(写真は、運慶作の毘沙門天像)
関西に住む友人が上京し、「運慶作の五体の
仏像」を観たいというので、一緒に、逗子
(横須賀市)の浄楽寺へ行って来ました。
(拝観には、事前予約が必要)
(JR逗子駅)
JR横須賀線の逗子駅で降りて、長井・大楠芦名口
方面行きの京急バスで約40分、「浄楽寺」バス停
で下車します。
浄楽寺の境内には、近代郵便の創始者である前島
密の墓もあるそうです。
浄楽寺は、1189年に、鎌倉幕府創設初期の有力者
である侍所・別当の和田義盛が建立したそうです。
和田義盛は、源頼朝の挙兵に従った武将です。
頼朝亡き後は、御家人の権力争いで北条義時と
対立し、由比ヶ浜の和田合戦で討ち死にしました。
浄楽寺の阿弥陀三尊像・不動明王像・毘沙門天像
は、運慶の真作として確認されています。
しかも、運慶作と確認されたのは、昭和34年と、
比較的最近だそうです。
鎌倉にも運慶作と伝わる仏像が数多くありますが、
運慶の真作として確認されているものはありません。
毘沙門天像の胎内にあった銘札から、運慶が義盛
と夫人のために造立したことが判明しています。
運慶作の仏像は、男性的で力強く、身にまとう
衣の”ひだ”も、まるで水が渦を巻く様に深い
のが特徴だそうです。
浄楽寺の本堂の右手を奥に進むと、本堂の裏手に
五体の仏像の収蔵庫がありました。
高床でコンクリート造りの収蔵庫の扉には、
厳重に鍵が掛けられていました。
住職さんに鍵を開けてもらい、色々と質問し
ながら、「運慶作の五体の仏像」をゆったりと
拝観します。(拝観料 100円)
(お寺のパンフレットによると、毎年3/3、10/19
の2回のみ開帳されるみたいです。)
写真撮影は禁止なので、以下の写真は、お寺で
売っている絵葉書の写真です。
以下の3枚の写真は、いずれもヒノキ造りの
阿弥陀三尊像で、上から、阿弥陀如来、観音
菩薩、勢至菩薩の順です。
阿弥陀如来は、近くで観ると、想像よりも大きく
迫力があり、優しいお顔をしていらっしゃいます。
以下の2枚の写真の不動明王と毘沙門天は、全身
が写実的で実在感があり、ポーズは躍動感があり、
形相はすごい迫力で、玉眼(水晶の目)が凄みを
増しています。
(不動明王像)
(毘沙門天像)
運慶は奈良の仏師なのに、何故、逗子に運慶作の
仏像があるのか、というのが大きな歴史上の問題
です。
上の写真の毘沙門天像の、はち切れんばかりの
リアルな肉体から、現在は、運慶が東国に来て、
初めて見た東国武将を彫刻したのではないか、
と言われています。
毘沙門天と言えば、戦国武将の上杉謙信は、自ら
を毘沙門天の生まれ変わりと考えていました。
これは、毘沙門天が北方の守護神であるため、
自分の国(越後)は京都から見て北の方角にある
ので、朝廷に対して、都の北をお守りします、
という気持ちがあったからだ、と言われています。
逗子の浄楽寺から、いったん、横須賀へ戻ります。
横須賀へ戻ったついでに、「戦艦三笠」と
「横須賀軍港めぐり」に寄り道してから、横浜へ
帰ります。
「戦艦三笠」(500円)
(副砲の操砲風景)
戦艦三笠は、日露戦争中、東郷平八郎が指揮した
連合艦隊の旗艦であり、明治38年、日本海海戦に
おいて、ロシアのバルチック艦隊38隻を撃滅しました。
「YOKOSUKA軍港めぐり」(1,200円)
横須賀ダイエーの脇に「YOKOSUKA軍港
めぐり」の汐入船乗り場があります。
一時間毎の出航で、結構人気のクルーズみたい
なので、休日は予約してから行った方が良さそう
です。
横須賀港と田浦港を、45分で遊覧します。
米軍や海上自衛隊の空母、潜水艦、イージス艦
などを真近に見ることが出来ます!
各艦の1隻毎の説明、湾岸の米軍、自衛隊、
研究所、工場などの説明も面白いです。
艦船に書かれている数字の意味等、ガイドの
おじさんの分かり易く、よどみの無い説明は、
なかなかのものです!
(空母ジョージワシントン)
(潜水艦)
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