背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

クリスマス大作戦 【20】

2008年12月15日 04時46分27秒 | 【別冊図書館戦争Ⅰ】以降


【19】へ

「……って、お兄さんが」
急に柴崎の声色からロマンティックなものが抜けていく。
「え?」
そしておもむろに携帯を取り出す。フラップを開けると、画面が光る。
暗がりに慣れた目にその光は痛いほどだった。
柴崎はメールを呼び出し、手塚に携帯を手渡す。
「伝言してくれって。書いてあるでしょ」
手塚はいやな予感を覚えながら、そこに書いてある文字を目で追った。

【今晩は。慧です。
麗しい柴崎女史は今どこでこのメールを開いているのでしょうか。
まさか君のほどの美女がイブに一人でいるはずがないので、一緒にいる男のことをせいぜい羨ましがるとします。
願わくは、その男がうちの不肖の弟であることを祈って。
日付がたった今25日に変わったところで、メリークリスマス。
私からのメールは着信拒否に設定してあるようなので、君からも弟に伝えてくれるかな? たぶんこの経路が一番確実に、最速で光に伝わると信じています。
そう言う訳でよろしく。では、また忘れた頃にでも】

クソ兄貴め! 手塚は無言で携帯を柴崎に突き返した。
画面の照り返しで手塚の渋面が柴崎に見える。
「確実に伝えましたよ、って返信しようかな」
「馬鹿やめろ」
慌てて奪い返そうとした手塚の手を避けて、柴崎が笑った。
「嘘よ、そんなことするわけないじゃない」
けらけらと笑い声が闇に響く。
「実際にイブにあんたといるなんてあの人にばれたら面倒なことになりそうだしね」
そこで柴崎は携帯を畳む。また闇が二人のところに戻ってくる。
「……ほんと侮れないわあ。鋭いわね、あんたの兄上は」
只者ではない。賞賛というより警戒の色合いを声ににじませて、柴崎は呟いた。
「……慧、ってなんだよ」
手塚は完全にふてくされていた。絡み口調となる。
「え?」
「なんでお前に下の名前でメールしてんだよ、あいつ。いつもなのか。馴れ馴れしい」
「それはあんたと同じ名字だと混乱するからでしょ。ってそこなの、怒ってるポイントは」
「怒ってない、気分悪いだけだ」
「おんなじでしょ。大体あんたまだ着信拒否なんて子供っぽいことしてるの?」
そこを突かれて手塚が黙る。柴崎は言った。
「お兄さんだって、だからあたしのところに送るしかないんでしょ、メール。
解除しなさいよ。いい加減。可哀相よ」
諭すような物言い。
何もかもが面白くなかった。
「……」
「手塚ってば」
「分かったよ、うるさいな」
手塚は会話を切って、柴崎を抱きしめ直す。弛緩してしまった空気を彼女の身体から払いのけるように。
びくっと細い肩が反応する。でも彼の腕から逃れる素振りは見せなかった。
「クソ兄貴から、お前にクリスマスの夜にメールが行かないようになるんなら、拒否解除だってなんだってしてやる」
「……こっわ~い」
柴崎は携帯を両手で抱え込んだ。
「でもまあ、それも進歩よね。ある意味。手塚兄弟にとっては」
「兄貴の話はもういい。こっちの話をしよう」
そう言って手塚は柴崎の耳元に顔を寄せた。
吐息がかかり、柴崎の首筋にぞくっと鳥肌が立つ。
「兄貴が可哀相ってお前は言うけどな。俺だってじゅうぶん可哀相なんだよ。お前といるってのに、ちっともロマンティックになってくれない。こんなに暗くて、二人きりなのに、なんでだ? なんで俺たち雁首そろえて、兄貴のメールとか見てるんだよ」
毒づきながら柴崎の首筋に歯を立てた。軽く。
「きゃ」
たまらず身をすくめる。自分の腕の中で、両の肩が跳ね上がる。
痛くはしていない。驚かせただけだ。
「な、なにするのよ」
「決まってるだろ、口説くんだよ」
「く、口説く?」
柴崎は目を白黒させた。
でも闇がすべてを塗りつぶし、彼女の狼狽も手塚に押さえ込まれる。
「いい加減、ロマンティックになれよ、お前」
手塚は言って下唇でうなじをつうっと掬い上げた。きゅん、と柴崎の身体に力が入るのが伝わる。
「け、喧嘩売ってるみたいな口調で、口説くなんてありえないから」
「お前が売ったんだろ。それを買って何が悪い」
手塚の唇は柴崎の耳たぶにたどり着く。ちいさな、貝のような曲線を描くそこに、キスを送り込む。
舌の先に、ピアスの冷えた感触が当たった。
「わ、悪いわよ。手塚、だめ、」
「……」
「手塚ってば」
艶かしさが混じり始めた、柴崎の声。
それごと含むように、手塚は彼女のピアスを口の中に仕舞い込んだ。耳たぶを、食べる。
自分の中に、取り込んでしまいたい。鼻持ちならないくせに、最高に可愛いこの女を。
ゆっくりと耳を咀嚼していくと、柴崎の身体から、次第に芯が失われていくのが分かった。抵抗が弱まる。
くたりと何もかもを手塚に預けそうになる。その間際で柴崎は逆襲に出た。
体勢を立て直し、手塚の首ったまに抱きついたのだ。がばっと。
「――」
一瞬、頭の中が空白になる手塚。
仕掛けて、もう一息で堕ちそうだった柴崎に、何をされたのか理解できない。
しかも目の前は暗くてほとんど何も見えない。
状況を把握するのに、数秒かかった。
柴崎はソファから腰を浮かせて手塚に抱きついていた。頭を胸にかき抱くように、しっかりと。
顔に、もろ心臓の辺りが来て、彼女の鼓動の速さを伝えた。
「――柴崎……」
辛うじて、それだけ絞り出す。
「……あたし、たぶん知ってる」
手塚の頭を抱え込んで、柴崎は言った。
「このまま流されて寝たら、たぶん気持ちいいって。あんたとなら悪くないんだろうなって、分かる。何となくだけど」
手塚は柴崎の身体を通して彼女の声を聴いた。
どぎついことを言っているのに、なぜかきわどく聞こえない。
それは柴崎の声が心許ないせいだと気がつく。いつもの、女王然とした口調とは違い、自分の内側に向かって話しかけているような必死さが感じられた。
手塚は気がついた。抱きしめ返されたのは、顔を見られないようにするためだと。
真っ暗闇なのに、更に柴崎は自分の目を塞ごうとしたのだ。
それほど彼女を包む殻は固い。
試しにつついてみる。割るにしても、殻の強度は知っておきたい。
「……流されてしまえよ。お前の予想はあながち外れでもないと思うぜ」
でも、と逆説の言葉が来ると予想しながら。
わずかに苦笑する気配。そして予想にたがわず、それは彼の耳に届く。
「うん。……でも、だめ」
するりと柴崎は手塚の頭から手を離した。
ソファの端に座りなおして距離を置く。
そのときはもう、元の柴崎の声に戻っていた。
「イブで、アクシデントで、ムードも気分も高揚していて。しかも、お兄さんからのメールへのあてつけみたいに抱くのって、全然スマートじゃない。
そう思わない?」
その言葉は鋭く手塚を射抜く。
ぐうの音も出せない。
柴崎は、ね? というように微笑んだ――気がした。
「今夜そんな風になっちゃったら、きっと後悔するわ、あたしたち。
それに、あたし、嫌なの。こういうお膳立てされたみたいなシチュでできあがっちゃうのって。クマ店長もさっき言ってた。こういうときはそうなるもんだって感じで。でもそれってなんだか……すごく嫌。まるで誰かの手のひらで転がされるコマみたい。そんなの癪じゃない?」
手塚はもう柴崎が手の中から完全にすり抜けていったのを知る。でも最後の悪あがきで言った。
「手のひらで転がしてるのがカミサマだとしてもか」
「そうね。カミサマでもだめね」
「……」
手塚は長いため息をついた。そうだ、この女が簡単に手に入る訳がなかった。
こんないかにもな状況で、雰囲気に流された振りをしていっきに畳み掛ける作戦は失敗に終わる。
柴崎は見透かしている。勢いに任せてしまおうとした自分を。
のちに自己嫌悪にさいなまれるのは目に見えている。
だから歯止めをかけてくれた。
本当に、……参る。
胸を締め付けていた緊張も漏らした息とともに抜けていく。
「ごめんね。手塚」
ポツリと呟く柴崎。
手塚は首を横に振った。
「謝るなよ。――謝られるとキツイ」
「……」
でも、ごめん。その言葉を呑み込み、柴崎はおどけた声を出した。
「正直言って、ぐらついたわ。このまま流されちゃおっかな、って一瞬思った」
「流されないのが、お前のいいところだろ」
負け惜しみではなかった。気高い女。だから、惹かれる。
こんなにも。
「そんな風に言ってくれるの、あんただけよ」
「そうか。それは、光栄。
じゃあ、今夜は俺に話せ」
え?
柴崎の顔は見えなかったが、怪訝な声の響きは伝わった。
手塚はまっすぐに返した。
「何があったのか。俺が迎えに行く前、披露宴の席で。ちゃんと話せよ。どうせ今夜は眠れそうにないんだ」
さっき、手塚の熱いくちづけにも耐え切った柴崎が、そこで初めてぐらついた。
まなじりが不意に熱を帯びる。
うそ。……なんで。
涙腺が……
「……別にたいしたことはないわよ。あんたに話すことのほどでも」
ああいうことは、慣れっこだったし。
少し疲れただけ。場の空気を読んで、どの相手にもそつなく対応するのにちょっと倦んでしまっただけよ。
「それでも話せ」
聞くから。
聞くしかできないけどな。
そう手塚は言った。ぶっきらぼうだったが、深みのある優しい声で。
柴崎はこくりと頷いた。頷くだけでは、手塚に見えないと分かっていながら。
声にすれば、気取られてしまう。だから、ただもう一度頷くしかなかった。

【21】へ

web拍手を送る



コメント (3)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« クリスマス大作戦 【19】 | トップ | クリスマス大作戦 【21】 »
最新の画像もっと見る

3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
頑張りました (たくねこ)
2008-12-15 15:28:13
うっうっう(T^T)ウック!
手塚、頑張りました~~~。ご褒美あげて下さい~~~。あうあうあうあうあうあう
返信する
が、がんばりましたか(^^; ()
2008-12-15 18:47:09
ご褒美って柴崎以外に何ありますかね?(汗)))
お、思い浮かびません>たくねこさん
返信する
あぁ・・もう・・ (ラットマン)
2010-09-09 10:38:13
読んでるコッチが手足バタつかせてしまうわ!w
(頭が沸騰しそうでw)

ここまでいっても落ちない柴崎・・・
これは男としてチットつらいw

でも、手塚は、だからこそ大切にしたいと思ったんでしょうね^^
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

【別冊図書館戦争Ⅰ】以降」カテゴリの最新記事