ここは、横浜の一番南、横須賀市の少し手前の地域。横浜と言っても、里山や畑が多い、ずっと東京湾側には、砂浜もある。
この学区では、下から3番目くらいのレベルの、創立3年目の県立高校。白山(しらやま)高校。
こんなクラスの高校だから、真面目に大学進学目指す人も少ないそもそも団塊世代の子供の俺たちは、子供の人数が多くて、私立の最低ランクの大学でも、倍率10倍で難関だったり、短大目指す女の子も落ちて浪人なんかする時代。
だから、ほとんどの生徒は、高卒という肩書きが欲しいだけ、それが普通の環境。
それでもリタイアする不良生徒も年に数人は居る。
一番多いのは専門学校進学か、就職、または卒業後フリーター。
時は1986年。
俺は、この白山高校2年の茂之。ギター担いで髪茶色くして、勝手に不良生徒だと思われて、誰も近寄らなかった。
うちは、親父の会社が潰れて収入が無い。
だから誰が何と言おうとバイトしないとメシ食えないどころか、学校なんか来れない。
中学生の時にビートルズが好きになってギター手に入れた。
そんなに器用じゃなくて、難しい曲だと、弾けるようになるのに2年とか掛かった。
コードの理論覚えて、元々小説も好きだったりして、自作で作詞作曲していた。
思春期だから、女の子にも一応興味あったけど、とにかく恥ずかしいという気持ちが強かった。親父は女好きなのに、息子には女に男ならうつつをぬかすなみたいな事をずっと言われた。それと同時に、こいつと決めたら絶対守れよとも教えられた。
そんな事はどうでも良く、周りには俺はお嬢様学校のフェリスの女にしか興味ねえ!とか、突っ張っていた。
ある時、女子4人に取り囲まれて、理不尽な事を一方的に言われている女子が1人いた。
中学生の時からいじめの現場は見慣れていて、関係ねえやって聞き流していた。
でも聞いてると、言ってる内容がもうこの子にも関係ねえじゃん。
言われてる子も反論全然しない。
なんでこんな事言うのか?って事と、言われて反論しない事が不思議で興味湧いて助けようと気持ちは無いけど、聞いてみようと何故か思った。
このいじめられてる子、えっと、名前なんだっけ?普段視野に入ってないからか思い出せない。
小さくて、中学生みたいな子。
名前分かんねえけどとりあえず聞くか!
おい!お前!脈絡無い事言われてるぞ!いいのかよ!
泣きそうにもなってなくて、死んだ人間みたいな顔してる。
お前聞かないなら、この女どもに俺が理由聞くから一緒に聞いてろ!どうせ大した事言わねーから。聞いて、どうするかはお前が自分で判断しろ。
教室の壁際に4人集めて。
どうして、こんな事言うんだよ!
こんな子どうなってもいいじゃん
この子がどうなっても先生もどうせ興味持たないよ
あんたも不良のくせに真面目振らないでよ
こんな子が好みなの?趣味悪いね!
聞いただろ?理由なんかねーんだよ!
死んだような顔してねーで、自分も考えろよ!
かわいそう、、、
え?
そんな言葉しか選べない子なんて、かわいそうだよ、、、
そっかー、世界一変わった奴だな、お前は、ところでお前名前って聞いていいか?
いじめ女子が言った。
なんだ、あんた名前分からないで庇ったのかい?
同じクラスで、直子って言うんだよ。なおちゃんとかって呼ばれてるだろ?
俺学校来ても誰とも話さねえから、分からなかった。
1週間後、そういえば、直子は窓際の席で、1日外を見て流行ってるウォークマンで、何か音楽を聴いていた。
なんか助けてから、俺の視界に入るようになっちまった。
俺も登校してもずっとウォークマン聴いているから、同じ人種だな。
よっ!いつも、何聴いてるんだよ?
こちらを振り向いて、尾崎、街路樹、、、
それだけ答えた。
こちらの顔じっと見て、まだもう少し何か言いたそうな感じだったけど、その一言だけだった。
お前さ、もし暇なら、俺部員じゃねーけど、軽音部で毎放課後ギター弾いてるから聴きに来いよ。
数日後、茂之は、軽音部でホテルカリフォルニアを弾いていた。
ギターソロの途中、視線と気配を感じた。
ふと見ると、ギターアンプに座って直子が見ていた。
ふーん、単なる不良かと思ったら、ギター上手くてこんな哀愁のある曲弾くんだね?
こないだはありがとうね。
別に助けてねえよ。気になって聞いてみただけで、お前がそれ聞いて自力でなんとか出来たらそれが一番いいからさ。
俺、学校でお友達作りましょうなんて柄じゃねーけどさ、俺のギター褒めてくれる奴とは、色々話してみてーから、もし音楽友達になってくれるなら、明日から15時に毎日居るから来いよ。ホームルームサボる事になるけどな。
次の日から、2人は毎日ギター弾いては、音楽話をするのが、日課になった。
ところでさ。もし興味あるなら、俺曲作るから、一緒に音楽グループやってみようぜ!女言葉で作るから、何かギターとか弾きながら歌ってくれ。
私がボーカル?何で?
いじめられてた奴が、みんなが気持ちが動く歌歌って、みんなが幸せな気分になったら、それはもういじめられっ子じゃないだろ?力を一切使わずにあんな女子にも勝った事になるんだよ。
ギターか、ベースやってくれ。どっちが出来そうだ?
家にガットギターあって基礎は知ってるから、どっちも頑張れば出来ると思うよ。
ジャンケンして、お前が勝ったらギターな!負けたらベースにしよう!
最初は👊!ジャンケン!
私負けた!ベースだ!買わなきゃ!
週末、伊勢佐木町ハマ楽器。
えっと、ベース、ベース、、、
どうしたの?ベースかい?
手小さそうだね?少し音圧は下がるけどショートゲージがいいんじゃないかな?
フェンダー5万高い、、、
フェンダー大きくて重いよ。入門モデルでショートゲージなら、アリアプロ2なんか値段手頃でどうかな?
2万、、、またすごい安いわ、、、
安いから不安かい?弾いてみせるよ。
店長さんのベースの演奏はプロ並みで、素晴らしい音がした。
直子は、この赤いベースと、フェルナンデスのベースアンプを買った。
次の日、中庭、昼休み。
おー!それ買ったのか!赤くてかっこいいな!
ちょっと俺にも弾かせてくれ。
すごーい。ベースも弾けるんだね!
ところで、お前弁当食わないの?
私、お弁当作って貰ってないんだよ。いつも購買でパン買ってるよ。
家でもご飯食べないし。
何でだよ?俺んちみたいに貧乏か?
ううん、、、お母さんに嫌われているから、、、
いじめでも泣かない直子の目に涙が浮かんだ
茂之は、直子の本当の気持ちを見た気がした。
そっかー、色々あるよな、、嫌な事話させてありがとうな。いいメシ食える場所紹介するから、今日行かねーか?
金沢文庫じゃなくて能見台だから、1時間歩くけどいいか?
全然OKだよ。私んち、そっちの方。
学校の正門を出て、普通の生徒の通学路とは逆に行くと、江戸時代の旧街道、金沢道が通る緑地を短いトンネルでくぐった。
その先はニュータウンになる予定の、まだ家が無い広い丘を西陽の中進む。
丘の頂上が、スーパーマーケットと大きな公園。
ここから、能見台駅に向かって下り坂になる。
そうだ、お前も電車通学辞めてチャリで通えよ!
あんな満員電車乗ってると、痴漢されるぞ。
心配してるの?そうしようかな、本当に。
あ、そうそう、私呼ぶ時さ、お前じゃなくて、裕美って呼んでよ、呼び捨てでいいよ。
何でヒロミなんだよ。直子と全然違うじゃねーか。
それはね。もっと私に優しくしてくれて、話そうかなって気持ちになったら、話すみ。
まあ、人それぞれ色々あるからな、俺の事も、シゲって呼び捨てで呼べよ、ヒロミ。
能見台駅の100メートル手前、小さな居酒屋、鳥ぎん。
え?居酒屋じゃん、シゲ。
そうだぜ、安心しろ、怒られねーし、学校の先生に会った事もねーから。
中にガラガラと入ると、他にお客はいなかった。
おっ!シゲか!久しぶりじゃねーか!可愛い女の子連れて来たな!彼女か?
うるせーな!バンド友達だよ!
ここはな。困ってる子供に、200円でメシを食わせてくれるんだ。
家でメシ食えないなら、ヒロミも利用しろよ。一緒に来るぜ。
初めて来た子だから、美味いもの出してやってくれ。200円で収まらないなら、俺が出すよ。店長!
美味しそう、、お魚の定食、、、。
ほら、シゲ、サービスだ。
店長がビールを持って来た。
ヒロミも少し飲むか?
私飲んだ事無いし未成年だよ?
一応そんな決まりもあったなあ。でもさ、その決まりが俺たち変な生い立ちの子供を救った事あったか?結局自力で乗り越えて来ただろ?
だから、俺は自分が気持ち良くなるなら、飲む。
今更、真面目ぶっても仕方ないからな。
苦いけど、空飛んでる感じがする、、、。
あまり、無理はするなよ。1杯にしとけ。
シゲ、こんな気まで遣ってくれて、本当にありがとうね。初めの時にありがとうって言いたかったけど言葉出なくて、やっと言えたみ。
俺こそ助けたつもりは無いって言ったけど、助けてヒロミと友達になれたから、よかった。
茂之と、直子こと裕美の出会い、バンド結成の話でした。
~以上、続編に続く~