トーキング・マイノリティ

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イラン人が見た明治の日本 その②

2007-04-17 21:21:02 | 読書/日本史
その①の続き
  清廉潔白さは役人ばかりか庶民も同じであり、ヘダーヤトは京都のリンゴ売りの話を挙げている。彼らは町でリンゴ売りの老女の籠に50銭を施しのつもりで入 れたが、彼女は彼らの後を追ってきて「このようなお金は貰えません」と言い、金を返す。そこで彼らは50銭分のリンゴを買うことにした。ヘダーヤトは書 く。「日本には乞食がいない。中国には沢山いたが」。

 一行は学校も見学 し、日本の教育の実態を目の当たりにする。彼らは東京で女学校を見学し、女学生の生き生きした姿に感銘を覚え、さらに日本の学校の多さと日本人の教育に対 する熱意に驚く。愛国心の強さも彼らの目を引いた。日露戦争直前の背景もあるにせよ、ヘダーヤトにはそれが強く感じられた。京都では町内中、家を正月のよ うに飾り立て出征兵士を送る様を見ているが、現代なら軍国主義と一括りにされる状態を、ヘダーヤトはこれを統一国家としての日本と見ている。

 中国は国の主人が誰か分からないほど無秩序で混乱しているが、日本人は愛国心があり、秩序ある国で、自らが国の主人であったとまで書いている。ヘダーヤトは中国と比較して日本を描いているが、中国をイランと置き換えて考えていたのだろう。
 また東京では陸軍大学校も見学するが、学生の士気の高さから愛国心の強さを感じたそうだ。アターバクらとの会話で、ロシアと戦えば日本は負けると誰もが言うのに対し、ヘダーヤトは「日本はロシア戦に必ず勝つ」と主張した。彼は旅で見てきたロシアと日本との間に大きな違いを感じたのだろうが、それなら仲間も同じであり、慧眼の持ち主というべきか。

  一行の最大の関心は、日本の国造りの成功の秘密はどこにあるのか、ということだった。彼らは伊藤博文の別荘を訪れた時、日本の発展はその政策によるものと 思われるが、何から着手したのか尋ねる。伊藤の回答はこうだった。人材養成を第一に考え、留学生を欧米に派遣して専門家を養成し、それぞれの分野で彼らに 国造りの指導者として重要な役割を演じさせた、さらに各種の学校を作り、教育水準の向上に努めた、と。ヘダーヤト自身も人材養成の必要性を痛感していた が、宗教界の力の強いイランでは日本のような道を辿れなかった。

 日本では国産品が店にあふれているのを見て、彼らは工業化の進展に驚き、それは教育の発達の結果であるのを知る。日本はどの分野であれ、外国に依存する必要が既になくなっていた。首相桂太郎との会見では、イラン同様不平等条約に縛られていた日本が法制改革を行い、不平等撤廃を成功させた経緯を聞く。1903年12月13日には明治天皇に拝謁する。

  日本滞在の後渡米したヘダーヤトはその後、中東に向かいメッカ巡礼を果たし、さらに欧州を廻ってからイランに帰る。帰国後は陸軍大学校長になった他、立憲 革命期には憲法草案作成に参画、そして法務大臣、教育大臣、大蔵大臣、上院議員等国の要職を歴任、政治家として名を成したばかりか、ガージャール朝史に関する価値の高い著作を残している。

 日本は欧州を手本に発展の道を辿っているが、文明の害毒は未だ日本を蝕んでおらず、日本古来の武士道精神をはじめ、固有の風習を維持しているとヘダーヤトは見ている。日本ではアヘンの吸飲が厳禁されていることも、日本の覚醒の一つに数えている。彼は言う。
日本はアジアの国であるが、我々のように眠っていない

 ヘダーヤトが来日した時代から一世紀経た現代日本を、彼があの世で見たらどう思うだろう。文明の害毒にすっかり蝕まれ、武士道精神をはじめ固有の風習は廃れ、過去の成功を夢見て眠っている日本を。

■参考:「中東世界」世界思想社

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6 コメント

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Unknown (のらくろ)
2007-04-18 06:25:44
>ヘダーヤトが来日した時代から一世紀経た現代日本を、彼があの世で見たらどう思うだろう。文明の害毒にすっかり蝕まれ、武士道精神をはじめ固有の風習は廃れ、過去の成功を夢見て眠っている日本を。

ヘダーヤトが表層しか見えなくなっていればそのような事態を嘆くことでしょうが、多分下記のような自称も見逃さず、「日本、未だ堕してはおらず」と思うのではないでしょうか。

「男たちの大和」の撮影オーディションに臨んだ、当時の兵隊と同年代の今の若者は、当初こそイマドキよろしくヘラヘラしていたそうだが、撮影が繰り返されると次第に往時の兵士の顔つきへと変わって言ったと当時中学生だった日下公人氏はその著書で記す。その中の一人が「当時にあって今にないもの、それがなんだったのかずっと考えてきてようやくわかりました」と監督などの年配者に言った、何かと問うたら「それば道徳です」との答えが返ってきた。そしてこう付け加えた。「当時の私たちと同じ世代の若い兵隊があのような過酷な戦場に送られ死んでいったことを思うと、私たちもあだやおろそかに演ずることはできません」。この言葉どおり、「男たちの大和」は大ヒット映画となった。

無名の駆け出し俳優がこうである。大枚引っつかんで大根役者にしかなれない半島や大陸の者どもとは人間の出来が違う。ヘダーヤトならそこまでキチンと今の日本をチェックしていくものと考えます。
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男たちの大和 (mugi)
2007-04-18 21:45:42
>のらくろさん
「男たちの大和」は映画館で鑑賞しましたが、撮影時の裏話は初耳でした。
今の若者は…これは昔からよく言われることですが、現代の軽薄な日本の若者にも、未だに紹介されたような気骨が残っていたとは救われます。どうもメディアに映るいかにも頭の軽そうな若者ばかり見ていると(またそのようなタイプばかり好んで取り上げるような)、本当に豊かになりすぎて、日本の若者は劣化したのか、と絶望させられる思いでしたから。

私がヘダーヤトの視点がスゴイと思ったのは、他の仲間たちは日本は負けると予想していたのに、彼だけが違った事。実際日露戦争開戦前に、日本が勝つと見た少数の外国人がいたそうです。見える者には見えたのでしょう。
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有難う御座いました (佐久間象川)
2007-04-19 02:52:30
mugi様、
TBで押付けたシツモンにご返事を頂き、有難う御座いました。
我々仲間の内で議論し、話題になった事柄と非常に近いお考えを伺って、先ずは安心しました。
個人の短い人生からは学びきれないものを、書物を通じて歴史から学び取るものだと、教えられて育ち、その様に信じてきました。

日露戦争にしても、第二次世界大戦にしても、開戦の前に既に、その戦争の経過を予想し、見通していた何人かの人物が居た事を知ると、私等ボンクラには驚きです。
彼らもきっと、歴史から学んだのだと思います。

ヤクザな現実生活のうちで、ロクに本も読まずに馬齢を重ねて老人になったものだから、読書家であり、歴史に趣味を持つmugi様のご見解を拝聴したかったのでした。

医者でも、弁護士でも、遊芸の師匠でも、情報を与えてもらう時には、それなりの謝礼を支払うべきものだと思いますが、無報酬でお使い立てして失礼しました。
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一世紀 (mugi)
2007-04-19 21:43:05
佐久間様、
こちらこそ、拙劣なコメントで申し訳ありませんでした。
ただ、このようなテーマだと、500字でも到底足りないと思います。私自身、何故たった一世紀の後、現代のようになってしまったか、とても疑問に感じております。これはブログ記事にもってこいのテーマですね。

「今時の若者は…」は古今東西よく言われる文句ですが、上記の「のらくろ」さんが紹介された駆け出しの若い俳優の例は救われる思いでした。もしかすると、日本のダメさを強調するマスコミにも問題があるかもしれません。
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Unknown (牛蒡剣)
2019-06-21 23:08:53
mUGIさんのコメント返しから見に来ました。
矢張りここでも 教育 清潔 清廉の印象を
強く感じてますね!100年たってもこういうところ
は変わらないんだなあと。
 しかし なんにせよ自分たちの国をよくする根底は
愛国心だなあと。盲目的で攻撃的なショービズム
では困りますが、愛国心がないと自国に対し責任が
持てなくなるんですね。

余談ですがのらくろさんの「男たちの大和」
みたいな話は結構あってオーストラリア映画
の「ココダ・トレイル」というww2の標高
4000mのスタンレー山脈での日豪軍の大激戦
をテーマにした映画で、日本軍人も敵ではなく
一人の人間として丁寧に描くことを目指した
作品ありました。この映画に参画した日本人
のリサーチャーの本をどっかで読んだんですが
そこでも、在豪の日本人をテキトーに雇ったのですが、日本側の演技指導者(この場合は日本軍の操典
に詳しい軍事アドヴァイザーですね)がココダ・トレイルの日本軍の戦いを説明すろと目の色が変わり、軍隊体験者が少なくないオーストラリア側
に遜色のない動きをするようになったと読んだ
記憶があります。日本人は案外次の戦争でも先の
戦争のようにいい意味でも悪い意味でもよく戦う
と思いますよ。ただこの映画どうやら日本では
見れないようで。
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牛蒡剣さんへ (mugi)
2019-06-22 21:52:50
 現代の日本人はそれほど愛国心が強いとは思えませんが、盲目的で攻撃的なショービズムを「愛国無罪」とするのは隣国だけではありません。第三世界はそれこそが「愛国心」の証と思っているのが大半です。

 オーストラリア映画「ココダ・トレイル」のエピソードは初めて知りました。ただ、スタンレー山脈と聞いて、松本零士の戦争漫画「ザ・コクピット」シリーズを思い出しました。シリーズに「スタンレーの魔女」という作品があり、舞台となったのはスタンレー山脈ですよね?「ザ・コクピット」も以前記事にしています。
https://blog.goo.ne.jp/mugi411/e/d33f79f51d25c5586682722b29cc0694
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