交番(こうばん)のお巡(まわ)りさんは顔をしかめて唸(うな)り声を上げた。
「それは、事件(じけん)とかじゃないかもしれませんねぇ。出てっただけじゃ…」
「そんなことありません」女性は必死(ひっし)だった。「彼があたしから逃(に)げるなんて、ないです」
「でもね、彼の荷物(にもつ)もなくなってるんですよね?」
「だから、彼は誘拐(ゆうかい)されたんです。早く探(さが)してください。彼にもしものことがあったら、あたし…」彼女はハンカチを目に当てた。
お巡りさんはしばらく考えていたが、「じゃ、その彼の名前(なまえ)と勤(つと)め先(さき)を教えてください」
女性は困(こま)ったような顔をして、「あたし…、知らないんです。彼のこと…」
「えっ? その人と一緒(いっしょ)に暮(く)らしてたんじゃ?」
お巡りさんはまた顔をしかめて、「で、その彼とはいつ、どこで知り合ったんですか?」
女性はうつむきながら、「それが、おととい、道(みち)で倒(たお)れてたんで…。家へ連(つ)れて帰って…」
「あのね、捨(す)て猫(ねこ)じゃないんだから、知らない人を家に入れない方がいいと思うよ」
「でも、とっても礼儀正(れいぎただ)しくて、こんなあたしでも優(やさ)しくしてくれて…。あたし、これは運命(うんめい)だって思ったんです。彼は、あたしと出会(であ)うために…」
お巡りさんは事務的(じむてき)な口調(くちょう)で言った。「じゃ、一度家に帰って、盗(と)られた物がないか確認(かくにん)してください。もしあれば、被害届(ひがいとどけ)を出してもらって…。いいですか?」
<つぶやき>運命的な出会いって、あるんでしょうか? 気づかないだけで、あるかもね。
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