史跡ハンター 臥龍

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上総国「日本武尊」史跡めぐり

2018年12月23日 | 日本武尊・源平・戦国史跡めぐり
12月23日(日)
今日は3:40に目が覚めたんで…2時間くらい眠れたみたいだね。

コレが無人チェックインシステムだよ…コレ通さないと店内に入れないし、会計も全て無人です。

予定通り、6:15チェックアウトしました…まずはココ「高円寺」から歩いて阿佐ヶ谷の「神明宮」に行きます。
昨日はもう薄暗かったからね…冬は16:30くらいまでしか屋外はムリ、コレが夏なら19:00すぎてもまだイケるのに。

6:45ごろ「神明宮」に着きました…もう昨日、御朱印はもらってるんでさ、少し時間をツブしてから「中井」に向かうよ。

コレは「能楽殿」と「手水舎」です。

御朱印がいただける「神明殿」です。

コレは「北野神社」です。

コレは「猿田彦神社」と「瑞祥門」です。

「日本武尊」も元宮に祀られています…「日本武尊」との縁は昨日の記事を見てちょ。

昨日「拝殿」に参拝したんで…昨日、暗くて見えなかった「本殿(御垣内三殿)」を見ました。

また「瑞祥門」を出て…

コレは「御神木」の“夫婦けやき”です。

6:50ごろ「阿佐ヶ谷神明宮」を出ました…って、まだ早えぇ~

6:59「阿佐ヶ谷」発のJR総武線に乗りました。


そして、7:06「東中野」で降りました…穂香ちゃーん
これから歩いて「中井御霊神社」に行きます…駅なら「中井」からが近いんだけど、「東中野」から都営大江戸線1駅間(¥180)掛けるのイヤだし、時間もあるから歩いてるんです。

途中にあった「正見寺」です。

「笠森お仙の墓所」があるらしいんだけど…誰? 墓所に入ってみたけど、どの墓かも分からなかったよ。

途中の踏み切りで通った列車…ブレたけど、なんのキャラだ?

「八の坂通り」を上がって行くと…

7:45「中井御霊神社」に着きました。

鳥居の狛犬です…片側の犬はウンコしてるみたい。

コレが「拝殿」です…「中井御霊神社」は「日本武尊」の東征に従った常陸国鹿島神宮の神裔の一部がこの辺りを統治するようになり、祖神「武甕槌命」を祀ったことを起源としています。

左に「稲荷神社」、右に「三峯社、八雲社」があります。

社務所も9:00に開くか分からないんだよな…

ベンチがあったんで9:00まで1時間くらい座って待ってようとしてたら、8:00に宮司さんが出て来てさ。
掃除や祓詞?をされてました…おぉ~ちゃんとした神職者さんや。
8:20ごろ社務所に戻られる宮司さんに「今がチャンス」とばかりに御朱印をお願いしたら書いていただけました。(初穂料¥300)

8:25ごろ「中井御霊神社」を出ました…30分以上早く出られたぞ コレならこの後少し余裕ができるかなぁ?

中井駅に向かう途中には「林芙美子記念館」がありました。

ココは小説家「林芙美子」の旧家だったんだな。

まぁ当然この時間じゃ空いてないし、空いてたとしても入ってないけどね。

8:35「中井」駅に着きました。

8:40「中井」発の西武新宿線に乗り…

「高田馬場」でJR山手線に乗り換えました…「ラブライブ!サンシャイン!!」のラッピングだったよ。

それから「日暮里」でJR常磐線に乗り換えて、9:27「松戸」に着きました。
さぁ、これから上総国の史跡ハントに突入じゃ~…って、けっこうシビアなスケジュールなんでタイムロスは許されないぞ。

新京成はカラーリングがカワイイよね。

さぁ9:53「松戸」発に乗りたいんで、25分くらいで戻って来れるかなぁ?

川沿いを通って…

9:40ごろ「松戸神社」に着きました。

まず、御朱印をお願いし…境内散策です。(初穂料¥300)

「日本武尊」が東征の際に当地にご陣営を設けて従将の「吉備武彦」連と「大伴武日」連の方々と待ち合わせたため、『待つ郷』(まつさと)=『待土』(まつど)と呼ばれ、『松戸』の地名が生まれたと云われています。

右は「御神水」です。

「手水舎」の奥に鳥居が見えるな…ホントはアッチが参道なんだね…

「神楽殿」と摂社です。

コレは「潜龍橋」です…やっぱりまた正面から来なかったんだな。

はい、ココが一の鳥居だよね?
御朱印をもらって急いで駅まで戻ってみたけど、やっぱ9:53発には間に合わなかったよ…次は3駅先の「天王台」で降りるんだけど、10:14発って約20分待ちかぁ。
そしたら構内アナウンスで9:53発が遅れてる…と。
確かに都内にいたときにどっかで人身事故?とかあった…ってのは知ってたけど、何て幸運なのか?10:58に5分遅れで来てくれたよ。


10:13「天王台」で降りました。

そして10分くらい歩いて「柴崎神社」に着きました。

何かいろんな石碑があるな。

「手水舎」と摂社です。

「柴崎神社」は、「日本武尊」が征途の安全と武運長久を祈願するため御幣立したといわれています。

狛犬です。

御朱印は初穂料¥300です。

神亀です。

コレは「庚申塔」ですね。

10:30「柴崎神社」を出ました…って、また違う入口から入ってたんだな。

10:40「天王台」駅に戻り…10:50「天王台」発のJR常磐線「我孫子」で乗り換え「新松戸」でJR武蔵野線「南船橋」でJR京葉線に乗り換え…

12:00「蘇我」で降りました…JR武蔵野線が激コミだったんだけどさぁ、今日は中山競馬場で「有馬記念」があったからかね?

あ…雨が少し降ってきたなぁ…帰り時間があったらココで「担々麺」食べたいなぁ、だって「天使」なんだよ~

12:25「蘇我比咩神社」に着きました。

「蘇我比咩神社」は古記によりますと、「日本武尊」が東国地方を統一すべく勅命を受け「弟橘媛命」を始め多数の家来を引きつれ軍船に乗りて、千葉沖に差しかかったとき、風雨が強くなり船は進まず沈没の危険に遭いました。
このとき「弟橘媛命」は「龍神の怒りに触れた」とこれを静め和げんと同道して来た5人の姫達と共に身を海中に投じました…そして「日本武尊」は無事航海を続けられたのです。
身を投じた5人の姫の中に蘇我大臣の娘たる比咩がおり、この方がこの下の海岸に打ち上げられました…里人等の手厚い看護で蘇生することができ、無事に都に帰りました。
また里人達は「日本武尊」が日嗣の皇子でありながら東征の途中にて崩せられ皇位を継承するに及ばなかった事を聞き及び、その霊を慰めんと社を建て神として祀りました。

ココは珍しい「弟橘媛命」の従者(姫?)に縁があったんだね…またココの御朱印がヒドいらしいんで楽しみにしてたのよ。

まぁそれは最後に紹介します…12:30すぎに「蘇我比咩神社」を出ました。

12:45ごろ駅近くに着いてたんだけど、「担々麺」食べる時間が20分ってのが微妙だったんで…そのまま駅に行って、12:51発のJR内房線に乗りました。


そして13:07「姉ヶ崎」で降りました。

次に行く神社は駅から遠いな…こんな「ぼうき坂」なんて上がって行くの?

お~やっと着いたみたいだな。

コレは「随身門」です。

13:30ごろ「姉埼神社」に着きました。

アレ?向こうに鳥居がある…また違う入口から来たか?

社務所に誰もいないんで焦ったわ…ちょうど祈祷予約の電話が掛かってきて宮司さんが出て来たんで御朱印をお願いしました。(初穂料¥300)

正月が近いから?そういやさっきの「蘇我比咩神社」でさえ輪くぐり?あったもんな~

「日本武尊」が東征の際、走水の海(浦賀水道)で暴風雨に遭いますが、妃の「弟橘媛命」の犠牲によって上総に上陸することができました。
社伝では「日本武尊」が当社鎮座地の宮山台で「弟橘媛命」を偲び、風の神である「支那斗弁命」を祀ったのが当社の始まりと伝えられています。

日本武尊の歿後、父である「景行天皇」は日本武尊の縁の地を歴訪し、ココに「日本武尊」を合祀したそうな。

コレは「浅間大神」です。

他にも摂社があったけど、雨も降ってたんで近くに行かず、ズームで撮っちゃいました。

御朱印をもらったとき、宮司さんに「鳥居の方から駅に帰れますか?」って聞いたら…コッチの方が近いって。
俺がスマホの地図アプリを頼りに「ぼうき坂」を上がって来たあの道は車で来る参拝客の道だって…

狛犬です。

コレは「三の鳥居」ってことかな?

地図アプリだとコレを道と認識してないんだな…俺はちゃんと徒歩ルートで検索してたのに。

コレが「二の鳥居」です。

コレが「一の鳥居」です。

鳥居のある参道から帰ったから帰りは早かったわ…行きは20分以上掛かったのに15分くらいで、13:50すぎ「姉ヶ崎」駅に着いたもん。

14:00「姉ヶ崎」発のJR内房線に乗り、14:26「千葉」で降りました。
次は14:41発の京成千葉線に乗るんだけど、京成線の駅がどこか分からなかったのに駅前でどっかの学校?の吹奏楽?の演奏でスゲェ見物人がいてさ…人がいっぱいでどこが駅の入口だか分からないくらいだったよ。

やっぱ新京成はカワイイよね、カラーリングが。

「京成津田沼」経由で15:38「公津の社」に着きました…さぁこの史跡ハント、最後の神社に行くよ

駅前15:50発のコミュニティバスに乗りました…今回、この時刻表に合わせた旅程を組むのがスゲェ大変で、結局最後になったんだよ。
もし最後が「蘇我」だったら「浜金谷」まで出て「東京湾フェリー」で帰るルートも考えてたんだけどね。

16:05すぎ「麻賀多神社」で下車しました…そこそこ雨降ってるわぁ、折りたたみ持って来てるけど面倒なんで差してません。

帰りのバス停は鳥居の近くです。

さぁ最後は成田のこんな辺鄙なトコまで来たんだぞ…

でも…御朱印は毎月1日と15日(8~14時)にしかもらえないの?

ココ「麻賀多神社」は「日本武尊」東国遠征の折に賜った「神鏡」「勾玉」を祀ったのが、そもそもの由来だそうです。
「日本武尊」が東征のためこの地を通ったとき、松杉生い茂る山に登って一本の大杉に鏡を掛け、西に向かって伊勢の大御神を拝んで戦勝を祈念しました。
そのおり里民から土地が悪くて穀物が実らないという嘆きを聞き、この鏡を祀れば豊作になることを告げました…そこで里民たちがこの鏡を祀ったところ、泉が湧き慈雨が降り、土地は開けて五穀豊穣の地になりました。
その後、応神天皇の時代、印波国(旧印旛郡一帯)の初代国造となった「伊都許利命」が霊夢を受け、杉の下より七つの玉を掘り出し鏡とともに祀って一社を創建(現奥宮)し、麻賀多真大神と称しました。
降って「伊都許利命」7代の孫「広鋤手黒彦」が推古天皇16年(608年)、現在の船形の地に「稚産霊命」を遷座して大宮殿(現本社)と称し、ここに本社と奥宮の二つの「麻賀多真大神」が成立しました。
しかし延喜18年(918年)、朝廷の宝物である「三種の神器」の一つ「八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)」と同名であることを遠慮して「麻賀多神社」に改名したといいます。

コレは「本殿」でしょうか?

小さな摂社?がいっぱいあります。

コレは「天日津久神社」です。

コレは「凱旋紀念碑」です。

コレは「御神木」です…東日本一の大杉で樹齢千三百有余年、昭和10年、千葉県の指定記念樹第1号に指定されました。
パワースポットとしても人気のようで…スマホでも写真を撮って待ち受けに設定しておきました。

「日本武尊」はこの大杉に鏡を掛けて戦勝祈念したのかな?

16:20「麻賀多神社」を出ました。

まぁまぁ雨も降ってたんだけど…森の中で良かった?

創祀は「推古天皇」の時代だよ…「聖徳太子」を摂政にした日本で初の女性天皇だよね。

16:25に折り返して来るバスを待ってたら、もう1人神社にいたわ…もう俺しかいないと思ってたのに。
若いのか?俺くらいなのか?…不祥な女性だったなぁ…いつの間に来てたんだろ?
しかもバスに乗ったら会計の仕方知らなかったから…来るときはバス以外のどうやって来たんだか?

16:35すぎ「公津の社」駅に着き…16:43発の京成線に乗りました。

そして、17:45「京成高砂」で始発の京急接続の京成線に乗り…19:15ごろ「横須賀中央」に着きました。

帰りは吉野家で「牛チゲ鍋膳」を食べて帰りました…ずっとA3のランチョンマットケース持って移動すんの大変だったわ。

さて、今回の戦利品でーす。 (主に御朱印ですが)

まず「セーラージュピター」です…コレで全種(10種?)揃いました。

「マチ★アソビCAFE」でゲットしたランチョンマット(ペーパー)は「志摩リン」と「斉藤恵那」です。

フードをオーダーしてスグ渡されたんで…スグこのA3「ランチョンマットケース」を買ったよ。

ドリンクでゲットしたコースターは「志摩リン」と「各務原なでしこ」です…スタッフの神の手に感謝

缶バッジは自分で引きました…「志摩リン」と「犬山あおい」です。

コミケの企業パンフは中野ブロードウェイでもらいました…土曜に行くけど、今回何も買うモノ無いかも

御朱印です。

左「雉子神社(書置き)、右「白金氷川神社」

左「鷲宮神社」、右「渋谷氷川神社」

左「鷲神社」、右「大鷲神社」

左「(中井)御霊神社」、右「(阿佐ヶ谷)神明宮」

左「柴崎神社」、右「松戸神社」

左「姉埼神社」、右「蘇我比咩神社」です…やっぱお粗末だわ、コレやってくれた人は神職者じゃないよ、多分ただの管理人だと思う。
一応、コッチから言って¥300納めたけど…コレ、境内にスタンプ置いて「ご自由にどうぞ」でイイんじゃね?
最後に「麻賀多神社」の御朱印がゲットできなかったのは残念だったけど、あの大杉を拝めたのは良かったな。

今回2日間で12社いただきました…そして次週末、今年最後の史跡ハントで上手くいけば、さらに12社ゲットできる予定です。
この2日もだったけど、来週の旅程も何度も改訂を重ねているよ…この苦労して立てた旅程通りにハントできると気分イイんですわ。
でも…今回も両足裏に「水ぶくれ」ができ、筋肉痛がヒドいよ…家に帰ってスグに水抜き(ハサミで切っちゃう)したもん。
さぁ、また週末も超ハードで壮大なる史跡ハントの旅をお楽しみに~



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