「ここ、いい?」
共有スペースのソファ。いつもの場所で新聞を開いていた手塚の前に立ったのは柴崎。
姿を見かけると、用事がなくてもたまに声をかけてくることがある。ジュースなどを片手に。
「ああ」
頷きつつ、お前に訊かれてだめだしするやつなんか、この寮内にいるのかね、と内心呟く。
柴崎は手塚の前に座って自販機で買ったとおぼしき菓子の袋を開ける。
なんだか手持ち無沙汰な様子なので、「なんかあったのか」と訊いてみた。
「ん、なんでもない。ただラブコールの時間なだけ」
それを聞いて、すぐに察する。
堂上と郁が付合い出して間もない。あつあつの状態なのは、傍で見ているだけでわかる。寮内の恋人同士のあいだでは、夜な夜なホットラインが結ばれる。砂糖菓子のように甘い夜の時間。
「そりゃ、なんていうか、大変だな」
かけてやる言葉に迷って結局そう言ったが、チョイスが間違ったと自分でも思う。
「べつにー、長電話するでもないし。あたしが部屋にいてもいいような内容のことしかしゃべってないんでしょうけど」
ぱり、とチップスをかじりながら柴崎は肩をすくめる。
「それでもたまにはあたし抜きで思いっきりラブラブモードに入りたいときもあるんだろうなあって」
手塚は夕刊をゆっくりめくった。
「俺の同室にも彼女がいるから分かる。頃合いを見て戻ればいい」
好きなだけここにいればいい。そう言えたら自分たちの関係も違ったものになるんだろうな。
手塚はそんな思いを脇に追いやって紙面を繰る。
柴崎は膝にひじをついて、わずかに身を乗り出して手塚の手元に目をやった。
「あんたって、ほんとよく新聞読むわね。感心するぐらい」
「そうか。まあ、嫌いではないな」
「他の男子とは違う。やっぱり手塚だわって女子たちに騒がれてるの、知ってる? あまり無意識にフェロモンばらまくんじゃないわよ」
柴崎の口調に少しだけからかいの色が混じる。
「知るか」
「照れてるの。――ふふ。ね、これ食べる?」
目の前にチップスの袋が差し出される。
手塚は首を振った。
「みんなで閲覧するのに、油染みをつけちゃまずいだろ」
「真面目ね。じゃあ、ほら」
柴崎は無造作に袋の口に手を突っ込んで一枚抜いて見せた。
手塚の口元に運ぶ。
手塚は一瞬ひるんだ。が、ここで固辞するのもみっともないとばかり、えいとそれに食らいつく。
ばりばりと咀嚼する様子を見て、柴崎が愉快そうに笑った。
「なんだか餌付けしてる気分」
「俺はペットかなんかかよ」
「まさか。ペットは新聞は読まないでしょ」
憮然としていると、それをしおに柴崎が立ち上がった。
ほんとの塩でもついていたのか、指をぺろりと舐め上げて。
手塚は無理にその口元から視線を剥がして、ローテーブルに置いたままの袋を目で示す。
「おい、忘れてるぞ」
「あげるわ。読み終わったら食べれば。部屋ででも」
言ってするりと立ちあがって行ってしまう。おやすみも言わず。
「……なんだよ」
もう少しいればいいだろ。その言葉を口にする前に、共有スペースから柴崎の姿は消えていた。
ちなみに、手塚がもらった菓子はその場にいた男子が群がり争奪戦が繰り広げられ、あっという間になくなってしまったという。
(fin.)
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私はチップスがなくなった残りの袋でもいいですよ。。。たくねこさん(ははは)
あまいものかも知れませんねw