先日、[幸福の芽blogの内容について2024.9.22]を記載しました。
その中でひふみ神示の岡本天明氏が晩年、妻の三典氏に[次の世のカタが他に出ているようだ]とつぶやいたそうです。私は天明氏がそのように言った頃に生まれていますと書きました。
この[次の世のカタが他に出ているようだ]について書いていきます。
読者の皆様はこの【次の世のカタ】についてどのように捉えますか。
次の世のカタ、次の世の方、次の世の型…。ひふみ神示の中と関係ある【次の世のカタ】と言いますと【人】か【みろくの世の型】だと思われるのではないでしょうか。私はそう思っていました。
次の世の方(かた)としたらそれは誰か、妻の三典氏は岡本天明氏からこの言葉を聞いてそれに該当する人を探したそうです。三典氏はカタ=【人】と捉えていました。私は以前から天之御中主神から教えや導きを頂いていてその後、神から「蓮みろく」という名前を頂いた私だと捉えました。
次の世の型としたら世の中のあり方と捉えることができますが【次の世の生活の型】として捉えることもできるのではないでしょうか。日常生活や食生活です。
岡本天明氏の自動書記により書かれた日月神示は1944年6月から、昭和19年という終戦の前の年から始まりました。当時は統制と配給により物資はほとんど無い状態です。また新聞やラジオが主な情報元でした。
このような統制と配給の社会の時の日常生活と現代の日常生活は同じではないでしょう。
後でこのことについて書きます。
【次の世の型】としたら、ひふみ神示には【みろくの世】について幾つも書かれています。
ひとことで言えば、まず5次元(善人界)以上の霊界相当の神の国になる、皆が神を信じ、互いに調和して生きている光の世界です。お金や衣類、仕事のことなども書かれていますがそれが実現するのは大峠後になると書かれています。今は大峠前の非常に大変な社会ですから社会的な生活でみろくの世に合わせて生活することはできません。もしそれができるというならほんのわずかな一部の人ではないでしょうか。
以前にも書きましたが現在は玉石混交よりもっと大変な様々な人と関わる終末期の激動の時代ですから、ひふみ神示を読んで後に来る【みろくの世】そのものの生き方をしようとすると苦しんだり、無理があったりしますし、一部の人以外は生活できないかもしれません。今は終末期、大峠後の世界に希望を持ってみろくの世に向かう過程だと捉え、いろんな変化に対応する必要があります。それで一時的に宗教という形を取りますと私はみろく信仰グループ(みろくFG)の宣言をしました。
神道は教えが無い、宗教じゃないと言う方がおられますがどうでしょうか。何かこれ自体が洗脳の文言のようにも聞こえます。教えが無いがどのようなものでしょうか。宗教じゃないけれどどのようなものなのでしょうか。日本には八百万の神々がおられ、三貴神という神が存在し、天照大神が日本の神と言われています。また神社があり、習わしがあります。気高く和を大切にする、また日常では先に行く者の背中を見て覚えよというものでしょうか。
これは日本以外から見ると宗教だと思います。神道が宗教ではないと言うのは万教帰一が教えだからではないでしょうか。万教帰一を主に説いたのは大本教から出た生長の家の谷口雅春氏だと思います。根本なる神は厳然として在り、元は一つであるから宗教としてカテゴリするのは違う、だから宗教では無い、しかし他の宗教から見ると神の名は違い一神教だがこの世の成り立ちのその考え方は一緒だと言うでしょう。神道は教えが無いと言ったのは何故でしょうか。神道が宗教でないという考え方は日本の国民全員が根源なる神を信じていなければ成り立ちません。
また現代社会では宗教自体が神話のようになった無神論というものもあります。
このことについてひふみ神示には神道の神、国常立神によりこれは【道】であると書かれています。【道】とは何でしょうか。【道】とは人の生きる道ですからそこには教えが存在します。【道】と言えば道教がありますが道教による道ではなく、日本本来の人として生きる道、神の存在を信じ、信仰を持って日々身魂磨きをして正しく生きようとする【道】だと思います。
教会や集いを作るなと言う人がいます。ひふみ神示が自動書記で下りていた時代です。初期の当時ひふみ神示を読んで神がかりとなって岡本天明氏を蔑ろにしたり、自分が神人だと言って教会を作ったり集いを行ったりすることはよくみられたのではないでしょうか。ひふみ神示に初期の段階で教会や集いを作るなと書かれているのは国常立神がひふみ神示の【ふで】、すなわち法がねじ曲がってしまうことを防ぎたかったからだと思います。
現社会はどうでしょう。日月神示は既に多くの方が解釈して多くの書籍を書いています。小さな教会や集いがたくさんあり、神道系の団体でも日月神示を信じるという方々も存在すると思います。一部に熱心にひふみ神示に書かれていることを実践している方々はおられるでしょうが、むしろ教会や集いを作るなと言い続ける方々は自分たちが他の教会や集いを行っている方々ではないでしょうか。
現時点で【次の世の型】は決まった型に当てはめていくものではなく、この時代に生きている人々や森羅万象全てが時代の激流の中で見出し、創り出していくものだと思います。その変化によってまた変化が生まれます。
ひふみ神示は預言書でもあり、指南書です。そして私はそれを解釈して書いています。激流の中と書きましたが大峠に向かって一人ひとりの身魂が影響し合い、その発する心が影響し合い進んでいきます。
以前、私はひふみ神示の修行について書いた記事があります
現代の悟りに至る道 https://blog.goo.ne.jp/mren33/e/6ff515cbb8a8aa286d158cadd57052eb
ひふみ神示~悟りに至る道 https://blog.goo.ne.jp/mren33/e/0309b178cef659f8e407070536c41da8
maitreyaとみろくの解毒作用 https://blog.goo.ne.jp/mren33/e/5081fc4d604c77b5a097ef2f8084d855
(ひふみ神示にみろくの解毒作用について書かれていました、【心の梅干し】です)
身魂磨きと神人 https://blog.goo.ne.jp/mren33/e/7df687da214afc7005f09004f996fbd5
身魂磨きと神人2 https://blog.goo.ne.jp/mren33/e/6cfc070e3c47c55cd700b6c435b26e69
続きは次の記事にします。
私のことですが省みて20歳前後のことは悔やまれることは多いです。私は24歳の頃、霊的な渦の中で[正しさとは何か]と神の言葉を聞き、前後裁断して神理探究の道に入って35年程経ちました。一時はあまりの厳しさに逃げ出したいと思い結婚に逃れようとしましたがそれから30年余り月日が経ちました。この35年程の期間、私は正しさと神理探究を行いずっと神と共にあります。そして随分前ですがひふみ神示にあるように厳しくも温かい神と結婚し家族となりました。私はその時に指輪を頂き、ずっと左手薬指にしています。
みろくの世 miroku_F_G 蓮みろく