パンテオンへ着いたのは、四時を過ぎていたと思う。
エスカレーターは帰りのTGVももちろん予約してあるので、私のほうが大丈夫かと気が気ではなかった。
ここでも入る前に荷物のチェックがあった。中世美術館より少し厳しめの検査だったが、それでもやはり日本人には甘い。
フーコーの振り子↓
ジャンジャックルソー↓
ユーゴー↓
ジャン・ジョレス↓
エスカレーターは私に見せたい要人の場所を的確に教え、いくつか一緒に見て、私も一緒に帰ろうと思っていたが、彼は「私たちは電車の時間があるから、もう出るけど、あなたはもっとゆっくり見ていきなさい。」という。
それではあんまりなので、一緒にと何度も言ったが、言い出すと頑固なおじさん、初めからそのつもりだったのであろうと察し、ここで見送ることにした。
予期しないお別れだったが、「楽しい一日をありがとう」とお別れをした。
朝早くから出発し、このためにパリまでお土産をもってやってきてくれる彼らには感謝の気持ちでいっぱいだった。
ここで見たかったのは、やっぱりキュリー夫人のお墓だ。小学生のころ初めて読んだ外国人の伝記がキュリー夫人だったのもフランス好きになる一歩だったのかもしれない。もっとも彼女のオリジンはフランスではなくポーランドなのだが、両方の国籍を持っていたとか。
夫のピエールキュリーと同じ場所にあったが、なぜか写真が見つからない。
言葉通り、ゆっくりして、この近くを少し散策した。
というのも初めての個人旅行で来た時、宿泊したのが、パンテオンの近くのプチホテルだったのだ。とても近く何度もパンテオンの前を通っていたのに、なぜか中に入ることがなく、その後も機会がなかったのだ。
その時の宿はグランゼコールという宿で、その時はリーズナブルだったが、その後改装され、宿泊費は倍以上になっているようだ。いつかまたという気持ちになるほど、宿の人たちもいい感じの人たちだったが、予算をはるかにオーバーしてしまったので、それはかないそうもない。
初めて、何もわからずに泊まっていたわりには、なかなか落ち着いたいい場所で、徒歩圏で行けるところも多く、何より安全だったので、いいセレクトだったと今も思う。
さあ、そろそろ、ミッシェルさんところへ帰ろう。
ミッシェルさん宅での夕食で、珍しいソーセージの一種?が出て、奥さんが勧めてきた。
追記*唯一見つかったキュリー夫人のお墓?の写真がこれでした↓
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