カトリック菊池教会 


毎週の福音書と典礼にそって人生の素ばらしさを探る一言
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毎週の一言 C年 年間第三主日

2010年01月21日 | メッセージ(その他)
イエス様のことを愛される皆様へ、

「大寒」1月21日ごろ、冬の寒さの絶頂期です。極寒の辛苦になやまされますが、ふきのとうが咲き始めます、春の足音が聞こえそうな季節です。ひどく冷え込んだ夜などに、空中の霧の粉が風によって草や樹木に凍りつき氷層などを形成する現象を霧氷と言います。樹氷は霧氷の一種で、風上側に羽毛状の半透明の氷層を成長させ、時には樹全体を包み込むことさえあります。自然の見事な出来事には「寒卵」もあります。冬中に鶏が産む卵です。鶏卵はもともと完全食品とされるが、この時期の卵は特に栄養価が高いとされています。寒さの中、生みたての卵の白さ、手にした時のぬくもりは嬉しいです。生命力、存在感、エネルギ―を感じさせる寒卵は心象的、象徴的な季題としてキリスト信者のためにも重大な意味が含まれています。この一週間の間、キリスト教に属する教会(宗派)は一つになるように祈っています。「キリスト教一致祈祷週間」です。この時にキリスト信者は自分の弱さについて反省しイエス様が望まれる教会が一つになるように望みながら祈っています。歴史的な理由で、歴史に登場した人物によって、イエス様の教会が分離したり、イエス様の教えから離れてしまった時がありました、けれども神様の赦しの力によって、キリスト信者の心の中に大きな希望が残されて、皆でイエス様の一つの教会になるのです。分裂の時のその理由は単独ではありません。しかしそれぞれの弱さを認め合いながら、今週は祈りの中で希望をもって、大きな理想を担いながら、イエス様に従った私たちは本当のイエス様が望まれる教会になるように努めたい、祈りたいと思っています。また、年間第3の主日にカトリック菊池教会は56年前、サレジオ会の司教様に祝福された時から保護者であるサレジオの聖フランシスコを祝います。同時に4年前に亡くなられた主任司祭リチャ―ルド・オーエンス神父様を思い起こして追悼のミサをいたします。
ルカによる福音 1・1-4 ,4・14-21
時代を通して神様の言葉はメシアであるイエス様によって実現されています。み言葉は聖書の中で教え知らせる役割を持つだけではなく行動も伴います。つまり神様の言葉は予言されたことを実現するだけではなく、受け入れる人の心に生きて、新しい経験をたくさん生いざや所み、罪を赦し、人を救います。さて、当福音書の個所ははっきりと二つの部分に分けられています。一つはルカの福音書の序章で、もう一つはイエス様が預言者の言葉に基づいて、自分の使命を表明します。まず序章のところでルカ福音記者が、新しく入信したテオフィロという人物に向かって書いています。このようにルカの福音書は要理的な書物であり、キリスト教の心をやさしく紹介します。その紹介の中で注目すべきことは、福音書はイエス様の生涯に立ち会った証人の生きた言葉と行いから生み出されて、神様の生きた言葉として記録されたことです。当福音書の第二部分は、会堂で土曜日の定例の典礼の預言者の巻物の朗読から始まります。その時に朗読と説教の当番はイエス様自身でしたが、朗読された箇所をイエス様は見事な方法で解説されました。イエス様が朗読されたところは自分に当てはまっていて、そのように自分の公生活を始めようとしています。少ない言葉でイエス様が自分の使命をまとめて話しています。それは人の心と体の救いを求めることです。神様はイエス様を通して、人間を大きな愛情で包んでその救い、喜び、幸せを求めています。それが実現されるのは「今日」と福音書が述べています。当時の「今日」だけではなく毎回、み言葉であるイエス様を受け入れる心があれば、そのみ言葉が「今日」(たった今)実現します。つまりみ言葉が言い伝えることが同時に成し遂げられるのです。                            
モヨリ神父 

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