日本の伝統文化と、正しい歴史認識を伝えたい❗

日本の伝統文化紹介と、日本の現状と問題点。

大東亜戦争史実と全く逆の教育を教え続ける韓国。

2021-08-10 14:07:10 | 日記
韓国はことあるごとに自国を「第2次大戦の戦勝国である」と主張し、学校の教科書でも「韓国人は連合軍の一員として日本と戦った」と教えている。だが、事実は全くその逆である。

日米開戦に至るまで、朝鮮の人々は日米交渉を固唾をのんで見守り、米国の一方的要求に切歯扼腕した。「米英撃つべし」の声が日増しに高まり、1941年12月8日、真珠湾奇襲が報じられると、彼らは内地の日本人に勝るとも劣らぬほど熱狂し「聖戦完遂」に立ち上がったのだ。

同月14日には、朝鮮の人々による朝鮮臨戦報国団全鮮大会が開催され、戦後商工大臣になった詩人の朱耀翰(チュ・ヨハン)は次のように訴えている。

「正義人道の仮面を被り、搾取と陰謀をほしいままにしている世界の放火魔、世界第一の偽善君子、アメリカ合衆国大統領ルーズベルト君」「しかし、君らの悪運は最早尽きた」「一億同胞…なかんずく半島の二千四百万は渾然一体となって大東亜聖戦の勇士とならんことを誓っている」

こうして大東亜戦争が始まると、特別志願兵募集に朝鮮の若者が殺到した。42年には、採用数4077人に対し、25万4273人が応募している。適齢期の健康な男子の大半が志願したことになる。朝鮮は儒教国家であり、応募するには父母、親族の許しが必要であった。大東亜戦争へ対する朝鮮民族全体の圧倒的な支持があったことがうかがわれる数字である。

このような高倍率を突破して合格した青年たちは、当然ながら優秀であり勇敢だった。38年に志願兵第一期生として入隊した崔慶禄(チェ・ギョンロク)はニューギニア戦線で一個小隊を率いて米軍に切り込みをかけ、全身に被弾した。

部下の出田上等兵に担がれて後退し、新兵当時から彼に目をかけていた参謀長の小野武雄大佐がこれを発見した。「彼を死なせては陛下と朝鮮人民に申し訳がたたん」と叫んで手厚く後送し、ようやく一命を取りとめた。(=出田上等兵はその場で絶命、小野大佐も戦死した)

崔慶禄は戦後、外交官となり駐英、駐日大使などを歴任している。駐日大使着任時には、天皇陛下に信任状を奉呈する際、通常10分のところ、かつての大元帥陛下と切り込み隊長は40分にわたって話し込んだという。万感の思いがこみ上げたのではないだろうか。

大東亜戦争で、朝鮮の人々はよく戦った。軍人と軍属合わせて合計24万人あまりが前線に赴き、アジアの植民地を解放するために日本人と生死をともにしたのだ。

これが日本と韓国の大東亜戦争時の真実なのだ。


#大東亜戦争の日本と韓国の真実



日本の美しい景色【滝】

2021-08-10 10:38:20 | 日記

【北海道】オシンコシンの滝

日本の滝百選のひとつに数えられるオシンコシンの滝は、北海道の東部、知床に位置しています。途中から流れが2つに分かれている見た目から「双美の滝」とも呼ばれ、美しさと迫力とを兼ね備えた存在感のある滝です。

オシンコシンの滝の魅力は滝の流れだけではありません。周りを自然豊かな森林に囲まれており、特に夏になると鮮やかな緑に癒されます♪

また、滝がある森のすぐ近くにはオホーツク海が広がっており、どこまでも続く水平線を眺めれば、心が落ち着くこと間違いなしです!

【所在地】
北海道斜里郡斜里町ウトロ西

【アクセス情報】
・車
女満別空港 約2時間15分

・バス
JR釧網本線知床斜里駅 斜里バスターミナル発
知床線 オシンコシンの滝バス停 徒歩すぐ

今日は何の日🤔

2021-08-10 08:41:37 | 日記