背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

さくらだより【2】

2011年05月03日 05時03分59秒 | 【別冊図書館戦争Ⅰ】以降
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柴崎はショックを受けていた。
歩く足取りが覚束無い。町を、いや、かつては活気に溢れていたであろう町を思いながらふらふらと足を進める。
覚悟はしてきたつもりだった。
どんな悲惨なことになっていても正視しなければならないと。
きっと実際はテレビで報道される以上にひどいことになっているだろう。あれはあくまでもテレビ局の検閲が入った「画」で、現状はもっと厳しいに違いない。
でも、ひるんではならない。
なぜならそれはきっと手塚が目の当たりにしている光景だからだ。
今、彼の「日常」の光景に違いないからだ。
だったらあたしは目を背けずに、それを見る。たとえどんな現実が待ち構えていようとも。
そう言い聞かせて柴崎は東京駅から新幹線に乗った。
東北新幹線はまだ全線開通していない。被災の復興が遅れ、部分開通だ。
行けるところまで新幹線で。その後は、在来線かバスに乗り継いで。
食料も数日ぶん持参した。いざとなったら、身一つで眠れるよう簡易の寝袋も持った。
野宿の経験はないけれど、それでもなんとかなるだろうと思った。
けれど。
半日以上かかってたどり着いた手塚の駐屯地は、柴崎の予想をはるかに超える被害を受けており。
重機によって押しのけられた瓦礫が道の左右にうずたかく積まれ、家々は崩壊し、土台をむき出しにさせられ、辺り一帯何かが饐えたようなにおいで充満していた。
柴崎は防塵マスクで顔半分を覆い、半ば呆然としながら町を歩いた。
おりしも春先の芽吹き始めた緑の匂いとあいまって、むっと土くささ、泥くささが顔に覆いかかってくる。
無意識にマスクの位置を直して、柴崎は目をしばたたいた。目がかすんでしかたがない。
泣いてはいけない。――泣いちゃ、だめ。
あたしには泣く資格なんかないのだから。
その資格があるのは被災に遭った人だけだ。そしてその被災した人たちを助け、支えている人たち。
あたしみたいにぽっと出で訪れて、その惨状に打ちひしがれて涙が出るなんて、ありえないから。
現に今だってこの焼け野原みたいな町のあちこちで、泥まみれになって撤去作業を行っている人々の姿が見える。少しだけど、町が息を吹き返したように。
復興に向けて動き始めた人たちの力強い姿が、「よっこらせ」という訛りのある掛け声が、柴崎の胸を打つ。
泣いてはだめだ。繰り返し言い聞かせてみるものの、先を行くシューズの足先がぶれる。
ぽた、としずくが柴崎の胸元に散った。それを止めるために柴崎は空を仰ぐ。
淡い雲をところどころに浮かべた、春の空が柴崎の視界を埋め尽くす。
――手塚。
ねえ、手塚。
きれいね。空があんなに澄んでる。
東京とは違う、北の空の色だわね。
今、あんたはこの町にいるのよね。そして任務に励んでいるのよね。
仕事のさなかに、ふと窓から同じ空を見上げることはあるのかしら。
……水道は復旧したけれど、電気もガスもまだ来ていないこの海辺の町で。
図書館を再生させるため、夜も昼もなく力を尽くしているあんた。
ここの人たちに、本を。文化を取り戻させるために、あんたも、みんなも。きっとあんなふうに泥まみれになって、がむしゃらに津波の傷跡と戦っているのよね。
……あたし、恥ずかしい。
柴崎はうつむいた。立ち止まって。
あんたにはがきをもらって、居てもたってもいられなくて駅から新幹線に飛び乗って。
ただ会いたいって想いだけで、被災地のことなんか全然分かっていなかった。
分かっていたつもりだけど、なんてぬるさ。
あたしは、どうしようもない。人の痛みなんて全く分かっていなかった。報道されている事柄に眉をひそめて、「大変ね」って同情していれば、痛みを分かち合っていると思い込んでいた、どうしようもない人間だわ。
ここに来て、それが分かった。
恥ずかしい。いたたまれない。
憔悴して柴崎は歩を進める。
帰ろうか、このまま……。
行けども行けども瓦礫が延々と続く光景に、迷路に迷い込んだように感覚が麻痺していく。
一目でいいから、なんて思っていたけど、ここではあたしは「異分子」だわ。いても何の役にも立たないし、たとえ会ったところで作業の妨害になるだけ。
柴崎はマスクの下でわずかに唇をゆがめる。
そんなことにも気がつかないほどあたしは腑抜けになってたの。
恋に。
「……馬鹿みたい」
ごし、とことさら乱暴に腕でこすった。
次に目を見開いたときには、いつものまっすぐな瞳に戻っていた。
多少充血していたが、もう涙は見えない。
帰ろう。東京へ。
あたしはここに来ちゃ行けなかった。自分が間違ってた。
戻ろう。
そして、踵を返しかけたときだった。
「――柴崎?」
背後から、窺うようなニュアンスの声で呼ばれたのは。
男の声。
聞き覚えのあるその声に、柴崎は硬直した。

【3】へ続く)


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