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イラン人が見た明治の日本 その①

2007-04-16 21:42:29 | 読書/日本史
 サーデク・ヘダーヤトは 現代イラン文学の巨星とされ、邦訳もある。その彼の祖父は一年間に及ぶ世界一周旅行の途中日本にも立ち寄り、帰国後は『メッカへの旅』を著した。日本滞在 は28日間に過ぎなかったが、305頁からなる紀行の約四分の一の79頁は日本の記述に当てられている。紀行に見える日露戦争開戦直前の日本の姿は実に興 味深い。

 明治に来日したヘダーヤトは1864年生まれで、14歳の時兄と共にベルリンに留学、帰国後は電信局長である父の元で働き、93年にガージャール朝の シャー(王)の侍従となり、98年からはアゼルバイジャン州税関・郵便局長の地位にあった人物。彼は19世紀末頃から20世紀初めまで宰相として権力を 誇ったアターバクとも親友であり、失脚したアターバクが国外に難を逃れた際、ヘダーヤトも同行する。アターバクは息子1人と5人の親友を伴って世界一周の 旅に出るが、ヘダーヤトは通訳に選ばれた。

 ヘダーヤト一行は日本に直行したのではなく、アターバクの宰相罷免後慌しくテヘランを脱出、 カスピ海の港から船でバクーに向かい、ここから鉄道でモスクワ入り、シベリア鉄道でアジアに向った。シベリア鉄道の旅の後旅順に着き、ついで船で青島に出 て、鉄道で天津、北京を訪れ、上海から長崎に向う。一行の長崎到着は明治36(1903)年12月9日だった。
 彼らは長崎を見物した後、船で京 都に行く。オリエンタル・ホテルに一泊し、六甲山麓の布引の滝や生田神社などを見物、翌日京都に向った。京都には3泊、12月14日東京に着き、東京には 22日間滞在、翌4年1月6日、アメリカに渡る。日露戦争開戦は同年2月10日である。

 ヘダーヤト一行の目を惹いたのは、日本人の生活の質素さだった。建築資材や豪華さの価値基準の違いがあるにせよ、御所も皇居も質素に見え、絢爛豪華な宮殿を見慣れている彼らには日本の素朴さは理解を超えた。
  質素さと共に日本人の清潔さも指摘する。日本では何処に行ってもきれいであり、神戸税関長の部屋は整理整頓され、塵一つ落ちていない。神戸のオリエンタ ル・ホテルも掃除が行き届いており、東京の帝国ホテルは部屋広く、清潔で、調度品は質素だった。また、日本人は入浴好きで、毎日風呂に入っているとも書い ている。

 彼らは役人の優秀さに感心する。長崎の検疫所での役人の対応、神戸の税官吏と市の役人の応接に感激し、その優秀さはロシア、中 国の役人の比ではない、という。さらに彼らを感激させたのは、日本人の清廉潔白さであった。彼らの知る世界では何処でも心づけを必要とした。しかし、日本 では誰もチップを受け取らず、誠実に職務を遂行していた。

 例えば一行が京都を離れる日、政府が付けた通訳に何か記念になるものを買うよ うにと百円渡そうとするが、彼は上司の許可がないからと言って受け取らない。アターバクは上司の許可を自分が必ず取るからとりあえず受け取ってくれ、もし 許可されないなら東京に送ってくれたらいい、と言い百円を押し付けて別れる。何日かして東京のホテルに上司の許可が下りたので有難く頂戴したとの丁重な礼 状が届いたとか。
 また東京では通訳にロシアで買ってきた指輪を記念に渡そうとしたが、この通訳も許可が要るとして固持する。しかし、翌日上司の 許可が貰えたと言い、結婚が決まっていた彼は大変喜んで指輪を受け取ったと通訳の人となりを記している。日本では当り前でも、このようなケースは中国やロ シア、またイランでは考えられないことだった。
その②に続く

■参考:「中東世界」世界思想社

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6 コメント

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シツモン (二人のピアニスト)
2007-04-17 08:25:50
この同じ時代に日本を訪れた外国人の多くが、日本人の国民性を高く評価していたのに、たった一世紀の後の現在、その様でなくなったのは、何故でしょうか。
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ワイロをうけとらない役人はいまも日本の誇り (madi)
2007-04-17 16:02:28
物価の違いですが当時の100円はいまの3万円~10万円くらいの値打ちでしょうか。(封書料金3銭との対比)。これだと役人はうけとらなくてあたりまえという感じがしますね。
 いまもむかしもワイロを受け取らない役人があたりまえというのは日本の誇りではあります。
 日本のまわりには裁判官にワイロをわたすのが現実の問題になる国が複数ありますからねえ。
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それでも、日本人?? (Mars@ちょい)
2007-04-17 21:04:35
こんばんは、mugiさん。

恐らく、mugiさんがご紹介されたような美談を、美談と受け止められる事こそ、日本人故ではないでしょうか。
また、反対に、明治時代も、現在も、将来も、このような美談を、美談と受け止められない民族もいると思われます(ここでは、あえて指摘しませんが、某近隣諸国民とか(汗))。

今も昔も、賄賂を受ける日本人は少ないでしょうし、拝金主義がまかり通る現在では尚更でしょう。
ただ、そんなご時世でも、お金の為なら何をしてもいいとは思いませんし、お金の以上の何か価値観を見出そうとする日本人は、決して捨てたものではないと思います。

(ま、私はお金大好きな拝金主義者ですが、、、。それでも、お金だけではなく、仕事をまっとうしようとする姿勢には敬意を表します。)
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コメント、ありがとうございます (mugi)
2007-04-17 21:53:35
>二人のピアニストさん
貴方のような人生体験豊かな方でも疑問に感じられるのだから、私も現代はこうも変わってしまったのか不明です。
やはり敗戦のトラウマと戦後教育、豊かになりすぎた背景もあるとは思います。


>madiさん
仰るとおり明治36年の百円は現代に換算すれば相当な値打ちですが、それをポンと出すイランの要人の感覚がスゴイ。
ならば当時のイランや中国、ロシアはそれが当り前となりますね。
もちろん明治時代にも汚職役人はいましたが、他のアジア諸国の比ではありません。


>こんばんは、Mars@ちょいさん。
仰るとおり記事にした例を美談どころか、バカ正直と嘲る民族もいますね。
ヘダーヤトのようなイラン人はむしろ例外で、何と要領の悪い奴らだと腹の底では笑いそうな連中もいる。一族の成功者に一家郎党が群がるのは、西、南、東南、東アジア諸国では今も当り前であり、例外は日本くらいです。

役人の賄賂を派手に取り上げるマスゴミも、広告収入というかたちで真実を捻じ曲げて報道しています。
私自身も相当な拝金主義者ですが、金では買えないものがあると思います。
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Unknown (のらくろ)
2007-04-18 06:06:20
>役人の賄賂を派手に取り上げるマスゴミも、広告収入というかたちで真実を捻じ曲げて報道しています。

それとマスゴミは、他人に「規制緩和、規制緩和」と唱えながら、自らは再販制度、あるいは放送法という新規参入規制に思い切り保護されていますからね。あと記者クラブ制度。要するに日本のマスゴミ報道は、とんでもなくバイアスのかかったものだということを、いつも頭の隅に入れておいて新聞を読みテレビを視なければなりません。大卒初任給というものさしで比べたら、いまやマスゴミの給料が一番高いという状態ですから。国民投票法も大事だが、再販と放送法の廃止も国会で強行採決してもらいたいものです。
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「市民の声」代表 (mugi)
2007-04-18 21:43:55
>のらくろさん
仰るとおり新聞協会は再販制度を最大に活用しており、一番規制緩和の遅れた業界になってます。記者クラブ制度など、仲間内の保護と親睦を目的とする制度がある限り、横並び傾向が続くでしょう。

マスゴミは今や特権階級となってますね。そのくせ「市民の声」の代表面しているのだから、やりきれません。
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