういわれると何も言えない。しかし、守田選手はいつになく、饒舌だった。「震災か
らある程度経ってから東北地方を訪れたんや」、「ハイ」、「行ってみると思った以上に悲惨で、
被害が大きく、怖くなってな。情けないことにそのまま帰ったしまった」、「ハイ…」、「それ
がどうも心残りになって、お母んに、もしもSGを勝つことができたら、その賞金を全額寄付す
るでと言ったんや。そのときは、僕もお母んもSGを勝つことはないと思っていたから、笑い話
ぐらいに思っていて…」、「そうですか、でもすごい話ですね」、だって3500万円ですよ!
と彼女は心の中で叫んだと言う。
しかし、ここまでの話は予想通りというか、ある程度聞いていたから、今更驚くことはなかった
が、次の話に痺れた。
「優勝して、3500万円のプラカードの小切手を渡され、それを関係者やファンの前でそれを
掲げて、ふと思ったんや」、「ハイ…」、「3500万円寄付するんやなと。みんな3500万円
と思っている…」、「???」、「あとから計算すると、その3500万円の税金が約800万円
引かれるんや」、「ああ、そうですか」、「だから、本当は3500万円じゃないじゃないか。そ
れでは皆さんに嘘をついているなと…」、「いや、それは…。皆さん、優勝賞金を全額寄付というこ
とで驚いていらっしゃるのですから」、「いや、それでは自分の気が済まないから、自分のお金か
ら800万円を出したんや」、「え~、そんな馬鹿な。いや、普通、そこまでします~?」
それを聞いてさすがに驚いた。ビッグレースを勝って、高額賞金を手にして、本当はルンルンなはず
なのに、高額賞金を全額寄付し、さらに自腹の800万円まで追加するか?信じられない話である。
成行きのレース賞金は勢いで出せたとしても(自分には無理だ)、冷静になっての自力の800万円は
とても出せるお金ではない。
「この世界に入って色々な方にお世話になったし、今の自分があることにとても感謝しています。
自分の趣味は回転寿司巡りぐらいで、車も軽に乗ってて、十分生活できているから…」と、守田選手
は照れくさそうに笑っていたと言う。なんと朴訥な男なんだろう。ボートレースの世界では上位ラン
クの実力者なのに、なんの奢りもなく、あまりに自然体で、久しぶりに感動してしまった。この話、
もっと話題になっても良かったのではないか…と思う。