お松のルーテル日記

キリスト教会(プロテスタント)での学びや聖歌隊での活動、
趣味の小説執筆や読書、サイクリングなどに関する日記

クリニックでクリーン♪クリーン♪♪

2012年10月18日 | 日記
今朝は早起き だけど天気は
雨天ではケロちゃん号には乗れないので、
歩き → 電車 → バス で目的地へ(のろいゼ♪)

○○病院に行くのは久しぶり
精神科だから俺の場合は行かない状態が長いほうが良いのだよね~
今は自分としては「大事な時期」だと重く見て「念のために」受診しておくことに決めた

朝9時からの診察は基本的に早い者順、けれど診察カードBOXには早朝からカード投入が可能だ。
初めて来た当初(もう8年前にもなるのか・・)は週一で通っていたものだ。
診察時間は午前中だけなので結構混むから、その頃はいつも朝8時にはここに着いていた。
カードを入れて本を読む。 ちらほらと人々が集まってくる・・・。
8年ぶりだけど同じような風景で、少しデジャヴだった。

あの頃は自分の「超暗黒時代」だから思い出したくもない(キッパリ!
こうやって明るい調子で書いてるのは「ワザと」であり、
何故ならいくら文章とはいえあの頃の有様をそのまま表現すればあまりに深刻すぎて・・・
書いてるほうも追体験で不快になるし、万が一これを他者が読めば輪をかけて不快になること請け合いなのだ

ちょっとだけ書くと、
「生きるべきか、死ぬべきか」という段階はとっくに踏み越えて、
問題は「どういう方法でヤルか」というのが最大の関心事だった・・そういう時期だった。
我ながら今もって情けないよ・・・

さて、早めに来たので早い時間に呼ばれた、担当のソロモン先生(もちろん仮名)だ
僕はこの人に頭が上がらない。 今もって。
理由は簡単で、最初の通院の時はこのソロモン先生のお陰で非常に回復が早かった(実質1年)からと、
あの頃って僕が人間として一番ダメダメで情けなくって弱弱しかった・・
そーゆー姿をALL全部すべて見てる人だから

まず先生からとても優しく「久しぶりですねえ」と一声頂いて嬉しかった
カルテを見ながら「うん、うん、調子良かったみたいだね。良かった」と微笑む先生。
「はい。お蔭様で
「顔色もいいようだし、お薬は最近どうですか?」
「はい、問題ない状態が長かったので最近はまったく飲まないンです」
「そうですか。何よりですね」

そうやって気分がほぐれたところで最近気になった点を相談してみた。
先生としては「昔ほど状態が悪くなっていることは無い」、と。 それは強く請け合ってくれた。
「気分の浮き沈み、ムラなどをきちんと自覚できてるようだ」、と。
「親しい周辺の人たちの意見を素直に聴ける状態というのは、それだけで良い要素なのです」、と。
仕事や生活苦での疲労は看過できない要素だから「注意は必要でしょう」、と。

案の定、睡眠時間が仕事のせいでメチャクチャになってる点も要注意と
僕は発症当初から症状として睡眠障害が顕著で、30代の一頃とても苦しんだのだ。
明かりがついてないと眠れなかったりした時期があって・・・・
あれはツラかった → (ひえ~

一応軽めにではあるがお薬を出してもらった。
これは自慢するこっちゃないが、
「クスリ出るとしたら多分アレとアレと、それからアレも・・だろうな」と予想してた、まさにそれらだった
「それでは、まず1週間で様子をみましょうか」とご提案頂き、そうすることに

あと、別に秘密ではないが、「個人差がある事柄」についてはけっこう細々とアドバイス頂きました!
これが一番大事!
先生、たまにしか顔を見せない患者なのにいつも懇切丁寧な応対、感謝します。
また、「念のため病院に行っておこう」と思い立つきっかけをくれたペテロさんにも再度感謝

先生は僕にとって「人間プラシーボ現象」で会うだけでもう「良くなる」人なので嬉しい
そういう点は教会の先生と同じなので、こういう頼れる人がいるってのはそれだけで財産だ。
その他の方々も僕にとっては寄って立つ輩だから、そう、やはりすべての人達に感謝

ちょいと元気になったゼ(いっちょやったるか!
アーメン

うつ病

2012年10月17日 | 日記
今、出先にいる。
メシができるのを待っている。

それはそれとして・・・・

このところ心というよりも精神のバランスがどうもおかしい。
隠すことでもなんでもなく、俺は過去にうつ病をやっている。

正確に云えばきちんと精神科医のところに行ってそう診断を受けたのは35歳くらいのときだが、
自分の感覚としてはもっと以前から軽度のうつ病には罹っていたのだと思う。
思うだけでなく、その点を細かく医師に申告・相談したら「その可能性は大」とのことだった。

自分の記憶を遡れば、子供のころからその兆候は出ていたのだ。
しかし、アホな子供だった俺にそれが解ろうはずもない。
子供から思春期にかけては精神が不安定な時期を誰しもが経験するし、
俺の場合は症状も軽かったのだと思う、日常生活に大きな齟齬はなかったのだ。

ところが、これが20代にくる、社会人として仕事を始めるとなると問題は表面化する。
今から思うに20代は非常に苦しかった時代で、自分の弱さも加算されて精神は揺れに揺れていた。
起きれない、体が動かないということはあったけど、俺はそれは自分の弱さゆえだと断じてしまっていた。
事実、こういうのって、ある部分はそうなのだと思う。
重度のうつ病に苦しむ方々の手記本などを読むと、自分の症状がいかに軽いものかが解ったし、
ちんけなプライド、つまりは無益な虚栄心のせいで意地を張って弱さを克服しようと思って病院は避けたのだ。

その結果、たまりに溜まったうつ病エネルギー(?)は30代半ばに暴発することとなった。
すごかった。
死にたいとか、それよりもっと落ちて「消えたい(過去、現在、未来)」になった。
ものの本によるとうつ病ってそうなるらしい。
死ぬ元気も削がれたその先だ。
あれは・・・・
今、少し思い出しただけで寒気がする。 恐怖、嫌悪、負のパルス、最悪の自分だったから。

ここから先は少し書くのが恥ずかしい。

この頃、過去にそう診断を下されたことはないのだが、「被害妄想」が顕著(かもしれない)。
だから、明日久しぶりに主治医の所に行くつもり。(主治医ったって、ようは担当の先生ね)

なんだかつまらない事にやたらと腹を立てて、他人に対して過剰に悪意を感じてしまっていた(かもしれない)。
普段好感を持ってる相手なのに。 冷静にみると相手は普通に応対してくれているのに。
今日、ある人のお陰でそれに気づけた。
思い出したのだ。
「そうか、忘れかけていたが俺にはその気があったな」と。
もしかしたら単なる疲労など重なったゆえの一時的な勘違いかもしれんが、
これって放っておいて悪化の一途を辿ったら大変なことになる!

こんなこと・・・仮に他のブロガーさんがこの記事(日記)を読んで、こいつ気が変な奴だ、
なんて思われることもあろうからホントなら黙っておくべきことなのかもしれない。
俺だって頭がおかしい奴と思われるよりは、ナイスガイ(死語?)と思われたい時もある。
しかしながら、それじゃ駄目だと、今は思っている。
うまく説明できないが・・・。
例えば、このブログを読んでくれる奇特な人が存在するならば、
俺にはこういう性質もあるんだよということを明白にしておきたい。
その方がフェアだと思う。
近い将来、この考え方が変わる可能性もあるけれど、今はそう思ってる。

こう思う

2012年10月17日 | スピリチュアル
人は、天使にはなれない。
でも、天使のような人、にはなれるかもしれない。
俺も好きなアッシジのフランチェスコはそういう人だったと思うのだ。
十字軍の騎士として従軍し、負傷し心傷つき故郷に逃げ帰ったフランチェスコ。
死線をさまよった先にあったのは「出家」という選択だった。

多くの使用人を召し使う裕福な実家を捨て、両親に別れをつげ、出家したフランチェスコ。
彼は徹頭徹尾に清貧をつらぬき本当のキリスト者として生き抜いた。
(今現在のフランシスコ会はカトリック修道会随一の資産持ちだそうだが、それは後世の話)

俺はフランチェスコにあこがれる。
何度「出家したい」と思ったことか。
だけどその願いは弱かったと言われても言い返せない、俺は今でも俗世で生きているから。
俺は単に「天使のような人になりたいと思う者」だ。
だいぶんあやふやな、いいかげんな者だ。

しかしそれでも、どうやら俺はそれを目指した方がいいらしいのだ。
俺は普通には生きれない欠陥人間だ。
それは甘え。否定できない。それは逆に傲慢。否定できない。
でも現にまともには生きれなかった。
定職につかず、家庭ももたず。

人並みに焦燥や疑問を抱くことも多々ある。
人はそんなにスッキリ納得ずくで生きられないものだと思う。
みんな悩みながら生きている。(悩んでない人間はいない)
悩んだ先に見えてきたもの、それが「~者」になることだった。

但し、その為には何より忍耐が必要になる。(今までも必要だった)
物事に拘らず、権益確保のための自己主張を捨てるとそうなるのだ。
いわく、
「頭がおかしい」
「単なる偽善者だ」
「自己満足に逃げる負け犬」
これらの言葉や視線、あつかいが胸に突き刺さる。
満身創痍になることもめずらしくない。
でも、俺にはそういう生き方しかできないのだと悟ったのだ。(釈迦の言う「悟り」ではない)

つらい生き方。
だけど喜びは大きい。
それが一番自分に素直ということだから。
世の中を捨てるということではなく、自分の中の「欲」を捨ててしまうのだ。
もう半分はできている。
しかしもう半分、これが難しい。本当に難しい。試行錯誤の連続。失敗もある。

でもね、これが一番「ああ生きている。人生はすばらしい」と思えるから。
覚悟は何度も揺らぐし迷いはいつも混ざるけれど。

少しずつ、少しずつ。
そうやりながら歳を取れたらいいな。
それで充分。

アーメン

ふっきれた~

2012年10月16日 | 自転車(ロードバイク)
いや~、スッキリした!
いえね、ここ2週間くらい抱えてたモヤモヤがすべて!ALL!全部!・・解消した!

久しぶりに「直感」みたいなものが降りてきて、楽になった~♪♪
これ、あんまり人前で言うと「頭おかしい・・?」と思われるから控えている
でも、個人的にはこの直感を信頼している。
俺も人間だから、この直感に逆らってしまうこともある
そういう時には手痛~~いシッペ返しがくるのだ!
今回は素直に応じる!

それはそうと、松戸・森のホールに、ななんとなんと!
北島サブちゃんがやって来る!(ヤアヤアヤア♪)



そして!
なんといっしょに大江裕クンが来るのだだだ!!!
大江クン、ちょっと変わったトコが好きだ!

来年1月29日じゃああ! 決めた!! 行く!!!

再び、それはそうと、我が愛車「ケロちゃん号」の装備に新たなるカエルが加わった!
それがコレだ!

闇夜に輝く赤ガエル!
カエルのテールランプなのだ

ちなみにコレで6匹目のカエルなのよ~♪
さすがにもう新たなるカエル(7匹目)を付ける余地がないかも

あ~~・・・・しあわせ
アーメン

世界一

2012年10月15日 | 日記


ボルトがビストロスマップに出てたよ~、デカいよボルト~~(仲居くんとのこの身長差!)
ボルトの身長196cm、「高身長は不利」という短距離走の常識をくつがえした偉業の男。



もしも100m走 9秒4台を達成したら?という仲居君の質問への答えがこれ。
たしかにすでに「超人」の趣・・・・。

「うらやましい!」という気持ちと共に、俺は「努力の結果、世界一」というのが大好きだーーー

ステロイドうんうんで日本国内では批判(はっきり言って、やっかみ)の多いBIG☆HIDE山岸さん、
彼が大好きなのもそんな理由からだ。


現在世界レベルのボディービルのステージで「しのぎを削る」のならばステロイドの使用は不可欠だから。
今じゃ使わなきゃ予選通過も出来ない「前提条件」なのだから仕方がないのだ。
健康面への損害、リスクというのはまた別の話なのだ。(と俺は思うんだ)
だから「前提条件」としてステロイド禁止のステージならば、俺は使用に反対するだろう。
当り前だけど。

ああ、世界一。。。
なんて素晴らしい響きざんしょう!

今日は休み、1日ごろごろしてた。
休みの日は寝てるか本を読んでるか調べ物をしてるか、そのどれかしかない。
自分の中では本を読むのは遊びの一種だから「遊びまくってる」ともいえる
「行きたい所」なんて海外ばかりだしなぁ、日本国内ならばどこだろう・・・

あ、あった!!

高野山!!!

空海、あこがれる・・・・
アーメン