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中国「華中」の旅⑫~亳州『華祖庵』編

2007年08月15日 | 中国史跡めぐり(三国志・封神榜・史記)
8月15日(水)
続きでーす。
10:30『曹氏公園(曹四孤堆)』を出て、次は『曹操像』がある「亳州駅」まで歩いて行きます。

10分ほど歩き、目の前には「駅」が見える所まで来て、思わぬ大発見が
目に入った建物は「製薬会社」でしょうか…?
その奥に何やら「銅像」らしき物が見える。

ちょっと入ってみると…おぉ「華佗」がいた 
「華佗故里 薬材之郷」という「江澤民」筆の碑まである
ここは「中国(亳州)中薬材交易中心」内で、周囲には薬の専門店がたくさんありました。
もしかしたら、ここは大発見かも。
俺が旅の参考にさせてもらってるサイトでも、ここは紹介されていませんでしたからね。
『曹操像』がある「亳州駅」から本当に近いので「灯台下暗し」…って事かもね。
…でも、サイト作ってる人はハンターでは無く、まさに「開拓者」ですからね…ここも知ってるかもな…。

「中国(亳州)中薬材交易中心」から徒歩5分ほどで「亳州駅」に着きました。(10:50)
これが「駅前広場」の『曹操像』です でけぇ~っ
写真を撮れば、もう用は無い…って事で、次は『魏武故里』に行こうと思い、「タクシー」を拾い地図を見せて「ここへ行ってくれ」と言うも、「若い運チャン」はよく分からないみたい。
少し走らせて「友人」を呼んで聞いてるくらいですからね…。
ただ、この『魏武故里』は当時は「曹操」の邸宅があったようですが、今は「石碑」がぽつんとあるだけらしいので、「もういいから華祖庵へ行ってくれ」と行き先を変えました。
実は「亳州」の分もサイトの情報をプリントして来るのを忘れちゃてまして…帰ってからもう一度確認して、やっぱり行かなくてもいい所でした。

11:30『華佗紀念館(華祖庵)』に着きました。
この「紀念館」の近くでも「運チャン」は通行人に道を聞こうとするんで「そのまま真っ直ぐでいいんだ。もう、すぐそこ」と教えてやると「来たことあるの?」と言われた。
そうさ、朝に一度来てるからね。(開館前だったけど)
この『華佗紀念館』は「華佗」の住居跡と言われており、『華祖庵』でもあるんです。

建物の名前は分からないけど、中には「華佗像」が。

ある建物には、「漢」代の「手術道具」も展示されています。

ここにも「華佗故里 薬材之郷」という「江澤民」筆の碑がありますね。

この中にも「華佗像」がありました。

敷地内には、このような「石碑」もたくさんありました。

奥にある、これが『華祖庵』なのかなぁ?
入場券や観光地図に載ってる写真が、これなんでね。
ここで、「誰か」が俺を呼んでいる。
見ると、また「チョウ君」ではないか。
「曹操紀念館」「曹操宗族墓」に続き、会ったのは今日「3度目」ですね。
彼も「三国演義」が好きらしいんで、見る所は大体同じってワケだ。
ここで「チョウ君」から耳寄りな情報が
俺はこの後、再度『曹操運兵道』に行こうと思ってたんで、入口の場所を聞いたところ(朝はよく分かりませんでしたから)、「そこは昨日の雨で(地下道のため)水が溜まってしまい、入れないですよ」と。
それなら仕方が無いが、この情報を入手出来て無かったら、また「ムダ足」になるところだったよ…。
「謝謝、チョウ君」。
帰ってから忙しくて、まだメール送ってないんで、これから送ってみようと思ってます。
彼は父親と旅行してたんで、別れ、11:50『華佗紀念館』を出ました。
これで「亳州」観光も終わりです。
「亳州」は「曹操」と「華佗」の故郷ですが、歴史的には「曹操」の方が貢献度が高いですが、この「亳州」は「薬都」と言われているように、「華佗」の方が亳州の人民たちにとってみれば偉いようでした。
ここから歩き、12:00「亳州汽車站」に到着。
「江蘇省・徐州」行きは、12:30出発しました。

16:15「徐州汽車站」に着きました。

「徐州汽車站」の近くには「徐州火車站(駅)」もあるし、なかなかいい街だぞ。
この「徐州汽車站」近辺の「ホテル」に16:20チェックインしました。
16:35近所に買い物に出掛けますが、その前に「トイレ」…って部屋にドアが1つしか無いよ。
そのドアは当然出入り口なワケで…「服務員」に聞くと「トイレは同じフロア(6階)で、シャワーは4階です」って…別々だったのね。
まぁこの旅で最後の「宿泊地(2泊)」なんだけど、そんなに高くない額で今迄で一番綺麗な「ホテル」だから問題は無いだろう…と。
そして買い物へ…と言っても「市内地図」と「昼飯」ですが。
まず、ある売店で「タバコ」を買ったら、店員の「オネーちゃん」におつり(札)をポンと放られる…まったく「中国」って、こういう教育がなって無いよなぁ。
次に「市内地図」をある売店で買うも、「5元札」を出したら「オネーちゃん」が何やら言ってくる。
まるで「文句」でも言ってるかのように聞こえたんで、「じゃあ、もういい」とお金を下げようとしたら売ってくれました。
何を言ってたのか分からないけど気分が悪くなり、日本語で暴言吐いて店を出て来ました。
その店の前に「マック」があり、そこで非常に遅い昼食を買いました。
「20元札」を払うと、また何やら言っています。
訳が分からないけど、態度はこっちの「オネーちゃん」の方がいいんで、違う札で払って出ました。
この意味が分かったのは「翌日」になるんですがね…。
17:00部屋に帰って、「マック」を開いてみると…間違えて「フライドチキンバーガー」を注文しちゃってた…
これ(鶏)だったら「青州」のケンタでも食えるっちゅーの。
まぁ嫌いなモノじゃ無いからいいけどさ…。
食べ終わってから4階のシャワー室へ。
汗を流し…ってさぁ、昨日の「亳州」の「ホテル」じゃ髪も洗えなかったからね…
それから、ゆっくり休養して、20:30夕飯はそれほど腹も減ってないんで「マック」でリベンジです。
今度はちゃんと「ビッグマック」買いました。
「ホテル」の「エレベーター」で6階に行く途中「4階」で停まり、シャワー上がりの女性(俺と同じくらいの年齢だろうか?)が乗って来て「5階」で降りたんだけど、明らかに下は「パンティ」だったぞ。
もっと若くて可愛い子だったら良かったのに…

さーて、明日は1日「徐州」観光です。
そして…この旅としては、最後のレポートになります。



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