
『超常現象の科学/なぜ人は幽霊が見えるのか』(リチャード・ワイズマン著、文藝春秋)を先日興味深く読了した。学生時代の私は雑誌ムーの愛読者だったし、米国のТVドラマ『Xファイル』も大好きで見ていた。UFOや幽霊の存在には懐疑的だが、超常現象特集番組はよく見ていたし、結局オカルト好きなのだ。
行き付けの図書館のヤングアダルトコーナーに置かれていたのが目に入り、本書を借りてきた。表紙カバーの裏には「最先端科学実験が明かすヒトの認知システムの盲点」というコピーがあり、続いての紹介はこう。
・幽霊
イギリスの古い宮殿に夜な夜なあらわれる有名な幽霊の正体は、掃除夫だった。
・占い師
「百発百中の占い師」の正答率を計算すると、一般人のそれと変わらなかった。
・幽体離脱
ヒトの認知システムは混乱しやすい。鏡に映ったゴム製の義手を「自分の手」だと錯覚してしまう実験を紹介。
・念力と超能力
脳は「見たいもの」しか見ない。その虚を突くトリックをマスターすれば、誰でもスーパーマンになれる。
・予知夢と予言者
統計学の「大数の法則」とレム睡眠のからくりを知れば、予知夢などないことが証明される。
これら見出しだけで超常現象の正体が伺えるではないか。また本書に載っている著者の経歴も異色だった。
―1966年生まれ。英国ハートフォードシャー大学教授(心理学)。プロマジシャンとして活動後、ロンドン大学を卒業。エディンバラ大学にて博士号取得(心理学)。いわゆる超常体験、超自然現象の謎を科学的手法を用いて解明する研究によって国際的に知られている。
2002年、社会科学分野における一般読者向けのすぐれた業績を顕彰するジョセフ・リスター賞(英国科学協会)を受賞。疑似科学に鋭い批判を寄せるいっぽう、一般読者向けの科学書執筆やテレビ番組制作に携わるなど、幅広い啓蒙活動をおこなっている。
前職がプロマジシャンという大学教授というのも珍しく、日本ではまず考えられないだろう。最近の日本の大学では学生集めのために著名人を講師にすることも珍しくないが、みっちり心理学を学び、ついに博士号を取得して教授になった人物が著者。
序章「あなたの知らない世界へ」によれば、ワイズマン氏は十代の頃には覚えた手品のレパートリーが数十種類になり、権威あるマジック・サークルの歳少年メンバーとなったというから、マジシャンとしてもなかなかだったようだ。
著者はズバリ、「目の前で起きたできごとを客に誤解させるコツを心得ているのがマジシャン」という。著者と同じくマジシャンの多くは超常現象に懐疑的らしい。それまで超常現象を研究するのは時間の無駄と考えていた著者の見方を変えたのは、ТVに出ていたスー・ブラックという若い心理学者の発言だった。
超常現象が本物かどうかを調べるのではなく、人がなぜこうした不思議な現象を体験するのか、その理由を探るほうがおもしろいとブラックは指摘する。なぜ母親は、わが子とテレパシーで通じ合えると思うのか、なぜ人は幽霊を見たと思い込むのか、なぜ、自分の運命は星座で決まると信じ込む人がいるのか。それを聞いた著者は目からウロコが落ちたそうだ。
ブラックの指摘はさすが心理学者らしい。これが理系学者だと頭ごなしに超常現象を否定する傾向が多いが、人間心理を研究する心理学者の見解は違う。人間の心理のほうが、むしろ超常現象以上に複雑だろう。ちなみに私は幽霊を未だに見たことはないが、見たいと密かに思っている。しかし本書を読めば、その思いはもう叶わないだろう。
その二に続く