第四幕 天満天神の境内
後半は、治兵衛が悲劇の坂を転がり落ちてゆく。
ここにいるのが一番幸せとわかっているのに、なんでそっちに行くのん?
ここで話の本筋とは関係なく、女スリおきん役で英太郎さんが登場。
源八につきまとい、うまく騙してまんまと煙草入れをせしめ、去ってゆく。
さすが新派の女形さん。歌舞伎の女形とはまた違った発声法なのか、とにかく声
や目つきがとても艶っぽい。短い出番ながらも印象は鮮烈だった!
金貸しの源八に呼び出された治兵衛は、天満天神境内の茶店へ。
源八がお参りに行っている間、茶店の女将の口車に乗せられベラベラ語り始める。
小春が別れる気になるまで逢うことにした、今は母親の家で逢っている、云々。
それからこんなコトも。(↓だいたいこんなふう。書きながらドキドキ。笑)
「こんなしつこい女、二度と来るもんかと思うて帰るのに半月もたたん間にまた
逢いとうなる」
「小春に惚れてるのんか、小春の・・・からだに惚れてるのんか・・・」
「二人のどっちに惚れてるか言うたら、おさん!」
「おさんはあてがどんなアホなことしても見捨てんと店を切り盛りしてくれるし、
あての世話もようしてくれる。三界にこないええ女房はないと思うてるのんや。」
「男ちゅうもんはおなごをケダモノのように扱いたい時があるんや。けど、おさん
の前では恥ずかしゅうて言い出せんのや。おさんも小春みたいやったらなあ。」
(これが真夏の真っ昼間に茶店の床几に腰掛けてする会話かいな~。)
そこへ源八が戻ってきて、小春の母親の不渡り手形を見せられ、仰天する治兵衛。
額面は金十二両也、自分の判もたしかにある。
治兵衛、えらいことした~と地面にうずくまって頭を抱えこむ。
(ほれほれ、言わんこっちゃない! でも、だんだん可哀相になってきた。)
第五幕 一 紙屋治兵衛の家
二 淀川べり 八軒家の船場近く
三 長い橋
それから三ヶ月。金策するも工面できたのは三両がやっと。
手形のことがついに親戚にもばれてしまった。おさんの親戚に迷惑がかからぬよう、
おさんは米次郎に引っ張られ実家に帰らされようとしている。
そこへ帰ってきた治兵衛。怒り狂う兄に「死ね!」と、さんざん体を打たれる。
「あては人間の屑や。死んでしまいたいー」と泣く治兵衛。
もっと泣け。お前の涙が蜆川に流れたらその水を小春が汲んで飲みよるやろ。と兄。
今度はおさんが、私も白人になって働く、と言い出す。
この人は悪い星のもとに生まれたかわいそうな人やと、なおも夫をかばう、おさん。
とりあえず、騙された相手を訴えることにして、その場は収まる。
親戚が帰った後、ゆっくり話し合う二人。
ここは久しぶりに夫婦の情愛の通い合う、いい場面だった。
二人の醸す空気があったかく、一つ一つの台詞が心に染みた。
そういえば、小春といる時の治兵衛はいつも顔を10cm以内に近づけて話すけれど、
おさんといる時はちょっと離れている。どうやら照れくさいようなのだ(笑)。
小春とは早口の夫婦漫才みたいだけど、おさんとの会話は「間」に味わいがある。
鴫原さんのおさん、控えめな感情表現に女の可愛らしさをにじませる。
魂を入れ替えて働くからもう一度だけ了見してくれ、と夫が言うと、そうやない、
あんたがそうなってしまうのは私にも罪がある、という妻。
あんたにもっとかわいがられるようなおなごに生まれたかった・・・。
(うう、ここ、泣かせます~。)
そんなことない。あんたはあんまりようできた人やから、あんたの前では恥ずかし
いことが言われへんのや、と治兵衛。
わてかて人形と違います。生きてるおなごだす・・・とおさん。
そや、な♪ と、治兵衛が照れくさそうにおさんの膝に手を持っていき引っ込め、
また手を膝に。いつもと違う今夜の二人・・・・・・。
お風呂に行ってきます、というおさんに「よう磨いといで」と笑わせる治兵衛。
「おはようお帰り」と夫に見送られ、戸口を出たおさんの顔の輝いていること。
おさんと入れ替わりに、飛び込んで来た小春。
母親が自分を売り飛ばそうとしている、と。
夫婦の仲に嫉妬した小春は大声出したり、泣きわめいたりして、治兵衛を連れ出す。
(こんな時も小春を追い返さず、気持ちが落ち着くまで側にいてあげようとする
治兵衛って。でも、その優しさが今の小春にはいっそう切ないかも。)
淀川べりの船着場で手形の話から、母親の悪事を初めて知る小春。急に殊勝になる。
自分も大坂商人の倅、ここで逃げ出したら人間やなくなる。助けると思うて別れて
くれと治兵衛が切り出すと、わかりましたと、涙ながらに去ってゆくのだった。
直後、治兵衛は小春の母親おかねと中居のこはまに遭遇。
警察に突き出したる、と治兵衛が怒りながら詰め寄ると、逆に紙屑呼ばわりされ、
アホ扱いされる始末。
激高し、おかねと揉み合ううちに、ついにおかねを殺してしまう。
(こづかれたり、打たれたり、叱られたりの治兵衛が唯一怒りを爆発させた場面。)
治兵衛が呆然としているところを、小春が駆けつけ、母親を見てガク然。
このまま番屋に突き出してくれと言う治兵衛に、悪いのは母親、自分も生きる望み
はない、それならいっしょに死にたい、と小春。
こんな男に、そう言うてくれるんか~。
うーん。なんちゅう情けない顔。
でも、これが愛之助さん♪
切なく苦しそうな、やつれた表情の治兵衛。前半とは違った色気が匂い立ちます♪
こういう場面では哀感こめたり、強弱・緩急つけたり、歌舞伎らしい台詞回しで言
葉をじっくり聞かせてくれる、それがまたたまりませぬ~。
人殺しから道行まで、床にポタポタ落ちていたのは汗? それとも涙?
ふと聞こえてくるのは、寒稽古中の竹本の浄瑠璃の声。
~ この世の名残り 夜も名残り 死にに行く身をたとうれば ~
「曾根崎心中やなあ」「わてらも浄瑠璃になるやろか」と言いつつ、二人は道行へ。
月明かりの橋の上に立つ二人。雪が降っている。
欄干の両側をそれぞれ見渡しながら、橋の真ん中へ。
「悪い星に生まれました。自分で自分の始末をいたします。店をお守りいたします。
どうぞお頼み申します」と手を合わす治兵衛。
絶望した人間の、力のないかぼそい声に、涙。
「おさんさん、堪忍しとくなはれ」と小春が手を合わすと、今度はおさん、おさん、
と言い続ける治兵衛。二人して体を寄せ合い、死出の旅へ。(幕)
映画と違って、心中そのものを見せないところが一瞬物足りない気がしたけれど、
最後の最後におさんの名前を呼び続ける治兵衛が、かえってあわれだった。
歌舞伎とも文楽とも、蜷川作品とも違う、新派の心中物。
舞台の下手端に花道があって様式美も感じられ、歌舞伎の世話物に近い感じがした。
愛之助さんについては上方言葉ができて当たり前だった舞台で、予想以上の好演に
びっくり。昼夜2回公演でほぼ出ずっぱり。役柄上、さぞかしストレスがたまった
のではといらぬ心配をしてしまう(笑)。
なお、人殺しをしてしまった淀川べりの船着場は、今年の「七月大歌舞伎」船乗り
込みの出発地点だったところなんですねぇ。
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全くもー治兵衛と来たら、男っちゅう奴はもー(怒)
愛之助さんにそんな引き出しがあったのも、ちょっと複雑…。それだけ上手い役者さんなんでしょーがねぇ
そして、後援会より魅惑のお誘いが来ていましたねぇ。ムンパリさん、またぐらつきそうでないですか?
先着順ですと。ぐらぐらぐら~んですわいねぇ。
あぁ、ここでも(涙)(涙)
映像に残らないかもしれないので、またまた詳細に書いてみました。
前半はすご~く笑わせてくれるんですよ。
後半はどこを向いても切なく、苦しいです。
愛之助さん、歌舞伎の時とは違う引き出しを使ったかも、ね!(笑)
はい、来ましたね!
こういう誘惑のたびごとに、遊女にいれあげる男の人の気持ちがよく
わかります~(爆)。今回も舞台を見ながらチクッと・・・。
ぐらぐらぐら~んに揺れても今回はどーにもなりませんの(涙)。
舞台としてかなり良い出来だったようですね。拝読していて愛之助さんのセリフが聞こえてくるようでした♪
暑かった8月に東京に何度お見えになったのでしょう?納涼の愛陀の記事も読ませていただきました。現代人の私たちは多種多様な演劇から見たいものを選べるために、かえって「歌舞伎」を「こういうもの」ととても保守的に見ているのかなーと感じています。歌舞伎俳優が演じればすべて歌舞伎、という持論の役者さんも多いようですし(勘三郎さんも確かそうです)、歌舞伎座で演じられる新歌舞伎などでも歌舞伎と感じられない観客も多い。コクーンその他で試験的実験的に上演されるのはWelcomeでも、歌舞伎座ではちょっと・・・と感じてしまう私たち、かなりガンコで「古典歌舞伎」に愛着してるんだかなぁと改めて思ってしまうのでした。てか、だからこそ数百年生き残ってきた演目なのだと。
長々とエラソウにすみません~(汗)
新派だからとあまり意識せず、予備知識もなく見ましたが、
やはり皆さん、実力のある役者さんばかりでしたね。
愛之助さんのおかげで、今まで知らなかった世界にも
足を踏み入れてしまいました(笑)。
> かえって「歌舞伎」を「こういうもの」ととても
> 保守的に見ているのかなーと感じています。
cocoさんのようにたくさんご覧になってる方もそうですか?
私のような歌舞伎ビギナーは特に、歌舞伎の全地平を見たこと
がないためにどうしても視野が狭くなってしまい、つい自分が
見たことあるもの、読んだことあるものと比較してしまいます。
もしかしたら、歌舞伎の創世記の頃はもっと自由だったかも・・・
なんて思ったりもするのですが。
> コクーンその他で試験的実験的に上演されるのはWelcomeでも
> 歌舞伎座ではちょっと???と感じてしまう私たち、
はい、その通りです。
頭が固いのかもしれませんが、その劇場に合う、合わないって
大事なことだと思うんです。
今回も歌舞伎座でなければ手放しで喜んでいたかも!(笑)
> だからこそ数百年生き残ってきた演目なのだと。
それです、それです。
ただ古いから素晴しいのではなく、繰り返し上演される演目には
それなりの魅力があるから観に行くんだと思います。
とかナントカ言いつつも、歌舞伎ってやっぱりいいなあ~という
結論に落ち着くのですがね~♪
楽しみに待ってたので早々に読ませていただいたのに、
コメントがこんなに遅くなってごめんなさい。
いやあ、素晴らしい!もうすっかり観た気分です(笑)
治兵衛の台詞が、ちゃ~んと愛之助さんのやわらかい
上方言葉で聴こえてくるんだもの!
表情だって見えてくる感じ。
しょ~もない話だけど、すっきやなあ♪こういうお話(笑)
現代劇なら完全拒否モードだと思うんだけど。
やっぱり映像にはならないよね・・
デジカメニュースの映像を大切にしときます♪
もうご覧になられました?
内容は相当端折ってるし、台詞は全くウロ覚えですが、感じが
伝わればいいなと思います。
心中の理由ですが、原作では女どうしの義理が絡んでけっきょく
は心中を選ぶわけだけど、こちらは人殺しまでしてしまったと
いう切羽詰まった状況から死を選ぶので、新派版のほうが現代人
にもわかりやすい展開になっているようです。
デジカメニュースは見ることができました。舞台映像もあるし、
もちろん保存版です♪