その一、その二の続き
事火外道(じかげどう)教団に思う存分神通力を駆使、彼らを仏教に帰依させた釈迦だが、興味深いことに拝火教側にも殆ど同じ内容の記録がある。もちろんこちらは、ザラスシュトラ(ゾロアスター)が論争に勝利という伝承になっている。ザラスシュトラの保護者となるウィーシュタースパ王の宮廷で、ザラスシュトラは己の教義の優越性を証明するため、他宗教の提唱者と積極的に論争する。論争相手には遠くギリシアやインドから来た者までいたとされる。
伝えられる論争相手で最も有名なのが、チャングラガハーチャというバラモン僧。ペルシア語の「チャングラガハーチャ・ナーメ」は13世紀成立の文献だが、これによればチャングラガハーチャは王の宰相の師であり、著名な学者だった。王やその臣下がザラスシュトラの新興宗教に改宗するのを阻止するため、弟子と共に王宮に赴く。
ザラスシュトラとチャングラガハーチャの論争は、ウィーシュタースパ王の王宮でイラン各地から集められた大勢の賢者たちを前に行われる。数日に及ぶ論争で前者はバラモン僧が口を開く前に、質問の内容を理解していたと伝えられる。これはザラスシュトラが他人の心を読み取ることができたからであり、言語が音声として発せられる以前に、心中に抱かれた想念を感知したからだ。
チャングラガハーチャは優れた知恵をもって内外に知られた学者だけに、ザラスシュトラの教義の偉大さを前に潔く自らの敗北を認める。そしてこのバラモン僧は、それまでの信仰を捨て、ザラスシュトラの宗教に帰順した。ザラスシュトラは教典の写本を彼に与え、拝火教はバラモン僧により、インド地方にも広まったという。
ゾロアスター教研究者の岡田明憲氏も、さすがに「チャングラガハーチャ・ナーメ」の記録は史実とは認めない。ただ、インドとイランの文化的親近性を考えれば、この物語に類似した出来事があっても不思議はないと述べている。
また仏教の「降魔成道」にもゾロアスター教との共通点が見られる。教祖の悟りを防ぐため悪魔が様々な妨害をする話であり、権勢欲や色欲による誘いを仕掛ける。国王の身分を与えると言ったり、世にも美しい女を送り込むが、釈迦は決して誘惑に屈しない。実はザラスシュトラ伝承にも全く同じ話があるのだ。オリジナルがどちらなのかは不明だが、三迦葉のケースといい、他宗教の影響を受けない宗教はないはず。なお、三迦葉についてwikiとひろさちや氏の記述に若干違いが見られたが、今回の記事では後者のそれを引用した。
8章「青年よ、ここに来るがよい」では、釈迦の一般世人を対象とした初めての説法が挙げられている。青年ヤシャが釈迦に弟子入り、仏教に入門するが、彼はカーシー国中で聡明さで知られた人物だった。当時カーシー国で新興宗教教祖の釈迦を知る者はいなかった。ヤシャに続き彼の親友4人も釈迦に帰依、出家して仏弟子となる。この出来事で釈迦の名声が広まったのは書くまでもない。
ヤシャの生家はカーシー国屈指の富豪で、出家前の彼は贅沢三昧の暮らしをしていたと仏典には書かれている。にも拘らずヤシャは人生に苦悩していたという。
ヤシャや友人たちの出家の話から、宗教教団にとって望ましい信者が見えてくる。著名人や社会的地位のある者、富裕者たちであり、彼らは広告塔や寄付者として頼もしい限りなのだ。貧しい人や恵まれない人々への救いを説く宗教だが、本当のところは金持ちや有名人が大好きであり、信者の中では彼らが最も大切にされ優位者となる。これはどの宗教も事情は同じだが、他宗教の拝金主義を糾弾するのこそ宗教家とその信者なのだ。
何不自由のない暮らしをしていたヤシャが、何故人生を疎ましく思っていたのだろう?恵まれすぎた贅沢な悩みにしか思えないが、そのような暮らしに無縁の私には想像できない。やはり元クリスチャンの女性ブロガーの言ったように、「要するに宗教とは、生活にゆとりのある人の趣味」らしい。ネットでも恵まれすぎてダメになったとしか思えぬ者を見かけるし、その類ほど宗教にすがりつき易いのかもしれない。
◆関連記事:「宗教に救いを求める人々」
「宗教の勧誘を受けたら…」
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ジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』『文明崩壊』は読みましたが、『昨日までの世界』は未読です。下巻で電気ウナギの進化と宗教の進化について述べていたとは面白そうですね。これだけでも興味がそそられます。
「文明の生態史観」は半世紀以上前の著作ですが、東欧と東南アジアの類似性の指摘など非常に興味深い内容です。
梅棹忠夫氏やその著書「文明の生態史観」も初耳ですが、宗教と疫病の類似性を指摘しているとは面白そうですね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A2%85%E6%A3%B9%E5%BF%A0%E5%A4%AB
また、東欧と東南アジアの類似性という説も興味深そう。氏は代表作で第一地域と第二地域という区分で文明を説明したそうで、日本や西欧は前者になります。先日読了したウィリアム・マクニールの『世界史』でも、日本と西欧は非常に似通った歴史を持つと書かれていました。
興味深い記事の紹介を有難うございました。管理人は末尾でこう言っています。
「そして基本は「宗教とは何か」についてアトラン,ボイヤー,デネット流の宗教理論とD. S. ウィルソン流の考え方をあまり深く整理することもなく,折衷的に紹介しているだけという印象で,私としてはかなり物足りない.もっともアトラン,ボイヤー,デネット,D. S. ウィルソンを読んだことのない読者にはなかなか啓発的な内容ということになるのだろう」
私自身、これら識者たちの著書を読んだことはありません。
キリスト教は問題が多いですが、仏教も完璧とはいえないですね。五十歩百歩ではないでしょうか?しかし、一般人は不勉強ゆえ仏教の問題点が理解できない、というジレンマがあるのです。
インドの哲学者、P.R.サーカー師によると仏教の欠点は
次の通りです。
>出家し、世俗から離れて内面のみを追求するのは偽善。家庭で生計を立てる人の方が尊敬に値する。仏教は社会経済論がない。
>最低限の衣食住が確保され、心配する必要のない経済制度をブッダが説かなかったことが仏教の欠陥。最低限の衣食住と医療と教育が保障される社会を土台として、その上に知的心理的領域、スピリチュアルな領域が高くそびえ立つことができる。
http://universal.raaq.jp/member/mitsuki/buddhasarkar1.htm
http://universal.raaq.jp/member/mitsuki/buddhasarkar2.htm
http://universal.raaq.jp/member/mitsuki/buddhasarkar3.htm
仰る通り仏教もかなり問題を抱えております。俗に“葬式仏教”と揶揄される日本仏教だけでなく、小乗仏教諸国でも問題があります。仏教は教典も複雑であり、そのため一般人は学ぼうとする意欲が失せるのかもしれません。
吉見道夫氏のHPの紹介を有難うございました!仏教と比較するかたちでP.R.サーカー師の思想が紹介されていますね。実に濃い内容なので、じっくり読ませて頂きます。
>>出家し、世俗から離れて内面のみを追求するのは偽善。家庭で生計を立てる人の方が尊敬に値する。仏教は社会経済論がない。
全く同感です。「人は社会の世話になっているのだから、社会に貢献しつつ、自らのスピリチュアルな成長を遂げるべきだと考えます」は大いに共感しました。俗人と同じく出家者も「食事、衣服、その他のサービスを受けてこの世界で生きています」から。現世否定は結局自慰的自己満足としか思えない。
「衣食足りて礼節を知る」という格言があります。しかし最低限の衣食住と医療と教育が保障される社会でも、知的心理的領域どころか礼節もない者もいるから、これぞ人間の「業」なのかもしれませんね。