彼は、駅(えき)の改札口(かいさつぐち)を出たところで、見覚(みおぼ)えのある女に声をかけられた。その人はいつも電車(でんしゃ)で見かける若(わか)い女――。女はちょっと恥(は)ずかしそうに、でも目には決意(けつい)が表(あらわ)れている。
「あの…」女は控(ひか)え目な声で言った。「また、お会いしましたね。あたしのこと…」
女は目で訴(うった)えるように男を見つめた。あたしのこと分かりますよね…と。男は、
「ああ…、いつも同じ車輛(しゃりょう)で…。そうですよね。それで、何か…?」
女はホッとしたように表情(ひょうじょう)が和(やわ)らいだ。そして満面(まんめん)の笑(え)みを浮(う)かべて、
「また会えるなんて……。これは運命(うんめい)ですよね。きっとそうだわ」
男はちょっと困(こま)った顔(かお)をして、「それは、どうかな…」
女は男の言っていることが耳(みみ)に入らないのか、「明日も会ったら、これは奇跡(きせき)だわ」
「だから、僕(ぼく)はいつもあの電車で通勤(つうきん)してるんで…。そういうことには…」
「もし、明日も会えたら…。これはもう、あたしたち付き合うしかないと思うんです」
「いや…、どうしてそういうことになるのかなぁ?」
「明日が楽しみだわ。あら、ごめんなさい。あたし、何か嬉(うれ)しくて…。で、どうします?」
「えっ…? えっと…、どうします…とは?」
「どこで待(ま)ち合わせしましょうか? 今夜でも、あたしはぜんぜんかまわないですけど…」
「それは…、ちょっと…。あの、急(きゅう)にそんなこと言われても…」
「ああ…、そうですよね。ごめんなさい。明日ですよね。明日、がんばります」
女は頭を下げると、駆(か)け出して行った。男は、乗る電車を早(はや)めようかと思い始めた。
<つぶやき>通勤・通学(つうがく)でいつもの乗(の)り物ってありますよね。気になる人、いませんか?
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