『図説 妖怪画の系譜』(ふくろうの本/河出書房新社)を先日読了した。大寒の時期に妖怪画の話で呆れた方もいるだろうが、本書は図書館の特設コーナーに置かれていたので、図書館側でも妖怪画は季節を問わないようだ。
作者も一学者や作家ではなく、兵庫県立歴史博物館と京都国際マンガミュージアムが編集している。タイトル通り妖怪話よりも妖怪画の系譜を図説しているのであり、江戸時代の妖怪画から平成の妖怪マンガまで取り上げられている。
先ず作家・京極夏彦氏のコラム「「妖怪」と漫画―私たちの空間と娯楽」が掲載され、氏は通俗的「妖怪」とは、まさに「日本文化というゆるやかな括り」の産物と述べている。「妖怪」と漫画は、私たちの暮らしと切っても切り離せないところに根を持っている、と。
続いての概説のタイトルはズバリ「マンガの源流としての妖怪画」。執筆者の香川雅信氏は兵庫県立歴史博物館主査・学芸員とある(2009年初版本から)。本書で紹介されている妖怪画の半数以上は江戸時代の作品だが、それ等が現代のマンガの源流になっていることは意外に知られていないのかもしれない。
かつて妖怪とは自然の荒ぶる力が具現化してもので、恐怖の対象だった。しかし近世の都市においてはそれとは全く異なる新たな妖怪観が出てくる。それが人間を楽しませる、娯楽としての妖怪なのだ。江戸時代でも都市の住民にとって妖怪は自然の自然の荒ぶる力の象徴ではなく、こんな諺まであったほど。「野暮と化物は箱根の先」「ないものは金と化物」。
妖怪への恐怖が失われても無関心になったのではなく、純粋に見て楽しむ対象となり、妖怪画として視覚化され、作品が量産されることになった。本書には江戸時代の百鬼夜行絵巻(兵庫県立歴史博物館蔵)が載っているが、恐るべき化物というよりもギャグマンガのキャラクターそっくり。
江戸時代の浮世絵には数多くの妖怪画があり、与謝蕪村も妖怪絵巻を描いている。一コママンガや図鑑を思わせる作品やトリックアートの技を使った絵もあり、実に多彩な妖怪画があったのだ。そして驚いたのは、水木しげるの妖怪画談シリーズ(岩波新書)に載っている絵と同じ画が何点かあったこと。妖怪研究家でも有名な水木だから当然か。
掲載されている江戸時代の作品で最も印象的だったのは『稲生物怪録(いのうもののけろく)絵巻』。平田篤胤が稲生物怪録の名で紹介したため、この物語は広く知られるようになったそうだが、私は本書ではこの物語を初めて知った。
『稲生物怪録絵巻』には30日間に亘って屋敷に登場した様々な化物が描かれており、8点が本書に載っている。例えば1日目は巨大な一つ目の化物。逆さの女の首(3日目)、人の指が足になった石のカニ(5日目)、頭から湧き出す赤子(10日目)等を挙げるだけで独創的だ。ついに30日目には暖炉裏の灰が巨大な頭となり、ミミズを吐き出す始末。
これほどの怪奇現象がひと月続いても、稲生平太郎はくじけなかったというから16歳とは思えぬほど剛毅だ。彼の勇気を認めた化物の頭・山本五郎左衛門は眷属の化物を連れて去る。18世紀の作とは思えないほど奇想天外な怪奇話だ。
他におかしかったのは「神農絵巻」。神農とは中国の伝説上の帝王で、医学・薬学の祖とされている。ただ、この絵巻はその神農を主人公とした妖怪退治の物語になっていて、妖怪を倒す武器は何と「屁」なのだ。神農絵巻が載っているサイトもあり、神農一行が放屁して妖怪を倒す様はギャグマンガそのもので笑える。
屁で悪党をやっつける話など昭和時代のマンガにもありそうだが、江戸時代に既に源流があったのは驚いた。偶然の一致ではなく、昭和の作家たちは江戸時代の作品を見て着想したのかもしれない。
その二に続く
◆関連記事:「妖怪の日本地図」
例えば夜道を歩いていて、説明の付かない『何か分からないもの』に出会う、これは怖い。
急に足下に触れるものがあったり、後から付いてくる足音がする。
これらが『何か分からない』ままでは怖過ぎるので人間は、これらを分類して名前を付けようとする。
すなわち、前者は『すねこすり』、後者は『べとべとさん』の仕業となる。
名前が付くと、少し怖くなくなる。『ああ、すねこすりが出たな』とか『べとべとさんの仕業だな』と、それで納得してしまう。
更には対処法まで考案される。『べとべとさん先にお行き』と唱えると、後から付いてくる足音は消えるのだそうだ。
最後に何か分からなかったものに、画家たちの手で姿形が与えられると、もはや全然怖くなくなる。
名前と形を与えられた妖怪たちは、もはや滑稽でしかない。
こいつらは、酒の相手に丁度良さそうだ。
『どうだい、一杯やらないかい。』
>『べとべとさん先にお行き』
この対処法、水木しげるの本に出ていましたね。『何か分からないもの』に姿形を与えた画家たちは素晴らしい。
妖怪が酒の相手に丁度良いという発想は笑えました。尤も相手が相手だけにたらふく飲食されてツケを回されるかも。