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民衆十字軍

2006-09-20 21:18:00 | 読書/中東史
 これまで十字軍といえば、国王や騎士の業と考えられてきたが、実際は騎士階級ばかりか農民や都市民も含み、さらに夫婦そろって又は家族総出の門出であることが最近の研究で段々知られてきた。いわゆる農民十字軍と称される第1回十字軍(1096-99年)の部隊において、隠者ピエールに率いられた夥しい農民の集団が、各人肩に赤い十字架を縫い付け、家財道具を満載した貨車を引きエルサレムを目指している。従来の定説のように食い詰めたゴロツキ騎士が、豊かな東方に襲い掛かったのは一面的な説である。

 十字軍の提唱者・教皇ウルバヌス2世の呼びかけは、教皇自身も驚くほどの反響を巻き起こした。騎士ばかりではなく、貧しい民衆までもが十字軍に繰り出したことは、何よりも教皇を驚かせたという。農民たちは1096年の8月半ば、収穫が済むと続々と聖地を目指し歩き始める。この集団は何と10万人という規模に膨れ上がり、女子供も多く含まれていた。彼らは戦闘よりも聖地巡礼目的が強かった。
 民衆十字軍は同年秋、コンスタンティノープル(現イスタンブール)に到着するが、頭数は多くとも彼らは全く統制がとれておらず、道中彼らはライン地方でのユダヤ人虐殺やハンガリーでの略奪など、数々の狼藉を働いていた。ビザンチン側はこの無法者と化した群れにうろたえ、皇帝アレクシオス1世は厄払いとばかり民衆十字軍の一行を首都から追い出し、小アジアへ送り出した。それからしばらくして諸侯率いる騎士団が到着する。

 正規軍に当たる騎士団が到着し、いよいよ本格的な戦闘が始まるが、諸侯間の野心もあり占領したアンティオキア(現アンタキヤ、トルコ)の町を巡り、口論となる。それを不満とした民衆からなる兵士の間に、赤貧こそ救済の条件とする考えが広まった。彼らは「タフール団」という軍団を結成、十字軍の先鋒部隊としてイスラム社会を震撼させる。タフール団に武器らしい武器はなく、槍もなければ盾もなく、ただただ棍棒を振りかざし、神の加護のみを信じてがむしゃらに突き進むのだ。ムスリムと見れば容赦なく叩き斬り、戦いがすむと食人鬼と化して死体を貪り食う彼らの振舞いは、東方の人々だけでなく同行騎士団にも深い嫌悪感をかき立てた。

 1099年、十字軍はアンティオキアを陥落させ、翌年7月ついにエルサレムを占領する。イブン・アル・アシールというムスリムが、アンティオキアでの十字軍をこう記している。「フランク人は城門から市内になだれ込み、街中を荒らしまわってムスリムを皆殺しにした
 さらにエルサレムとなれば、地獄絵巻だった。ムスリムとユダヤ教徒は刺殺されるか、或いは焼き討ちにあった。略奪は殺戮は丸2日続き、生き延びたユダヤ教徒は奴隷に売り飛ばされ、ごく僅かなムスリムはかろうじてダマスカスに逃げおおせる。

 十字軍側もギョーム・ド・ティールという者がエルサレム包囲戦の記録を残しているので、抜粋したい。
諸侯は住民の大部分が城壁に避難したという噂を聞くと、騎士や歩兵を大勢引き連れてその場所に駆けつけ、居合わせた人々を容赦なく滅多切りにして、広間に異教徒の血の雨を降らせた。こうすることによって彼らは、聖域を穢した異教徒たちが今度は自分の血でその聖域を浄め、罪を犯したまさにその場で殺されるようにとの神意を実現したのである
 西欧で十字軍の細密画も多数描かれているが、どれも地獄絵そのものだ。切断された生首が舞い、血塗れの女子供の死体が裸で横たわっている。もちろん被害者はムスリム。このようなおぞましい絵を自慢げに描いているのか。

 近年十字軍研究で注目を集めているのは女性の役割だ。彼女らは戦地で夫を援けるため、飲料水を汲んで配ったり溝を埋めたり声援を送ったりしたという。シリア・パレスチナに定住した者たちは、騎士、農民、都市民問わず夫婦力をあわせて日常生活を営み、単身でやって来た者は現地女性(または現地男性)と結婚することも稀ではなかった。女性の権利皆無で、男に唯々諾々と従っていたというフェミニストの史観は間違いである。

 昨年十字軍を扱った映画『キングダム・オブ・ヘブン』が封切られた。ハリウッド大作らしく娯楽とビジュアルを重視するのは当然にせよ、この映画の主人公であるフランス人青年騎士バリアンは、西欧人がこうあってほしいと願う理想の騎士の姿だろう。美男で勇敢で信義に厚く、弱き者を守る…
 実際に第3回十字軍時代の1187年、エルサレム防衛を指揮したバリアン・ディブランというフランス人騎士がいたが、映画のモデルが彼なのは間違いない。妻子を亡くしてこの地に来たこと、エルサレム王妹とのロマンスは映画のフィクションだし、美男だったかは不明だが、信義を重んじムスリム側にも評判がよかったのは確かのようだ。映画では圧倒的多数の敵軍に対し、死力を尽くして戦いサラディンと交渉に持っていく戦略をとっているが、サラディンがバリアンの交渉に応じた理由は、要求が受け入れられないならば聖なるモスクを破壊する、と脅されたからだ。これにはサラディンも蒼くなり十字軍側との話合いに応じるが、映画では受け入れられない内容だろう。

 十字軍は暗黒の中世ゆえの狂信的暴挙だろうか?現代は逆にイスラム側が“十字軍化”しているようだ。若い民間人の人質の首を切断する画像を得意げにネット配信するのは、十字軍の蛮行を描いた西欧の細密画と基本的に同じ。数年くらい前、イスラエルに追われたパレスチナ過激派が聖墳墓教会に立て篭もり、要求を受け入れなければ教会を爆破すると脅したのは、十字軍時代のバリアンのやり方だ。
 宗教にすがり、狂信的になるのは現代人も変わらないのか。映画『キングダム・オブ・ヘブン』のバリアンに扮したオーランド・ブルームも何を思ったのか、創価学会などに入会しているのだ。
■参考:「十字軍」-知の再発見双書30、創元社

◆関連記事:「アラブが見た十字軍」「キングダム・オブ・ヘブン

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2 コメント

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イスラム (田中廉)
2016-11-14 12:49:58
少し不明の点がありますので教えてください。記事内に「数年前、イスラエルに追われたパレスチナ過激派が聖墳墓教会に立て篭もり、要求を受け入れなければ教会を爆破すると脅したのは、十字軍時代のバリアンのやり方だ。」とありましたが、爆破する云々の情報は本当でしょうか?いろいろ調べていますが情報源が見当たりません。できれば情報源を教えていただけますか?私はクリスチャンで4年ほど前に墳墓教会も訪問したこともありますが、「パレスチナ住民(大多数はイスラム教徒)が墳墓教会に逃げ込み、イスラエル兵が教会を銃撃し、死傷者が出た」ことは案内のクリスチャンから聞きましたが爆破云々は聞いていません。パレスチナの教会の信徒は全員がアラブの人で教会が爆破云々はイスラエル政府にとっては重要なことでないのではないでしょうか。それとイスラム教徒であろうとクリスチャンであろうとパレスチナ人は同じようにイスラエル政府から不当な扱いを受けていますし、パレスチナにおいては仲たがいはしていません。また、過激派と書かれていましたが、当時はインチファ-ダ-での抵抗運動でいわゆる「過激派」とじは区別すべきではないかと思います。
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Re:イスラム (mugi)
2016-11-14 21:36:30
>田中廉 氏、

 記事内での聖墳墓教会に立て篭もり、爆破すると脅したパレスチナ過激派の情報源は、河北新報の国際面からです。記事自体が2006-09-20、出来事がさらにそれ以前なので私の記憶もあいまいですが、情報源だけは憶えています。この場合のパレスチナ過激派とはムスリムです。ユダヤ教徒のイスラエル兵と同じく、ムスリムにとっても異教の施設である聖墳墓教会は重要なものではないのやら。
 ひょっとして、貴方は高校生ドラマーでしょうか?試に貴方の名を検索したら、同名の高校生ドラマーがいたことを知りました。同姓同名の人もいるでしょうが…

 それにしても、10年以上前の記事をチェック、コメントしてくるクリスチャンには苦笑させられます。他の歴史ブロガーさんもこぼしていましたが、キリスト教に少しでも批判的なことを書くと、早々に攻撃してくる輩が現れるとか。
 それでもはっきりクリスチャンと名乗る貴方はまだマシ。クリスチャンではないが、と嘘を言ってキリスト教擁護をしたり、仏教徒を騙る者までいる。だから私はクリスチャンが嫌いです。
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