私がつながりをもたせていただいているキリスト教会の現在の牧師先生は、70歳を超えていらっしゃる。
普通ならご隠居さんで、趣味の何かを楽しみながら余生を過ごしているお年頃だろう。
ところがこの先生は、なんと三つの教会の牧師をつとめ、そればかりか家庭的に恵まれない子供達の養護施設の理事長をなさっていたり、ホームレスさん達を支援するボランティアなど、数々の福祉事業にも関わっておられる。
本当にご多忙な毎日で、体がいくつあってもたりないだろうな。
コピーロボットが何体かほしいんじゃないか‥‥なんていう話から、“ロボタン先生”というニックネームを私がおつけした。
そしてコピーロボットの代わりに、私が折り紙で折ったやっこさんをプレゼントしたんだが、それを見た別の教会員がカブトとはかまを折って、そのやっこロボにつけてくれたという。
二次障害の体の痛みなどで教会へ行けない私の為に、ロボタン先生はこちらの教会へ来る前に、礼拝メッセージの原稿をメールに添付して送って下さる。
今日のメッセージは、人を選び、育てることにも神様のように先を見る目をもつべきだという内容のお話だった。
私の周りにも、自分と気が合わないと思える人が何人かいて、その人達とはつついいい加減なおつきあいをしてしまっていることを反省させられた。
そんな人の中にこそ私を助けてくれる人がいるかも知れないのにね。