昭和二十二年六三三制へ学制改革、昭和二十三年度の入学試験の停止
鹿児島七高との野球戦、ボートレースの行事も最後となる。
県内の官立学校(医大・五高・工高・薬專・師範等)を統合した熊本大学期成会の成立、二十三年大学法案に反対の学生運動の活発
昭和二十二年十月続習学寮史が完成する。
五月初め頃の新入生の寮生日誌から拾う、
「良い下宿も親類もないので差し当たり寮に入ってみた。先ず入寮式の時には上級生の咆哮するのを聞いて聊か辟易の体という所であった。次に思うのは寮が喧しいのに今迄山の中で過ごしていた僕としては少々困ったが,これも寮という一社会に住む以上は詮方なき事と思うに至った。
「憧れの習学寮に入って二週間が過ぎたがこの間の生活がなんと単調だった事か、十一日以来寮で飯を食うこと五十三回に及ぶが、自分の向上はこの回数に比例せず寧ろ逆比例している様に思われる。幻滅という程の深刻なものではないが,初めの期待の大きさに比して幾分の失望の感があることは否めない。・・・・」
「実にくだらん。猛獣性の抜け切らぬ学校だ。二十世紀の今日、かかる野蛮な学校が未だに存在していること、それ自体が私にとっては実に大なる驚異である。かかるへんてこな学校、奇妙なる存在がやがて無くなるという事も当然至極なこととうなずける。私は高校礼賛者に云わん。新しき時代は、かかる学校の存在の必要を認めなくなったのである。」
「寮生活をする以上寮生活に同化する覚悟と自信がなくてはいけないと思う。我々の一人一人は寮生の一人一人であると共に又偽りなき自己でなければならないのであるから、どちらにしろ、寮生活が段々面白くなくなってきたのは事実である。入寮したてはあんなに呪わしかった寮生活、あんなに恥辱と虚偽に満ちていた寮生活が段々面白くなって来たのはどうした風の吹き回しであろうか。」
「ストームとは何だ。気違いじみた声を張り上げ真裸で廊下を踊りまわり他人の安眠を妨害する唯それだけのことではないか。伴カラが何だ。他の一般人と異なるところを見せようとする虚栄心の現れにすぎないではないか。こんな考えが僕の胸に満ちていた当時は何をすることも嫌いだった。併し僕の如き小さな人間は到底自己の道を唯一人で歩けるものではない。結局はその環境に訓化せずにはおれない。・近頃では皆踊っているのを見るとつい飛び出したくなる。結局これも青春の血がなせる技であろうか。理論的には説明しえない力が底にはあるのだ。」
以上のように終戦直後の五高に入学した学生はどんな期待を持って入学したのかわからないが、いずれも五高に対して、習学寮に対して、総代に対して不満たらたらでは、中学校においては学徒動員も、教練も経験してきた連中であろうし、まさか昨日までの経験を皆百八十度の転換を期待して五高に入ってきたのではあるまい。、如何に若者であろうとも五高では既に新制度が出来ているとでも考えたのではなかろうがこれ等の日誌を見る上ではそのように考えざるを得ない処がある。
鹿児島七高との野球戦、ボートレースの行事も最後となる。
県内の官立学校(医大・五高・工高・薬專・師範等)を統合した熊本大学期成会の成立、二十三年大学法案に反対の学生運動の活発
昭和二十二年十月続習学寮史が完成する。
五月初め頃の新入生の寮生日誌から拾う、
「良い下宿も親類もないので差し当たり寮に入ってみた。先ず入寮式の時には上級生の咆哮するのを聞いて聊か辟易の体という所であった。次に思うのは寮が喧しいのに今迄山の中で過ごしていた僕としては少々困ったが,これも寮という一社会に住む以上は詮方なき事と思うに至った。
「憧れの習学寮に入って二週間が過ぎたがこの間の生活がなんと単調だった事か、十一日以来寮で飯を食うこと五十三回に及ぶが、自分の向上はこの回数に比例せず寧ろ逆比例している様に思われる。幻滅という程の深刻なものではないが,初めの期待の大きさに比して幾分の失望の感があることは否めない。・・・・」
「実にくだらん。猛獣性の抜け切らぬ学校だ。二十世紀の今日、かかる野蛮な学校が未だに存在していること、それ自体が私にとっては実に大なる驚異である。かかるへんてこな学校、奇妙なる存在がやがて無くなるという事も当然至極なこととうなずける。私は高校礼賛者に云わん。新しき時代は、かかる学校の存在の必要を認めなくなったのである。」
「寮生活をする以上寮生活に同化する覚悟と自信がなくてはいけないと思う。我々の一人一人は寮生の一人一人であると共に又偽りなき自己でなければならないのであるから、どちらにしろ、寮生活が段々面白くなくなってきたのは事実である。入寮したてはあんなに呪わしかった寮生活、あんなに恥辱と虚偽に満ちていた寮生活が段々面白くなって来たのはどうした風の吹き回しであろうか。」
「ストームとは何だ。気違いじみた声を張り上げ真裸で廊下を踊りまわり他人の安眠を妨害する唯それだけのことではないか。伴カラが何だ。他の一般人と異なるところを見せようとする虚栄心の現れにすぎないではないか。こんな考えが僕の胸に満ちていた当時は何をすることも嫌いだった。併し僕の如き小さな人間は到底自己の道を唯一人で歩けるものではない。結局はその環境に訓化せずにはおれない。・近頃では皆踊っているのを見るとつい飛び出したくなる。結局これも青春の血がなせる技であろうか。理論的には説明しえない力が底にはあるのだ。」
以上のように終戦直後の五高に入学した学生はどんな期待を持って入学したのかわからないが、いずれも五高に対して、習学寮に対して、総代に対して不満たらたらでは、中学校においては学徒動員も、教練も経験してきた連中であろうし、まさか昨日までの経験を皆百八十度の転換を期待して五高に入ってきたのではあるまい。、如何に若者であろうとも五高では既に新制度が出来ているとでも考えたのではなかろうがこれ等の日誌を見る上ではそのように考えざるを得ない処がある。