五高の歴史・落穂拾い

旧制第五高等学校の六十年にわたる想い出の歴史のエピソードを集めている。

習学寮の怪談話

2013-08-14 05:15:10 | 五高の歴史
今年の夏も連日三十五度をこえる猛暑が続いていますので話題を変えて、少しでも涼しさを感じるように一寸背筋がひやりとする習学寮の怪談話を紹介しましょう。

一人の寮生が毎夜、夜更けになると出て行き、一時間ばかりして帰って来る。それだけなら五高生の云う処の精神修養の一手段であり。別に妙な疑いを抱く余地などないのであるが、その男は最近頓と元気がなく、学校をさぼり、寝てばかり居て、顔は青白くなり次第に痩せて髭も大分伸びていったのである。前から此の事に気づき、不思議に思っていた同室の男は、余り度重なるので多少好奇心に駆られて、今夜は何をするのか見届けてやろうと決心したのである。
夜は来た。時計は二時過ぎコチコチと不気味に時を刻んでいる。同室の男は病気の男を時々チラッと眺めていたが、彼は如何にも楽しそうに軽い鼾をかいていた。


突如件の男はむっくりと起き上がった。同室の男はぎくりとしたけれども、目を瞑り眠った振りをしていた。すると、スート音もなく障子も戸も開いて、パタパタと廊下を走って行くので、彼も飛び起きて彼の後を追った。男は風に乗ったように早く、これが病人かと思われる位なのである。寮はひっそりとしていて、唯彼の足音のみが不気味に響くだけで、同室の男は恐ろしいのも忘れて、ただ無我夢中で彼の後を追った。ついに白草原へ、ここを通り過ぎて杉並木へ、龍田山の登り路に、月が蒼白く彼の姿を照らして居る。犬の遠吼がかすかに,長く尾を引いて聞こえる。 足音は山の中腹の墓地の前でピシャリと止んだ。異様な光を湛えた眼が鋭く周囲を見回した。後をつけた男は素早く木の影に隠れて息を殺していた。


と、何か音がする。伸び上がってみた。あつーー。死体だ。骨だ、彼の蒼白い痩せた顔が、口の周りに何か付けて、月に照らされて・・・・・。
背中から冷水を浴びせられた様な感じを受けた彼は思わず叫び声ともつかぬ声をあげて一目散に、無我夢中で寮に逃げ帰って布団の中に潜り込んでブルブル震えていた。

どれ位たったろうか、スートと例の浮いた様な調子の足音が近づいた。スートと戸が開いた。障子が開いた。途端、「見たなアー」・・・・・・・・・
この男は夢中で蒲団の中に潜り込んだが、自分で気がついた時には夜は白々と明けている。かの病人はすやすや眠っていた。
 
件の病人は間もなく学校をやめて故郷に帰ったとかとの事であった。ただ寮生の嘆息とも何ともつかぬ音が聞こえるのみ、            
                                                                   参考 続習学寮史から