☆「骨を埋めるならこの地で」とまで決意し、故郷を離れて棲家まで買った京都愛が消えた件。
その続きのお話です。まだ離島に引っ込んではいない。
嘱託で自分で勤務を調節できる=4月の桜開花に合わせて連休入れまくりだったのに、どうしてこうなった。
おかげでいじけにいじけまくり、せっかくの晴天続きの三連休を引き篭もっていました。
40年以上人生の芯に据えていた価値観が崩壊しそうになり、内省に内政を重ねた。
「どっかの誰かが呟いた数行にお前の愛は負けるのか?」
と。
実際目にしたポストの内容くらいのことは理解していたはずなので、どこにそこまでショックだったのかを解明しようとした。
そんな時にまた、京都観光客への愚痴ツイートが流れて来て、それも何となくモヤった。
結果として、こう考えた。
「中京区で商売人していると言いつつマンション名まで出してのヘイト記事は、バイトテロバカッターと大差無いのでは?」
「地元民として朝から活動する観光客が迷惑だと言うのは分かる。ただその愚痴はSNSで拡散されても大丈夫なものなのか?」
両者とももっともだと思う。迷惑極まりなくて腹が立っているのだとも思う。
ただ、それは家庭内や地域内のお茶会のおしゃべりにとどめておかないとまずいのでは?
世界規模で拡散されるネットワークで、世界随一の観光都市の京都の人間が発信した一言は、どこまで影響するか分からないと思う。
ちょっと考え無しのポストなんだな、という評価に落ち着いた。
ただしこれで元通り、とは行かないんだなこれが。
(ここからただの呟き御免)
1:京都を自分の中心軸に置かないことにした
絶対有り得ない「京都から愛が離れた」数日、私は絶望に暮れたとかではなく、どこか解放された気持ちが半分くらいあった。
開放って……何なんよ……?
単なる「好き」から「盲信」「執着」「思考停止」になっていたのは自覚していたけど、それでもいいと思っていた。
そのくらいの覚悟で移住してきたはずだから。
それでも何かどこかから、「ちょっと頭冷やせや」ってメッセージが来たのかも?と考えた。
京都好きのミーハーな部分を削ぎ落とし断捨離せえと、そういう課題を与えられたのかもしれない。
2:更なる価値観の激変があった
さらにあり得ない事態が起こった。
夏日にも近い晴天の絶好の花見日和に、布団にくるまってネット三昧していた時に怒涛の展開があった。
私がそれこそ「京都が大好き!」って気持ちが覆るくらいのと同レベルで、絶対的信頼を置いて参加していたコミュニティーの脱退をすることになった。
その情報は、この日この時間に私がネットにいなかったら見逃していた情報だった。
さらに情報を追って集めて吟味し考察の上に、最速で結論を出して行動した。
これを見せたかったのか?と、神に問いたいレベルのタイミングだった。
その界隈がかなり動揺している。私と同じように脱退した人もいるらしい。
あのまま知らなかったら、私の純粋な気持ちを搾取され続けてたかもしれない。
やっぱりどこかの誰かが私に何かをさせたいのかもしれない。
3:人生の二大柱がぶっ倒れたこれからは
人生の大断捨離が始まったのか?とも思った。
全部捨てろ!!その先を見据えろ!!って?
この解釈で良いのか?天の神様。
4:結論
・今のこのマンションが大好きなので引っ越しはしない。京都は好き、これは変わらない。
・今の仕事でのんびりやりたいので、転職も考えていない。
・しかし「京」の文字に踊らされない選択をする。ミーハーは捨てる。削ぎ落とす。
・思想はフリーになる。誰も信じない。自分の直感を信じて学んでいく。
この辺りが重要らしい。「好きな京都」「関心がない京都」をすっぱり切り分け、好きな部分にだけ愛を注ごう。
どこかにまだある「私が京都にいる意味」を探索していく。
私は多分「オレオレ詐欺」「投資詐欺」「起業詐欺」系に引っかかりやすい人間だと自覚した。
「私だけは大丈夫!」って慢心して引っかかるやつ。
詐欺師って心の弱い部分と純粋な愛情の部分に付け込んでくる天才やね!
まんまと乗せられた気がする。
大激変した価値観の上に、私が積み上げる老後施策はどうなるのか?
一から考えていこうと思う。