1950年代の中国で紅楼夢論争が行われた。紅楼夢とは18世紀に書かれた長編小説で、貴族階級の賈(か)一族の栄耀栄華と凋落が描かれている。共産主義体制が始まったばかりといえマルクス主義者とは、文学においてもいかに大仰かつ滑稽で人間離れした解釈をするかの見本のようだ。
紅楼夢の主人公・賈宝玉は上流階級の坊ちゃま育ちらしく風流生活が好きでたまらない。色々な品物の中から好きなものを取らせる満一歳の運命占いで、彼は筆 や本など見向きもせず、白粉やかんざし、腕輪にまっすぐ手を伸ばしていじくり回し、親を嘆かせる。長じて十歳くらいになっても利発だがきかん気で、「女は水でできている、男は泥でできている。僕は女の子を見るとすーっといい気持ちになるんだけど、男を見ると臭くてむかむかするんだよ!」と言い放ち、「将来色魔になることは疑いない」と噂される少年だった。
賈宝玉と相思相愛の関係となる女主人公の林黛玉への心中の思いはこうである。
「他人が僕の心を知らないのはまだ許せるが、僕の眼中にも心中にも君しかいないということを、君までもが判らずに頭ごなしに僕を詰めるなんて…僕は時々刻々君のことばかり思っているのに、君の心の中には僕なんかいないというわけだ…」
この小説は清代の人々の心をつかみ、紅楼夢の世界にのめり込む「紅迷(紅楼夢マニア)」を多数生み出した。19世紀前半には「紅学」つまり紅楼夢学という 言葉さえ生まれたほどだ。民国時代になっても「新紅学派」は自然主義文学の傑作と評価しするが、この分析は文学作品を作者個人の所産とみる近代的文学観に 支えられていた。
これに対し、「新紅学派」をブルジョア階級主観唯心主義の反動的学説として激しい批判を行ったのが、1950年代の中国で紅楼夢論争だった。マルクス主義者の主張はこのようなものだった。
「紅楼夢の本質は当時の社会状況と切り離しては理解し得ない。当時は「乾隆盛世」の美名のもと、階級闘争が 先鋭化し封建専制統治が危機に陥っていた時代だった。紅楼夢の描くのはそうした中で腐敗の極に達し没落しつつある貴族階級の状況であり、封建礼教に押しつ ぶれされようとして反抗する青年男女の姿である。賈宝玉の「女は水、男は泥」論は男尊女卑の封建社会に反抗しようとする民主主義の崩芽である。封建道徳への反逆者として彼は林黛玉と心の通じ合うところがあったにも係らず、結局彼は封建道徳に従う薛宝釵と結婚せざるをえなかった。林黛玉の多愁多病も封建礼教のもと賈宝玉との愛を貫けなかった挫折の結果なのである。「新紅学派」の主張はこうした階級闘争の歴史に目をつぶり、紅楼夢を単なる個人の色恋沙汰の問題に矮小化するものである」
マルクス主義者とはこのような見方をするのか、と改めて大上段に構えた姿勢は興味深い。何でも階級闘争と結びつける愚にもつかぬ無味乾燥さが彼らの本質の ようだ。紅楼夢だけでなく他の文学へも解釈も似たようなものだった。例えば水滸伝の主人公が皇帝軍に馳せ参じたのは人民に対する裏切りか否かなど'80年 代も論じられていた。現代の大半の日本人なら「新紅学派」の解釈に共感する者が大半だろう。
中国明清史が専門の岸本美緒 氏は紅楼夢の主人公はじめ主な登場人物を「軟弱といえば軟弱だが、それは単に他人の言いなりになる気の弱さではなく、父親に折檻されても態度を改めなかった賈宝玉の如く、依怙地な美意識に支えられているといってもよい」と書いている。さらに紅楼夢が書かれた時代背景を岸本氏は、空疎な大言壮語や居丈高な建前論に対する嫌悪感、逆にいえば繊細で的確なもの、リアルで微妙なものに対する好み、とも分析していた。
それにしても、現代の日本では賈宝玉のように勉強が嫌いで、依怙地な美意識の持ち主である若者が何と多いのではないか!恋愛にしても「僕は君のことばかり 思っているのに、君の心の中には僕なんかいないというわけだ…」と普通女の子がやるような拗ねかた。甘やかされた坊ちゃんお嬢ちゃんが多いから、弱くて感 じやすい若者が主流になるのだろう。
■参考『世界の歴史12巻-明清と李朝の時代』中央公論社
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紅楼夢の主人公・賈宝玉は上流階級の坊ちゃま育ちらしく風流生活が好きでたまらない。色々な品物の中から好きなものを取らせる満一歳の運命占いで、彼は筆 や本など見向きもせず、白粉やかんざし、腕輪にまっすぐ手を伸ばしていじくり回し、親を嘆かせる。長じて十歳くらいになっても利発だがきかん気で、「女は水でできている、男は泥でできている。僕は女の子を見るとすーっといい気持ちになるんだけど、男を見ると臭くてむかむかするんだよ!」と言い放ち、「将来色魔になることは疑いない」と噂される少年だった。
賈宝玉と相思相愛の関係となる女主人公の林黛玉への心中の思いはこうである。
「他人が僕の心を知らないのはまだ許せるが、僕の眼中にも心中にも君しかいないということを、君までもが判らずに頭ごなしに僕を詰めるなんて…僕は時々刻々君のことばかり思っているのに、君の心の中には僕なんかいないというわけだ…」
この小説は清代の人々の心をつかみ、紅楼夢の世界にのめり込む「紅迷(紅楼夢マニア)」を多数生み出した。19世紀前半には「紅学」つまり紅楼夢学という 言葉さえ生まれたほどだ。民国時代になっても「新紅学派」は自然主義文学の傑作と評価しするが、この分析は文学作品を作者個人の所産とみる近代的文学観に 支えられていた。
これに対し、「新紅学派」をブルジョア階級主観唯心主義の反動的学説として激しい批判を行ったのが、1950年代の中国で紅楼夢論争だった。マルクス主義者の主張はこのようなものだった。
「紅楼夢の本質は当時の社会状況と切り離しては理解し得ない。当時は「乾隆盛世」の美名のもと、階級闘争が 先鋭化し封建専制統治が危機に陥っていた時代だった。紅楼夢の描くのはそうした中で腐敗の極に達し没落しつつある貴族階級の状況であり、封建礼教に押しつ ぶれされようとして反抗する青年男女の姿である。賈宝玉の「女は水、男は泥」論は男尊女卑の封建社会に反抗しようとする民主主義の崩芽である。封建道徳への反逆者として彼は林黛玉と心の通じ合うところがあったにも係らず、結局彼は封建道徳に従う薛宝釵と結婚せざるをえなかった。林黛玉の多愁多病も封建礼教のもと賈宝玉との愛を貫けなかった挫折の結果なのである。「新紅学派」の主張はこうした階級闘争の歴史に目をつぶり、紅楼夢を単なる個人の色恋沙汰の問題に矮小化するものである」
マルクス主義者とはこのような見方をするのか、と改めて大上段に構えた姿勢は興味深い。何でも階級闘争と結びつける愚にもつかぬ無味乾燥さが彼らの本質の ようだ。紅楼夢だけでなく他の文学へも解釈も似たようなものだった。例えば水滸伝の主人公が皇帝軍に馳せ参じたのは人民に対する裏切りか否かなど'80年 代も論じられていた。現代の大半の日本人なら「新紅学派」の解釈に共感する者が大半だろう。
中国明清史が専門の岸本美緒 氏は紅楼夢の主人公はじめ主な登場人物を「軟弱といえば軟弱だが、それは単に他人の言いなりになる気の弱さではなく、父親に折檻されても態度を改めなかった賈宝玉の如く、依怙地な美意識に支えられているといってもよい」と書いている。さらに紅楼夢が書かれた時代背景を岸本氏は、空疎な大言壮語や居丈高な建前論に対する嫌悪感、逆にいえば繊細で的確なもの、リアルで微妙なものに対する好み、とも分析していた。
それにしても、現代の日本では賈宝玉のように勉強が嫌いで、依怙地な美意識の持ち主である若者が何と多いのではないか!恋愛にしても「僕は君のことばかり 思っているのに、君の心の中には僕なんかいないというわけだ…」と普通女の子がやるような拗ねかた。甘やかされた坊ちゃんお嬢ちゃんが多いから、弱くて感 じやすい若者が主流になるのだろう。
■参考『世界の歴史12巻-明清と李朝の時代』中央公論社
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