背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

クリスマス大作戦 【19】

2008年12月14日 07時42分09秒 | 【別冊図書館戦争Ⅰ】以降

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窓辺で外の様子を確かめた二人。
この駅裏の一帯、一区画だけが完全にブラックアウトしていた。
クリスマスイルミネーションも街灯も建物の明かりも消え、電力の供給がストップしている。夜の底にここだけすっぽり沈められたように真っ暗だ。
濡れ雪を弾いて道路を行きかう車のヘッドライトだけがまばゆい。
「な」
停電だろ、と手塚が柴崎に言う。
「うん」
柴崎は不安そうな面持ちだった。窓の桟に手をかけ、じっと表を見ている。
電気が消えてはっきりとその顔は見えないが、雪明りに照らされて薄く輪郭は捉えることができる。
さっき肌蹴た毛布をまた肩に羽織っていた。その上に青白い顔が載っている。
「ちょっと、俺様子見てくる」
「え」
「店の中。店長とか」
たぶん大丈夫だと思うけど。そう言って窓から離れようとした。
「気をつけて」
「ああ。すぐ戻る」
壁伝いにドアまで進んで手塚は部屋を出た。
記憶の中の店内配置を頼りに、そろそろと真っ暗な闇の中を行く。
どうやら異状はないようだ。事務室と思しきドアにたどり着き、ノックを二回してみる。が、返事はなかった。
眠っているなら、それでいい。
わざわざ起こすまでもないだろう。電力はいずれ復旧する。手塚は回れ右をして今来た道を引き返す。
ただ、気がかりなのは寒さだった。
ヒーターが使えないとなると、薄着の柴崎が寒い思いをするのではないかと。
風邪でもひいたらことだ。そう考えながら休憩室に戻る。
「手塚」
窓辺のほっそりしたシルエットが彼を呼んだ。こちらを向いて立っているらしい。
声がいくぶん心細げに聞こえるのは、停電のせいだろうか、それともいきなり暗がりに二人きりにされたせいだろうか。
「ああ。店はなんともないみたいだった。店長も熟睡中」
「そう」
「とにかく、夜だし。身動きできないのは同じだし。寝るしかないな。朝になったら復旧してるだろ」
そう言って手塚は自分のいたソファに手探りで腰を下ろした。
柴崎も毛布を引きずって向かいに座る。
「寒くないか」
「あ、うん。平気」
「暖房が利かないからな、これも着ろ」
テーブル越しに大物を突きつけられる。
少しずつ暗がりに慣れた目が、うっすらと白い手塚のコートの塊を認知した。
「あんたは?」
「俺は大丈夫だ。ちゃんとあったかくしろよ」
「……」
柴崎は黙って受け取った。
会話が途切れる。暗闇がふっと濃度を増す。
さっきのやりとりを手塚は思い出していた。
携帯に届いた兄のメールを見せる代わりに、柴崎は何を要求しようとしたのだろう。そして俺は、彼女との距離を詰めて、何を柴崎にしようとしていたのだろう。
なんだか、停電に水を差された思いだった。
「……手塚」
「ん?」
「寝た?」
「いや。まだ。ってか、そんな数分で寝れるかよ」
「そう……」
柴崎は何だか居心地悪そうだ。毛布と手塚のコートを掻き合わせるような衣擦れの音がした。
「……ねえ。何か、話してよ」
「何かって? たとえば」
「別に、何でもいいけど……」
妙に歯切れが悪い。柴崎らしくない。
手塚は言った。
「お前、もしかして、怖いのか」
暗がりが。
「まさか、そんなことあるわけないでしょ」
噛み付くように言い返された。
でもほんのわずかの声の震えを手塚は聞き逃さない。まじまじと向かいに座っている(であろう)柴崎の姿を凝視した。暗すぎて彼女には視線は届かなかったが。
何となくぶすっと膨れた気配が伝わる。意外。でも図星らしい。
「……ふーん、怖いんだ。へえ」
鬼の首を取ったようにからかう。柴崎はむくれたが手塚にはもちろん見えない。
「何聞いてるのよ。そんなの一言も言ってないでしょ。あたしはただ退屈だから眠る前に何か話してっていっただけよ」
「お前でも苦手なもの、あるんだな。いいこと知ったよ」
「ちょっとあんた人の話聞いてる? 別に怖くなんかないわよ。でも……普段、暮らしててこんなに夜暗いこと、ないから」
尻すぼみの声。
確かにそうかもしれない。田舎はともかく、東京のど真ん中で真っ暗がりを経験する機会はそうそうない。夜でも何らかの明かりがついていて当然という大都市で自分たちは生きている。
電気というライフラインを奪われただけで、こんなにも心細い思いになる理由はそれだ。柴崎の気持ちも何となく理解できた。手塚はそこで真顔に返る。
「そっちに行こうか」
「え」
柴崎の心臓が、かすかに跳ねる。
「隣にいってやるよ」
そう言って手塚は腰を浮かせた。
柴崎は彼がローテーブルを回り込んでくる気配を感じ、胸が鳴った。
返事を待たずに、ソファの端に手塚が座った。ぎし、とソファの皮が彼の体重を受けてきしむ。
柴崎は手塚のコートに鼻先を埋めた。
彼の匂いがする。タバコを吸わない。整髪料も無香料。でも確かに、そこに染み付いているのは手塚の匂いだった。体温を吸って、こなれた生地の感触が心地よかった。
そのまま二人は黙っていた。闇に吸われて時間の感覚が薄れていく。数分か、十数分か、無言のときが流れた。
また口を開いたのも、手塚のほう。
「寒くないか、柴崎」
もう一度尋ねた。
「大丈夫」
答えた柴崎に、苦笑を湛えて続けた。
「あのな、こういうときは【寒い】って言ってくれ」
そして、手塚はソファの上移動し、柴崎との距離を詰めた。
肩が触れ合う。と思った次の瞬間には、抱き寄せられていた。
手塚の腕が、肩に回されている。額が彼のあごの下に当たる。
無精ひげが当たって、くすぐったかった。
「……ちょっと、手塚」
「いやか」
手塚の声は硬い。きっと尋常でないくらい緊張しているのだろう。
それを感じ取り、逆に柴崎の緊張が解けた。
「いやじゃない、と思うわ」
「なんだよ、それ」
がくりと手塚の身体が揺れる。その拍子に彼の腕の重みが全部肩にのしかかった。
ずしりとした質量。鍛え上げた男の腕というのは、こんなにも重いのか。
改めて柴崎は性差を意識する。
「いいよ、って言ってくれ。頼む」
懇願され、薄く微笑みながら柴崎は言った。
「……いいよ」
手塚がそおっと彼女を抱きしめ直した。柴崎は「待って」と彼を制止する。
手塚の腕が強張る。が、次の柴崎の台詞を聞いてそれは解けた。
「どうせならこれも外して」
自分から手塚のコートと毛布を脱いだ。ドレスだけの姿になる。
暗いせいで姿は見えないが、薄着の感触は伝わる。
手塚の胸は騒いだ。
身の内に嵐が生まれる予感がする。でもまだ「芽」の段階だ。成長して猛り狂う前に上手に押し隠さなくては。
躊躇いが吹っ切れたように、手塚が柴崎を抱く腕に力を込めた。
彼女の長い髪はしっとりと湿っている。外を歩いているとき濡れたのがまだ乾いていないせいだ。
手塚は彼女の匂いで鼻腔を満たす。香水じゃないな。何だろう、このいい匂いは。彼の手が捉えた柴崎の二の腕が、しんと冷えていた。てのひらでさすってやる。先刻、素足にそうしてやったように。
彼に抱きしめられながら、低い声で柴崎が言った。
「あんたも被って。毛布。コートも」
そして、二人の身体を覆うようにそれらを掛ける。手塚は大柄だったが、なんとか寒さは凌げそうだった。その間も手塚は柴崎を離さない。
「……手塚、腕、いたい」
柴崎が手塚のこめかみに頭を押し当てながら言った。ピアスの硬質な感触も伝わる。
「うん……」
「痛いってば」
力、加減して。そう囁くと、「少し、このままで」と何かを押し殺した声が返ってきた。
「……」
柴崎は口を閉じた。黙って彼に身を預ける。
誰に見られているわけでもないのに、手塚は目を伏せた。
胸が苦しくて、開けていられなかった。
なんだか……、信じられない。
柴崎は確かに腕の中にいるのに。こうやって抱きしめているのに。
夜そのものを抱いているように、手ごたえが不確かだった。
「あったかいね」
吐息のような囁き声が手塚の首筋をくすぐる。
柴崎の熱を感じ取ったところから、細胞が生まれ変わるような気がした。
「ああ」
「やっぱし遭難したときは、人肌に限るわよね」
「そうだな、ってここは雪山かよ」
「だってクマさんもいるし? 冬眠中だけど」
くすくす笑い。わずかに手塚の緊張が解ける。
「確かに」
「あながち遭難は的外れじゃないかもよ」
「まあな。今夜はいろいろあったな。大雪、電車の不通、ホテルに振られ、たどり着いた一宿の本屋では停電か」
「災厄の宝庫ね。呪われてるのかも、あたしたち」
「いや……。俺は、ラッキーだ。近年にないくらい最高のクリスマスだ」
柴崎は少しだけ彼との間に空間を作って、顔を見上げる。
間近にいるせいで、うすぼんやりと目の白い部分だけは見て取ることができた。
「もう、日付が変わったのね」
柴崎は呟いた。
「ああ。もう25日だ。ほんもののクリスマスだな」
「メリークリスマス」
柴崎は彼の腕の中、笑顔を見せた。
ほのかに発光するような、美しい笑み。しっかりと彼の心にそれは届く。
たとえ暗さで見えないとしても。
「柴崎」
彼女は囁くように日本語で言い直した。
「クリスマスおめでとう、手塚」

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3 コメント

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きゃー!!! (ふうる)
2008-12-14 09:35:05
コメントせずにはいられない素敵な展開をありがとうございます(>U<*

停電が二人を近づける、なんてグッときます。やっぱりイベントにはアクシデントが付き物ですよね笑

いつもより頼りなくてわかいい柴崎に、強く抱きしめる手塚、思わず「いいぞ手塚!」と叫んじゃいました。
返信する
d(>_< )GJ!! (たくねこ)
2008-12-14 11:27:30
手塚、よく頑張った!!いいぞ手塚!でも、理性試されまくりだ!!(こちらの理性も…)あちらで補給してこよう…
返信する
どうもありがとうございます ()
2008-12-15 04:14:23
>ふうるさん

お久しぶりです! ようこそおいでくださいましたv
思わずコメント、大歓迎大感謝ですよvvv
この二人の取り合わせがアクシデントを呼ぶのですよ。。。きっと(笑)非常事態に強い男の人ってそれだけで株が上がるし、かっこよくみえるし、このまま出来上がってほしいんですけど。。。嗚呼!

>たくねこさん
グッジョブありがとうございます。手塚三正に伝えます!(敬礼)手塚の理性も限界なんですけどね。。。ははは
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