古代エジプトの女王といえば、殆どの人はクレオパトラが浮かぶだろう。しかし数は少なくともクレオパトラの他にも女王はいたし、古代エジプトの女王たち9人を紹介した記事もある。
5月8日放送のEテレ「地球ドラマチック」は、その一人ハトシェプストを取り上げており、タイトルは「ミイラは語る!古代エジプト女王の真実」。彼女は古代エジプト女王の中では最も長く支配者として君臨している。にも関らず、ハトシェプストの名はあまり知られていない。番組サイトではこう紹介している。
―100年以上前に発見され、身元不明だった古代エジプトのミイラ。最新の研究で、ある女性ファラオだったことが判明。歴史から消された謎の女王の姿とは?
1903年、のちにツタンカーメンの墓を発見したことで知られる考古学者が謎のミイラを発見。しかし重要な人物のミイラとは考えず、長年放置されていた。近年の研究でこのミイラは数少ない女性のファラオ、ハトシェプストと判明。豊かな時代を築いたとされるが、その人物像は謎とされてきた。彼女の死と、歴史からの抹消には何か陰謀が渦巻いていたのか。最新研究により、ミイラから見えてきた真実とは?
(イギリス2020年)
ハトシェプストは初めてファラオを名乗った女王で、ルクソールにあるハトシェプスト女王葬祭殿は世界遺産に登録されている。俗にハトシェプスト神殿とも呼ばれるが、遺跡は写真を見ただけで威容さに圧倒される。
紀元前15世紀にこれほどの葬祭殿が建設されていたのだ。これほどの建造物を建てられること自体、莫大な富と権力を持つ女性ファラオだったことが伺えるし、古代エジプトの建築技術には改めて圧倒される。
悲しいことだが、1997年11月17日、観光客を狙ったルクソール事件が起きた場でもあり、日本人10名を含め62名が犠牲となっている。ハトシェプストの時代なら、このような惨事は起きなかっただろう。
番組サイトには名が載っていないが、ツタンカーメンの墓を発掘した考古学者こそハワード・カーター。カーターはハトシェプストのミイラも発見していたことは番組で初めて知った。尤もこの女性ファラオのミイラは王家の乳母の墓にあり、棺にも入れず地面に無造作に置かれていたため、身分の低い人物と見なされ、長年放置されることになった。
ミイラを調査した結果、外傷もないことから死因はそれまであった暗殺説ではなく病死と判断された。トップ画像の様に現代遺っている彫像は理想美の極致だが、実際は肥満気味で、悪性腫瘍、歯周炎、関節炎、骨粗鬆症、糖尿病等を患っていたようだ。晩年は皮膚病にも罹っていたそうで、それを治すために使った軟膏には鉛が含まれており、さらに健康を害する元になった。ただ、身長は165㎝あったそうで、古代女性としてはかなり大柄だろう。
女性で初めてファラオを称したほどなので、相当な野心家だったはず。それでも公的な場では男装し、あごに付け髭をつけていたと伝えられ、苦労はしていたようだ。古代の男性絶対優位社会の中で、エジプトは他地域に比べ女性の地位は高かったが、それでも現代の様な男女平等の観念はない。保守的な神官団の男たちが、「女だてらに……」と苦々しく思っていたのは想像に難くない。
ハトシェプストの死後、彼女の名や肖像は軒並み削り取られる。これには継子で次期ファラオ、トトメス3世による怨恨説が有力だったが、名や肖像が削り取られたのは死後20年ほど経ってからという。番組に登場した調査員は、神官団の要求をトトメス3世を受け入れたから……と推測していた。
古代ローマには「記録抹殺刑」があったが、エジプトでも同じことが起きている。それでも名は現代まで遺っているし、いくら名や肖像を軒並み削りとっても、ハトシェプストの偉業は消えなかった。
彼女のミイラは棺から出され、別の場に置き去りにされたが、破壊されなかったのは不思議に思えた。ミイラ損壊への天罰や祟りを恐れた可能性もあるが、他地域であれば死者への鞭打ちくらいは行っていたはず。20世紀末のルクソール事件のテロリストにも、刃物で死体をズタズタに切り刻む者がいた。