新聞やТVなどの旧来のメディアが信用されなくなったのは日本だけの現象ではなく、先進国共通らしい。1970年からイタリアに在住している作家・塩野七生氏は、『日本人へⅣ 逆襲される文明』（文春新書1140）の「「イイ子主義」と一般人の想い」（114-18頁）という章でその背景を書いている。章は以下の文章で始まる。
―イタリアでは、でもとすべきかもしれないが、新聞の売れ行きは落ちる一方で、テレビの視聴率も下がる一方になっている。ちなみに新聞は宅配ではなく、毎朝家を出て近所のスタンドに行って買う。ゆえに毎朝新聞を読むのは相当に自主的な行為で、それをしない人が多くなると大新聞でも廃刊になる。
この販売低下の原因を探るのに、イタリア人は、「ボニズモ」という新語を発明した。新造語だから日本にある「日伊辞典」にはのっていないが、 「イイ子主義」とでもいう意味である。
新聞に記事を書く記者、雑誌に寄稿する学者、テレビでコメントする有識者、の大半がイイ子主義に陥ったあげく、ぶつのは正論であっても一般市民の実感からかけ離れた意見ばかり。それで、多くの人が、読みもしなければ観もしなくなったのだという。
ニュースを知りたければ、スマホで簡単にわかる。アナログ人種には、国営放送RAIのチャンネルの一つが、四六時中ニュースを流しているし、画面の下に流れるテロップでは、東京の株式市場の終値まで教えてくれる。RAIの番組では、このチャンネルだけは視聴率が高い。
つまり、新聞が売れなくなりテレビの討論番組の視聴率が激減したのは、情報はタダ、だからというよりも、有識者面をしたいインテリたちの御託宣はもうけっこうという、一般市民の想いの反映だというのだ……
塩野氏は例として難民問題を挙げている。イタリアには、北アフリカから地中海に出て船に救助される難民と、トルコとギリシアを通過してくる難民が、一年を通して十万人以上入ってくる。有識者たちは言う。受け入れは人道上からも当然であり、我々イタリア人もかつては、アメリカや南米に大量に移民したではないかと。
一方、一般市民はこう反論する。かつてのイタリア人は移民先でゼロからスタートするのを覚悟していたのに対し、今の難民たちは何よりもまず、イタリア人と同じ待遇を要求する。それに難民たちにも職は与えねばならないが、失業率13％、若年失業率に至っては40％にもなる国で、どうやれば彼らに、イタリア人並みの待遇まで保証する職を与えることができるのか、と。
大学や大新聞から定給を保証されている有識者たちは、この種の、彼らにすれば次元の低い問題には触れないという。ごく少数のフリーのジャーナリストが取り上げる時はあるが、その度に彼らはファシスト呼ばわりされ、右傾化の先鋒だと非難されている。
困ったイタリア政府からは、難民1人につき1日35ユーロを国家から出して一般家庭に引き取ってもらうのはどうか、という珍案まで出る始末。それは税金に加算されるのは書くまでもない。35ユーロとは現在（※本書の初版は2017年）の換算では5千円になり、経済的には受け入れる家族が出てくるかもしれない。
だが、職もなく言葉も解さないイスラム教徒と同居し続けるのは、簡単な話ではない。イタリアの一般市民は、お偉方から先にやってよ、と言っている。終り近くで、著者はこう言う。
「ここで紹介した一般市民の意見は、視聴者参加の時事番組をテレビで見ていて、それに参加していたイタリアの普通の老若男女の意見を 拾いあげた結果にすぎない。ただし言いたかったのは、最近言われるヨーロッパ人の右傾化も、有名メディアの報道だけにたよっていては、分からない、ということだ」
有識者面をしたインテリたちが、「イイ子主義」丸出しの理想論を吐くのは日本も同じなのだ。しかし視聴者参加の時事番組で、曲りなりとも一般市民の意見が放送されるのは羨ましい限り。
一方、日本の時事番組に参加しているのは実は一般市民ではなく、芸能事務所や劇団員に所属する者による「ヤラセ」という見方が既にネットで広まっている。ヤラセ番組はどの国でも行われているだろうが、そもそも日本のメディアは普通の老若男女の意見を報じたがらない。
テレビだけではなく新聞にもヤラセを疑いたくなる投稿がある。日本ももっと難民を受け入れろ、優生保護法被害者への補償を拡大せよ、等の意見が河北新報の読者コーナーに載ったりするが、ではあなた方が真っ先に実践しなさい、と言いたい。
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