トーキング・マイノリティ

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ブラックブック 06年【蘭=独=英=ベルギー】ポール・バーホーベン監督

2007-04-12 21:28:37 | 映画
 第二次大戦時代を描いた欧米映画には決まったパターンがある。極悪非道のナチスと迫害される善良なユダヤ人という構図。この種の映画が未だに量産されて いるが、最近はこの形式を踏まない変種も出てきた。これまでは正義とされてきたレジスタンスの暗部を描いたのがこの映画。

 舞台は1944年ナチス・ドイツ占領下のオランダ。美貌のユダヤ人歌手ラヘルは 他の同胞と同じく隠れ家に身を潜める暮しをしていた。その隠れ家も空爆され、彼女はドイツ軍から解放されたオランダ南部に逃亡しようとする。しかし裏切り にあい、家族や同胞が殺害されるのを目の当たりにする。唯一生き残った彼女はレジスタンスに身を投じる。名をエリスに変え、髪を金髪に染めるラヘル。美貌 を武器にナチス諜報部のムンツェ大尉に接近する。
 
 ラヘルが初めてムンツェに会ったのは列車のコンパートメントの中。彼は切手収集家で、これまで集めた数多くの切手をいかにもドイツ人らしくきちんと整理したアルバムを見ていた。風貌も地味で内向的、真面目な中年男で、冷酷非常なナチス将校とは程遠い人物だった。この類はハニートラップに引っかかりやすいタイプなのだろう。特にムンツェはハンブルク爆撃で妻子を失っている身だ。切手より美女を眺めていたいのは男の性。彼は早々ラヘルの虜になる。

  ラヘルもまた憎むべき敵なのに、ムンツェに心を惹かれていく。レジスタンスらしく彼女は盗聴器を仕掛けたり、仲間と怪しい人物を追ったりもする。しかし、 レジスタンスの中にはナチスと通じている者もいたのだ。彼らは金品を得るかわりに抵抗運動を止め、ナチス側もテロ活動が収まるならレジスタンスとの取引も 望んでいた。ムンツェの部下である中尉フランケンは残虐極まる将校で、彼はユダヤ人から押収した金品をかなり着服する人物でもあった。ラヘルの家族を殺害 したのもフランケンだった。

 ラヘルとムンツェは裏切者によりはめられ、戦争が終結しても共に追われる身となる。だが真の裏切者こそ、いつもラヘルを助けてくれた頼もしきレジスタンスの英雄だった。映画タイトル「ブラックブック」とは裏切り行為が記された手帳を指す。

  これまでは第二次大戦中のレジスタンスといえば、何の疑いもなく英雄視されてきたが、近年はナチスとつるんだ裏切り行為が相当あったことが知られてきた。 これはオランダに限らず他のドイツ占領下でも同じ状況だった。彼らは戦後売国奴として裁かれるどころか、勇敢な英雄と見なされた者もいる。ナチスと関係が あったと見られた人々は、戦後リンチに遭い、映画にもそのシーンが映される。女は丸坊主にされ生き晒し、男は殺害というのが多かった。市民に捕われたラヘ ルも鞭打たれ、糞尿を浴びせられるリンチを受ける。一方ラヘルの親友でフランケンの情婦だった女は、ちゃっかりカナダ兵の妻に納まり、新大陸に渡る要領の よさ。

 ラヘルに篭絡されたかに見えたムンツェも決して単純ではなく、実は怪しいと薄々分かっていた。それでも女と手を切れない。作家の阿刀田高氏は「“いかん”と思いながらも、ついつい悪い女の術中に陥るのは、相当に賢い男でもやっている。男の習性のようなもの」と書いている。もちろんハニートラップでは女を引っ掛ける“色男”もいる。

 ラヘルに扮したカリス・ファン・ハウテンがまた女の色香全開で、ハリウッド女優にはないムードを出している。マタ・ハリのような美女スパイに出会えるなら、男の本望かもしれない。

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2 コメント

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トラバ・コメントどうもですっ (ひらりん)
2007-04-17 01:28:59
生き延びる為の裏切り者だらけでしたね。
緊迫感はあるものの、
なぜか、娯楽性の要素もあって、
なかなか楽しめましたね。
でも、主役の体を張った演技・・が、一番の見どころなのは、監督のせい???
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TB&コメント、ありがとうございます (mugi)
2007-04-17 21:49:33
>ひらりんさん
いかに戦時といえ、悪辣な裏切者こそ生き延びるのでしょうね。正直者に濡れ衣を着せながら。
仰るとおり、ヒロインの体を張っての熱演、つい「ショーガール」を思い出してしまいました。
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