(写真は、修善寺温泉の紅葉)
今年の「紅葉狩り」は、久し振りで、静岡県の
「修善寺温泉」へ電車で行って来ました。
新横浜 →(新幹線)→ 三島 →(伊豆箱根
鉄道 35分)→ 修善寺 →(バス 10分)
→ 修善寺温泉
「修善寺温泉」は、伊豆最古の温泉と言われる
温泉郷で、三方を山で囲まれ、桂川の渓谷ぞいに
旅館が立ち並び、賑やかながら落ち着いた情緒を
持つ街です。
先ず、”修善寺”温泉の中心である"修禅寺"に
お参りします。
平安時代初期の807年、修禅寺は、弘法大師
によって開創されました。
次に、修善寺の温泉街を散策します。
写真は、ミシュランガイドブックにも掲載された、
温泉街の中心を流れる桂川沿いの400メートルの
遊歩道「竹林の小径」です。
桂川の渓谷ぞいの遊歩道を散策します。
下の写真の中央は、温泉街の中心を流れる桂川
河畔に湧く修善寺温泉発祥の「独鈷(とっこ)
の湯」です。
807年、弘法大師が桂川で病父の身体を洗う少年
を見て心うたれ、手に持ったトッコ(仏具)
で川の岩を砕き、霊湯を湧出させ、父子に
温泉療法を伝授したそうです。
次頁の写真の左側が外湯の「筥湯(はこゆ)」
で、右側は筥湯の望楼(無料)で、その下の
写真の様に修善寺の町並みが一望出来ます。
宿泊は、以前から泊まりたいと思っていた、
修善寺温泉バス亭前の「湯回廊 菊屋」に
しました。
(1泊2食付:22,000円)
「菊屋」の歴史は古く、創業は380年を超え、戊辰
戦争の総大将・有栖川宮熾仁親王、幼少のときの
昭和天皇をはじめ、多くの皇族が宿泊されました。
そして、明治43年、「夏目漱石」が、胃潰瘍の
転地療養のためにここ菊屋に逗留しました。
しかし、菊屋での転地療養は思わしくなく、
大量の血を吐いて意識を失い、危篤状態に
なります。
これを漱石の「修善寺の大患」と呼ぶそうです。
漱石は、かろうじて生死の縁から甦りますが、
この大病は、その後の人生観や「明暗」などの
作風に大きく影響を与えたそうです。
そして、回復した際の「思ひ出す事など」には、
以下の様に書かれています。
「病に生き還ると共に、心に生き還った。余は病に
謝した。又、余のために是程の手間と時間と親切
とを惜しまざる人々に謝した。さうして願わくは
善良な人間になりたいと考へた。」
このとき漱石が使用した硯などが菊屋に展示
されています。(上の写真)
更に、夏目漱石が宿泊した「梅の間」は、
そのまま残されており、予約すれば誰でも
泊まれます。
(梅の間:菊屋のパンフレットから)
菊屋のフロントを奥へ進むと、眼下に桂川を見る
ことができる廊下を渡り、水のせせらぎを聴き
ながら回廊を歩きます。
敷地内の池を取り囲むように建物があり、
それぞれの建物が回廊によって繋がっています。
(菊屋のパンフレットから)
夕食は、地元の食材を使った会席スタイルで、
包丁細工を施された料理はどれも手が込んでいて、
見ても楽しい料理です。
(菊屋のパンフレットから)
夏目漱石が愛した菊屋は、明治から大正、昭和、
平成と歴史をつむいできた旅館で、静かでとても
落ち着いた雰囲気です。
料理、温泉、サービスと、どれも行き届いていて、
お勧めの旅館です。
(朝食)