前回、著作家・宇山卓栄氏が『「宗教」で読み解く世界史』で、「最近、イスラム教に関して、極論ともいうべき言説が流行してます」と「イスラム脅威論を煽る言説」を批判していたことを取り上げた。名指しこそしていなかったが、参考文献の真っ先に飯山陽氏の『イスラム2.0:SNSが変えた1400年の宗教観』(河出新書)が載っており、明らかに飯山氏が「イスラム教に関して、極論ともいうべき言説」の筆頭としている。
飯山氏の著書を読んでいるはずなのに、宇山氏は「Googleやネットがイスラム教徒の『コーラン』への接し方を激変させたなどという証拠はどこにもありません」とまで書いていた。
これに至っては曲解よりも捏造・歪曲に当たり、信用できないのこそ宇山氏である。そこで飯山氏の著書からSNSで炎上したエジプト一の宗教権威の例を挙げたい。
多少でもイスラムに関心のある方なら、エジプト・カイロにあるアズハル大学の名はご存知のはず。建立970年、世界最古の大学の一つのみならず、イスラム教スンナ派の最高教育機関としても世界的に知られる。この権威ある大学の総長タイイブ師がТV出演し、「一夫多妻は多くの場合、女性と子供にとって不公平だ」と発言したところ、SNSで一般信者が大激怒する炎上騒ぎになったことが第五章に載っている。
タイイブ師は番組内で、エジプト法で女性相続者の相続分が男性相続者の半分とされているのは改正されねばならない、なぜなら女性は我々社会の半分を構成しており、女性の利益を顧みないことは我々が片足で歩くようなものだからだ、と語った。
続けて、相続だけではなく結婚における女性への不公平も改正が必要で、結婚の基本は一夫多妻だと主張する者は間違っており、コーランにおける結婚の基本は「もしあなた方が公平にはできないかもしれないと恐れるならば一人だけ娶れ」、つまり一夫一婦制だと述べた。
というのもタイイブ師いわく、「一夫多妻は非常に多くの場合において女性と子供たちにとって不公平」だからであり、イスラム教徒には一人だけでなく二人目、三人目、四人目の女性と結婚する「自由」があるのではなく、一夫多妻が例外的に許可されるためには複数の妻に対して公平であることが条件とされる、公平にできないかもしれないという懸念がわずかでもあるなら一夫多妻は認められない、と論じた。
保守派の牙城のイメージのあるアズハル大学総長が、先のような発言をしていたのを意外に感じた日本人が多いだろう。密かに一夫多妻に憧れる日本人男性もいるだろうが、いくら大富豪でも実行するのは難しい。ちなみにタイイブ師の発言は2019年3月1日。
ТVでこの議論が放送されると、タイイブ師は一夫多妻を禁じようとしていると解釈した一般のイスラム教徒達が、一斉にSNSでタイイブ師を批判し始める。「黙れ!」「大嘘つき!」「無知蒙昧はもうたくさん」と、エジプト一の宗教権威に対して全く容赦のない罵詈雑言が浴びせられる。
というのは、この議論は有名なコーラン第4章3節「あなたがたがよいと思う2人、3人または4人の女を娶れ」に抵触すると理解されたからだ。Twitterには次のようなコメントが投稿される。
「アズハル総長が一夫多妻は不公平と論じるとは一体どういうことだ? 至高なる神が「あなたがたがよいと思う2人、3人または4人の女を娶れ」とおっしゃっているのに」
「啓示は貧乏な男にも金持ちの男にも4人の妻を娶ることを合法としている」
「イスラム法学者達はみな彼の見解に異議を唱えるはずだ」
「アズハル総長がこんなことを言うなんてありえない。強大なる神を畏れるべきだ。こんなことを言うなんて違法(ハラーム)だ」
試しに「アズハル大学 タイイブ師」で検索したら、飯山陽氏のブログ記事、「イスラム教権威の「一夫多妻は女性に不公平」発言に大衆大激怒」(2019年3月4日月曜日)がヒットした。記事にはちゃんとTwitterのコメントも引用されている。アラビア語なので全く読めないが、飯山氏がアラビア語の原文を読めるのは書くまでもない。
一方、宇山卓栄氏がアラビア語を解するのか極めて疑問だし、大半の日本人同様読めないだろう。飯山氏の引用だけで、在野のイスラム教徒のコーランの接し方の“証拠”が載っている。
インターネット時代のイスラム教徒は、かつての識字能力も論理的批判能力も持っていなかったイスラム教徒とは異なる。飯山氏は著書でこう述べる。
「彼らはもはや、政治権力に取り込まれ地位と名誉と給料を与えられ「偉い」ということにされている宗教権威が、テレビやモスクで説くイスラム教を盲目的に信じる従順な大衆ではないのです。彼らはインターネットを通じてやすやすと啓示にアクセスし、特定の問題について何が啓示に立脚した法規範であるかを見極める能力を身につけ、権威に「正しく」反駁できるようになったのです。」(186頁)
その二に続く
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