物語は、もう100年も前の、神奈川の横須賀。米国のペリーがやって来て、日本が開国をした明治の頃。文明開花と言っても、まだまだ田舎の横須賀は遅れていて、江戸時代の風景を残していた。
江戸から京都へ上る東海道からは外れていたが、鎌倉時代より前は、古東海道という街道が通り、日本武尊が通った伝承もあり、古代から人が住み文化があった三浦半島。
長い歴史でたくさんの悲しい出来事や幸せな出来事を見つめて来た。
横須賀市の逸見、京浜急行の逸見駅周辺は、東海道保土ヶ谷から、浦賀までの旧街道浦賀道の通る山里だった。横須賀は平地が少なく山が、東京湾へ張り出し、山と山の間の僅かな谷や山の上に人が住んでいた。これを、谷戸と呼んだ。
逸見の村も典型的な谷戸の集落で、山に囲まれて、農家は谷の底や山の斜面に住み、東京湾で漁師をする者は、海辺に住んだ。豊かではないが自然と共存した生活だった。子供は、明治以降は、東京や横浜に出る者が増えた。
この逸見の村に2人の幼なじみの子供が居た、漁師の息子雄太と、農家の娘理恵だった、逸見にひとつだけある旧制の小学校に通い、山や海で遊んだ親友であった。
村の外れに鹿島神社という古い神社があった。
おー、やっぱりここにいたのかよ。理恵が昔からなんか居ないなって思うとここに来てるからな。
何、ボーッと考えてたんだ?
、、、、
まあ、いいや、理恵だって考えたい事もあるだろうからな。
それよりあの件考えてくれた?
何だっけ、、、雄太、、、
俺、中学卒業して16になったら、横浜に出て船知識勉強して海軍に入りたいんだ、理恵にも一緒に横浜来て欲しいって話だよ!
、、、すごく行きたいけど、うち貧乏農家だから、お父さんお母さん残して、逸見を離れられないよ、それどころか、どこかへ奉公に行かないといけないくらいだから、、、
そんなの、理恵の事も、理恵の父ちゃん母ちゃんも俺が頑張って食わしてやるよ!
もうだいぶ前に商人のところに奉公に行った、逸見の俺たちの親友の清子ちゃんだって全然帰って来なくなっただろ?理恵までそうなったら嫌なんだよ!明後日、田浦との村の境目の十三峠に朝来て欲しい!
雄太、、、、
2日後、理恵は、十三峠とは逆の汐入との境目の稲荷山に居た。
ごめんね雄太、、、1人で十三峠で待っているんだろうな、、、
私が働かないと、うちはみんな死んじゃうの、、、
さよなら、、、逸見の村、、、
稲荷山を東京湾を見ながら下ると今で言う京浜急行の汐入の街。そして横須賀中央の街。
横須賀中央から、浦賀道は、海を避けて再び山を登った。ここを、うぐいす坂と呼んだ。うぐいすが鳴く、山深い道。理恵は、南に向かった。
登り切ると上町。
ここから、下り坂。今の京浜急行、県立大学駅方向へ下る。
下り切ると、まだ埋め立てられていなかった当時は走水まで続く海岸へ出た。
安浦という街だった。
逸見とは、全く違う海の景色に、理恵は立ち止まった。
まだ、第二次世界大戦前、安浦は、開国で入って来た外国人を相手にした、商人と吉原のような色町であった。
理恵は、色町の小料理屋に向かった。
本当はこんな仕事したくない、、、
私が生まれて来なければお父さんお母さんは、もっとご飯食べられた、、なのに育ててくれたから、恩返ししなきゃ、、、
本当は雄太と、、、もう忘れなきゃ、、、
数日後、、、
小料理屋の女将のお富
理恵ちゃん、また裏で泣いていたのかい?
たまたま貧乏な家に生まれたけどみんな普通の娘だもの、こんな場所でこんな仕事誰もしたくないのはすごく分かるよ。
吉原みたいな高級遊郭じゃないけど、男がやってくる事は同じだしねえ、金髪の外人さんは身体大きくて怖いし。
あ、そうだ村の北の離れには行ったらダメだよ。行っても理恵ちゃんに、何もいい事ないからね!
理恵ちゃんも故郷には好きな人も居たんだろうから、必要な分だけ稼いだら帰る事を考えな。
1週間後、理恵は村の北の外れに来てしまった。
安浦の鎮守のお寺があって、近くには、小屋があった、隙間から覗くと、自分と同じくらいの女性が布団に横になって苦しがっていた。
苦しい、、、水、、、水飲みたい、、、!
理恵は思わず水を持って中に入って、立ちすくんだ。
苦しんで居たのは、逸見の幼なじみ清子だった。
あ、ああ、、お水ありがとう、、え?理恵ちゃん?
ついに見られちゃった、、、
清ちゃん、、?この症状、まさか?梅毒?
なんで?嘘?なんで清ちゃんが、、、、
商人の家に奉公行ってたんじゃなかったの?
商人の家に行ったんだけど、商人の旦那さんに、男を知らない生娘は価値があって外人に高く売れるから、お客取れって言われて。
貧乏な家に生まれたけどさ、、、私だって雄太好きだったし、好きな人にって夢見てた。
名前も知らない外人の男に毎日抱かれて、気がついたら身体ボロボロだったの、、、
清ちゃん、、、理恵は大きな涙をボロボロ流した。
帰りたいよ、、、みんなで逸見の村で、また遊びたい、、、。
清ちゃん、私お客これから、毎日2人取るよ!そのお金でお医者さん呼ぶから一緒に帰ろう!
そんな事したらダメ。私は、もう間に合わないもの、、、もうすぐ、理恵ちゃんとも、雄太とも会えなくなる。
理恵ちゃんは、まだ、間に合うから、こんな場所に居ないで、雄太のところに戻って、幸せになって欲しい、、、。私みたいな事したらダメ。
ここの、遊女は、お寺のお墓にも入れないから、特に私みたいに病気になっちゃった子は、お店の評判を落とせないから、安浦の海からそのまま流されるの、、、逸見の海も同じ東京湾だから、、、私の死体、逸見の海岸に流れついて欲しいな。そうしたら、やっと帰れるね。なんか最近はずっと逸見に居るような幻見るから、脳に病気が行ってるんだね、、、。
私の穢れた身体の死体見たら、雄太には嫌われるだろうな、、、こんな事やってた、女の子だからね。
雄太分かってくれるよ!泣いてくれるよ!
泣いてくれる人が居るなんて、、私幸せだった、、
清ちゃん!死んじゃやだよ!死なないで!
清子は、静かに眠った。17年の命だった。
ううっ!嫌だよお!
次の日清子は、安浦の浜から流された。
理恵は泣きながら砂浜を叩いた。
なんで、、、どうして、、、嫌だよお!
次の日、理恵は、約束の2倍の金額を渡されて、帰るように言われた。給料の他に口止め料の意味もあった。
うぐいす坂の上から、安浦の海を見ると、青くキラキラと光っていた。
まだ春には早い2月の三浦半島の風は暖かく、理恵の大粒の涙を飛ばして行った。
さよなら清ちゃん、お疲れ様、辛かったね。
ごめんね、私逸見に帰る。
清ちゃんも一生掛けて言えなかった事を私は、雄太に言う。
稲荷山を超えて、逸見に戻って、実家の母親にお金を渡し、鹿島神社に向かった。
あ、、雄太、、、
鹿島神社に雄太が来ていた
お前あの時十三峠に来なかったけど、神社来たらなんか会えるような気がしてさ、たまに来てた
雄太!雄太!
なんだよ!なんで泣いてるんだよ!
春、3月、今度は2人で十三峠を超えて、横浜に向かった。
横浜の教会で晴れて2人は夫婦になった。
その後、理恵は遊郭で働く女性の健康を守る研究を医師仲間とする人生を送った。
~完~
この物語はフィクションです
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます