ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)

映画、旅、その他について語らせていただきます。
タイトルの由来は、ライプツィヒが私の1番好きな街だからです。

「ハニートラップ」なんてことで、そのような歴史の話を解釈するのはよろしくない(半藤一利氏って、こんなトンデモだったのという気がする)(上)

2021-06-11 00:00:00 | 書評ほか書籍関係

bogus-simotukareさんの記事を読んでいて、「おいおい」と思った話を。

「珍右翼が巣くう会」に突っ込む(2021年6/3分:荒木和博の巻)(追記あり)

つまり荒木が

ハニートラップについて(R3.6.3): 荒木和博BLOG

という記事で、北朝鮮問題や拉致問題にかかわるハニートラップ関係の話をしたというのですが、この記事ではその点についてはふれません。この件についてもまた話をしてみたいのですが、それは後日ということで。今回の記事での主眼は、ドイツにおける日本海軍駐在武官の「ハニートラップ」の関係です。

Wikipediaの「ハニートラップ」で、つぎのような記述があります。注釈の番号は削除します。

第二次世界大戦前の日本海軍ナチス・ドイツに傾斜したことを疑問に思った半藤一利は、ある取材で元海軍中佐千早正隆に質問したところ、その原因がハニートラップであると答えたとする。それによると、駐在武官としてドイツに滞在している間にナチスは美人のメイドを派遣して来て、いつの間にかナチスの色仕掛けに篭絡され、気がつけば、ナチスびいきになっていたという。こうしたことが原因のためか、元海軍の多くが、質問に対して黙ることが多く、聞き出せたのも、うっかり話してしまった感があるとしている

bogus-simotukareさんの記事では、その関係で、このような記事も紹介されています。

日本海軍へのハニートラップ

>宮崎駿と半藤一利の対談本を読んだ。

『半藤一利と宮崎駿の腰ぬけ愛国談義』(文藝春秋、2013年)で、映画『風立ちぬ』を半藤氏が見る前後の2回にわたって行われた対談を基にしている。

(中略)

その中で「へー」と思ったのが、半藤氏が語った表題の件。
第二次大戦で日本はドイツ、イタリアと同盟を組んだことから、日本人の多くがドイツ人は親日的だと思っているが、両氏はそうではない、と考えている。
ドイツは黄禍論の本場で、日清戦争で三国干渉を主導したのをはじめ、日露戦争でロシア側に就き、第一次大戦では敵国だった。
半藤氏は、なのに「なぜ特に海軍軍人が親ドイツなのか」聞いて回ったところ、ある海軍士官が「ハニートラップだよ」と漏らしたという。ドイツ留学や駐在の海軍軍人たちは、ナチスドイツから女性をあてがわれていたが、イギリスやアメリカでは同様のことはなかったらしい。

(後略)

こちらの記事も紹介されていました。

『半藤一利と宮崎駿の腰抜け愛国談義』を読む

>半藤  (……)それにしてもなぜ日本人は、とりわけ海軍軍人がドイツにあんなに入れ込んだのか。
宮崎  ほんとに不思議です。
半藤  なので私、「日本海軍はなぜ親独になったのですか?」とずいぶん関係者に聞いたんです。するとみなさん「どちらもほぼ単一民族だし、規律正しいし、後進国家であったし」などととってつけたようなことばかり言う。ところがあるとき某海軍士官がポロッと漏らしたんです。「ハニー・トラップだよ」と。つまりドイツに留学をしたり、駐在していた海軍士官に、ナチスは女性を当てがったと言うんです。
宮崎  あ、そうだったんですか。「ハニー・トラップ」。凄い言葉ですね。

まあ宮崎駿なんて、しょせん歴史に関しては素人さんですからね。歴史について造詣の深く本もたくさん出している半藤氏からこういう話をされたら、「それほんとですか」とも聞けないでしょうしねえ(苦笑)。聞いたところで「いや、そうなんです」と言われたら、それ以上のことも言えないでしょう。bogus-simotukareさんもご指摘なように

>それが「対談の名に値するのか」は甚だ疑問です。

というものでしかないでしょう。だいたいここで半藤氏がハニートラップがあったとする論拠はかなり薄弱ですからね。これだけではなんともいえない。半藤氏は、どの程度周辺取材をしたのか。どうなんですかねえ(苦笑)。なおこの件では、この記事の続きをお読みになってください。

そういうわけで、さっそくまずは、Wikipediaに出典として記載されている「ちくまプリマー新書」から入手しました。図書館で借ります。

歴史に「何を」学ぶのか (ちくまプリマー新書) 新書

さらに宮崎駿との対談本も。

半藤一利と宮崎駿の 腰ぬけ愛国談義 (文春ジブリ文庫)

それで上の2冊では、その某海軍士官の実名は出ていないみたいですが、Wikipediaに載っている参考文献で、その士官名(千早正隆)が明記されているらしいこちらは、この記事執筆時点でまだ未入手です。

昭和史の論点 (文春新書) 

そもそも論として、千早氏って別にドイツ駐在武官だったわけでもないみたいですからね。いわば彼が、どっかで聞いた話(あるいは、彼自身が勝手に作った話である可能性すら否定できません)なわけで、その話がどれくらい信憑性があるのかはかなり怪しいというべきじゃないですかね。いずれにせよそうとう綿密に周辺取材をしなければ、公にするに値しない話でしょう。そのあたりはどうなのか。

ではまずちくまプリマー新書からみてみましょう。以下p.115からの引用です。1959年以降に、半藤氏が旧軍関係者からいろいろ話を聞いていた時期のことです。ってことは、(たぶん)千早氏の証言が出た時期は、1970年代半ばくらいなのですかね。

>そういえば当時、「海軍はなぜあんなにナチスドイツに傾斜してしまったのですか?」と、これは何人かに聞いたのですが、「どうしてだろうねえ」などとみなさん口を濁していました。長らくこれが謎だったのですが、この十数年のち、ある取材で元海軍中佐がペロッとしゃべった。「あれはハニートラップにかかっちゃったんだよ」と。

駐在武官としてドイツに滞在しているあいだナチスは美人のメイドを日本の海軍さんに派遣したそうな。それでいつの間にかナチスの色仕掛けに籠絡され、気がついたらナチスびいきになっていたというわけです。

(以上、改行にさいしては、行あけをし、また段落の最初の字の一字下げは省略しました。以下同じ)

いや、

>ナチスびいき

>ナチスドイツに傾斜

とでは、だいぶ距離があるかと思いますけどね(苦笑)。美人のメイドに感激したということと、そこで国家体制として日独同盟に傾倒するってこととは、直結しないでしょう(笑)。だいたい海軍武官だって何人もいるわけで、その人たちがみんながみんな籠絡されたというものでもないはず。そういう女遊びが大っ嫌いという人間だっているし、好きでもメイドとかとは不可と考える人も多いはずです。当時の海軍軍人がナチスびいきになった主な理由(さすがに半藤氏も、それだけでそうなったとまではいわないにしても)がハニートラップというのは、いくらなんでも考えにくいですよねえ。そもそも半藤氏の

>海軍はなぜあんなにナチスドイツに傾斜してしまったのですか?

なんて質問だって、そんなに端的に答えられるようなものではないじゃないですか。たとえば日本の政治家、外務省をはじめとする役人、右翼系の文化人などは、なぜあそこまで米国依存なのかなんて質問を誰かにしたところで、いろいろな理由は挙げられますが、なかなか端的に答えられるものでもないし、またその答えの妥当性もいろいろと問題になる。それこそいろいろな事情が複雑に絡まっているわけで、そんなの明快な回答を出せというほうが無理です。

こんなことを「ハニートラップ」なんてことで明快に解釈・説明しちゃう半藤氏という人物も、ひどい人間だよね(苦笑)。正直私が先日記事にした、警察に確認しないで交通事故の事実誤認記事を書いて沖縄の地方紙を罵倒した記者(高木桂一)や、これも明らかに先方に確認をしないで南京の祈念館が展示の写真を撤去したなんていうデマ記事を書いた記者(牛田久美)といったクズ記者連中と同レベルのデマ拡散者といわれても当然じゃないですかね。

このような幼稚で悪質で馬鹿なデマ記事を書く元産経新聞記者の野郎を雇用するのだから、日本維新の会というのもひどい政党だ

だいたい日本は歴史的にドイツから強く影響を受けていました。大日本帝国憲法がビスマルクほかドイツ帝国の強い影響をうけて制定されたのはいうまでもないし、統治体系などもいろいろドイツを参考にしています。プロイセンによるドイツ帝国成立と明治維新はだいたい同じ時期でしたから、新生日本としてもいろいろ参考にできることが多かった。理数系でも、当時は、エリート医師はドイツに留学したものです。新しい1000円札の肖像となる北里柴三郎森鷗外斎藤茂吉などもドイツ留学(茂吉は、オーストリアでも留学)したわけです。文学なども、当時はゲーテなどは日本では今日など比較にならないくらい影響があったし、その影響は、今日でも大学の第二外国語でドイツ語が筆頭であるあたりにもうかがえます。獨協大学は、獨逸学協会学校を起源としているくらいです。今日でも、ドイツは欧州でも格の違う経済大国であることもいうまでもありません。そうであれば、当時の海軍軍人たちがドイツにあこがれ、またいろいろと日本の模範にと考えたことは何ら不自然な話ではないわけです。

ただ正直これ、話の次元が違うということは承知の上で申し上げますと、そもそも「ちくまプリマー新書」なんていう未成年者を主な読者対象としている新書で、こんな「ハニートラップ」の話なんか書いていいんですかね(苦笑)。編集者から「これよくないんじゃないんですか」というような注意とか、読者から何らかの否定的な反応はなかったのか。こういう話は、するのであれば大人向けの本ですればいいし、読者も「ハニートラップ」を過大評価するような誤解をしないか。まあそういうことを言えば、明らかに半藤氏は、ハニートラップの効果を過大に考えているので、それはある意味仕方ないし当然なことではありますが。それなら編集者が注意すべきことでしょう。

いずれにせよ私見を述べると、ハニートラップって、個々の人間に仕組んで成功するということはあっても、ここで半藤本が述べているように継続的に行ってしかも効果があるってものではないでしょう。当たりまえですが、海軍省だってそのあたりはいろいろ情報をはるし、ハニートラップに引っかからなかった駐在武官からも適宜報告はあるでしょう。

しかしこれでは、私も半藤氏に対する評価はがた落ちですね。まるっきりトンデモじゃないですか。私は、彼が昭和天皇に対して大変好意的な背景には、彼なりの戦略があると思っていましたが、これではそれもどんなもんかいなです(笑)。ともかく「ハニートラップ」なんていいだすと、なんでもありになっちゃいますからね。よほど堅い証拠がなければそうそうとりあげられるものではないでしょう(当たり前)。

では、次は宮崎本から。前の部分で引用されたくだりの続きを。(p.174 ~p.175)

>半藤

それを聞いてから、ドイツ留学やドイツ駐在をした人に次から次へと尋ねたところ、半分以上は否定しましたけれど、三分の一くらいは認めましたね。どうやらアメリカとイギリスはそういうことはなかったようですがね。親米英か親独か。あるときからなだれを打って親独になった裏には、そんな情けない事情もあったんです。

どうなんですかねえ、これ(笑)。

>半分以上は否定しましたけれど、三分の一くらいは認めましたね。

っていうのは、「ハニートラップがあった」ということは認めたとしても、さすがに三分の一くらいの人が、大要「ハニートラップのために、日本の海軍軍人は

>なだれを打って親独になった

のだ」とまで認めたとは、当方にはちょっと信じがたいのですが。だいたいそんな効果があるのなら、

>どうやらアメリカとイギリスはそういうことはなかったようですがね。

というのも変な話です。英米に限らず徹底的に活用するに決まっています。

そもそもそんなことを言い出したら、「独ソ不可侵条約は、ソ連がナチスのハニートラップにやられたのだ(あるいはその反対)」とか「英国の対ドイツ宥和政策は、チェンバレンら英国首脳がナチスのハニートラップにやられたのだ」、日本だって「日ソ中立条約の締結は、ソ連側のハニートラップの効果があったのだ(あるいはその反対)」とか何でもいえてしまう。戦後の外交だって、日本の政治家、役人、右翼文化人の対米追従は(以下略)、田中角栄の日中国交回復は(以下略)、安倍晋三の対中国強硬政策断念は(以下略)とか何だってありでしょう。こういうことは、よほど堅い証拠がなければ書くべきではない。私も、半藤氏の書いていることを100パーデタラメとまではいいませんが、半藤氏がほざくほど決定的なものではないでしょう。

まだまだ書きたいことはありますが、続きは、文春新書を入手してから書くことにします。

2022年4月17日追記:すみません。(下)の記事をリンクしていませんでした。興味のある方は、下の記事をご参照ください。

「ハニートラップ」なんてことで、そのような歴史の話を解釈するのはよろしくない(半藤一利氏って、こんなトンデモだったのという気がする)(下)

コメント (3)
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