帰り支度(じたく)をしていたとき子に、男性社員(だんせいしゃいん)が声をかけた。
「神野(じんの)さん、今日で派遣(はけん)、最後(さいご)だよね。神野さんにはいろいろ助(たす)けてもらっちゃって、ほんと感謝(かんしゃ)してます。ありがとうございました。記念(きねん)に…写真(しゃしん)、いいですか?」
彼は彼女の返事(へんじ)を待(ま)つことなく、すっと彼女の横に立ってスマホで自撮(じど)りをした。
とき子は身(み)をこわばらせ、さけるように、「いえ、わたしは何も…。仕事(しごと)ですから…」
「それで…。あの…、また会っていただけませんか? 今度(こんど)は、仕事じゃなくて…」
「ごめんなさい。わたし、そういうのは…。失礼(しつれい)します。お世話(せわ)になりました」
とき子は頭を下げると、逃(に)げるように部屋(へや)を出て行ってしまった。
翌日(よくじつ)、彼は部長(ぶちょう)に声をかけられた。「あの資料(しりょう)、分かりやすくていいじゃないか」
「あ、ありがとうございます。でも、あれは、僕(ぼく)が作ったんじゃなくて、派遣の……」
彼は彼女の名前(なまえ)を言おうとしたが、なぜか名前が出てこない。部長は、
「派遣で来てた人がやってくれたのか? なかなか優秀(ゆうしゅう)な人だったんだね」
「ええ…。あの……」彼は写真を撮(と)ったことを思い出してスマホを取り出した。
「こ、この人なんです……」彼はそう言いながら、彼女の写真を探(さが)した。
彼は、彼女と撮った写真を見つけたが…。どういうわけか、そこには彼の姿(すがた)しか写(うつ)っていなかった。その時、彼は、彼女がどんな人だったのか思い出せなくなっていた。
<つぶやき>神野とき子。謎(なぞ)だらけの女性です。どうして、忘(わす)れられてしまうのでしょう。
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