トーキング・マイノリティ

読書、歴史、映画の話を主に書き綴る電子随想

レ・ミゼラブル 12/英/トム・フーパー監督

2013-01-19 20:40:42 | 映画

 ユーゴーの『レ・ミゼラブル』がベースなのは、タイトルとポスターだけで分かるが、全編ミュージカル映画だったことを鑑賞後に知った。台詞の殆どが歌なので初めは戸惑ったが、このような史劇もよい。19世紀前半の物語なので、ミュージカル仕立てはドラマティックな展開にもってこいなのだ。

 原作はかつて「ああ無情」の邦題で訳されており、私も小学6年生の頃、子供向きに書き直された「ああ無情」を読んでいる。教室の後ろの本棚にこの本があり、ちょうど漫画『ベルサイユのばら』を見た後なので、おフランスの物語に興味をもち試に読んでみたら、とても面白かった。「ああ無情」を読んだのはこの時だけであり、ユーゴーの原作は未だに見ていないが、波乱万丈で忘れ難いストーリーだった。
 貧しさゆえに主人公ジャン・バルジャンが、たったひとつのパンを盗んだだけで19年も監獄生活を送ったという設定自体、子供心にも衝撃的だったが、同性ということもあるのか、物語の登場人物の中では特にファンテーヌが印象的だった。物語の前半ではヒロイン的存在である。

 彼女は今風で言えばシングルマザー、未婚の母だが、19世紀前半はフランスでもこの種の女に社会は厳しかった。あの若さで子供がいる、ふしだらな女と女工仲間からも後ろ指を指され蔑まれ、それが元で解雇される。子供時代は意地悪な女工たちに憤りを覚えたが、おばさんとなった今、何故ファンテーヌが爪はじきにされたのかは分かる。内向的で付き合い下手な美人に、同性の同僚は「気取っている」と決して優しくはしない。
 彼女の悲惨な転落は憶えている。映画では解雇後、いきなり娼婦に身を落としてるが、小説ではその前にお針子としてシャツを縫ったり、洗濯女として必死に働いている。その間の食事はパンと水だけで済ませ、過労と栄養不足でついに胸を病む。

 美しい髪と歯を持つファンテーヌはそれも売って金に換えた。当時のかつらや入れ歯にも天然のものが使われていたそうだ。ついに売るものが無くなった彼女は物乞いに身を落とす…というのが子供向けの物語だった。やはり娼婦という設定は相応しくないため、改ざんしたのだろう。彼女が主人公に看取られて死ぬのは大人向けの原作と同じ。
 ただ、ジャン・バルジャンを執拗に追い続けるジャベール警部のことは、まるで憶えていない。映画で初めて知ったが、囚人の両親の子として監獄の中で生まれながらも、警察官となるのがジャベール。ラッセル・クロウがこの役を憎々しげに演じていた。

 馬子にも衣装の諺どおり、映画の冒頭で囚人として登場した際のジャン・バルジャンと、改心後に事業で成功者や市長になった時ではまるで別人のよう。演じるヒュー・ジャックマンの表情もこれが同じ人物?と思うほど、変化している。ラストでは聖人となってこの世を去ると いうストーリーに泣かされた人も多いはず。

 この作品での六月暴動のシーンは興味深い。学生・労働者による武装蜂起だが、上記の画像は決起したばかりの一場面。いくらバリケードを築き抵抗したところで武器弾薬も乏しく、軍隊に鎮圧される。wikiによれば、この時1,500人が殺害されたようで、かなり陰惨な結果になったらしい。
 革命を志す学生運動の先駆けと言えなくもないが、猫も杓子も大学にいく現代と違い当時の学生は極めて恵まれた階級だった。祖国と社会の不正を正すため闘うも、敗れ軍隊に追われた際、市民たちが固く門を閉ざし、匿わなかったシーンは印象的。市民というものは何時の時代も日和見主義なのだ。

 映画の中で最後まで強かに生き延びるのはテナルディエ夫妻。革命や蜂起が起きようとも、それさえ食い物にする悪党夫婦だが、理想主義者の登場人物が多い中で、最も人間的なキャラクターだと私的には妙に共感してしまった。テナルディエはファンテーヌのような善良な娘からも不当に金を巻き上げるが、法の名の下で貧しい庶民を虐げるジャベールのような人物こそ、より邪悪ではないか。



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8 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
ああ無情 (ハハサウルス)
2013-01-19 21:50:03
今話題の映画ですね、結構宣伝されていて、ミュージカル仕立てとは聞いていましたが、台詞のほとんどが歌なんですね。主役のヒュー・ジャックマンの歌唱力が素晴らしいと聞きました。

私も子供の頃『ああ無情』を読みました。mugiさんの記事を読ませて頂きながら、子供心に切ないお話だったのを思い出し、また、髪や歯をなくしたファンテーヌのみすぼらしい姿の挿絵も蘇ってきました。すっかり忘れていたようです。

実家にあったのは、世界文化社で出版された「少年少女世界の名作」というシリーズで、『ああ無情』は最後の22巻目でした。子供にも読ませたいと思って購入したのですが、今のシリーズは全12巻に縮小されており、他の10巻はもう手に入らないとのこと、『ああ無情』は外された一冊で、他にも『クリスマス・キャロル/しあわせな王子』『王子とこじき』『家なき子』『ジャングルブック』『シートン動物記』『アルプスの少女』『森は生きている』『秘密の花園』『アンクルトムの小屋』がシリーズから消えました。何となく「無難なものを残したのかしら?」と思ってしまいます。どれも面白いですし、考えさせられるものなので残念です。実家に行けばありますので、今度『ああ無情』を子供に読み聞かせするつもりです。(今も数冊無い巻を借りてきています)

現実の世界は善悪入り乱れていて、不条理なこともまかり通っています。物語を通じていろんなことを子供に感じ取ってもらいたいと思うのですが、自己規制のようなものがあったりして面倒なことは避ける風潮があるのはどうかと思います。『ちびくろサンボ』は出版されるようになりましたので、他にも「え~っ、何で出版できなくなったの?」という子供の頃のお気に入りの本が手に入るようになればなぁと期待しています。
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コゼットの人形 (Fugen)
2013-01-19 22:53:59
 私が子供の時、『ああ無情』を読んで一番好きなシーンは、ジャンバルジャンが、コゼットに人形をあげるシーンでした。
 
 うろ覚えなのですが、母親ファンティーヌと離れて暮らしている娘のコゼットが預けられた親戚の家(?)の近くの店に素晴らしい高価な人形が飾ってある。コゼットも、コゼットの養い親(?)の娘達も憧れている。皆、あまりにも高価なため、自分たちには到底手が出せないことは知っている。でも、皆あの素晴らしい人形と過ごす遊びのひとときを夢見ている。
コゼットはといえば、クリスマス・イヴに望みをかけてつるした靴下にすら何も入っていない。他の娘達は、たいそうなプレゼントが入っているのに。それでも、やはり、素晴らしい人形と遊ぶのを夢見ている。厳しい労働に耐えながら。

 母親のファンティーヌの頼み通りに、コゼットを迎えに行ったジャンバルジャンは、その人形を土産に持って行って、コゼットに渡す。コゼットは夢中になって、お人形遊びをする。このシーンが、いじらしくて痛快で、私は大好きでした。
 
 これは、映画でも、描かれているのでしょうか?
もし、1シーンでもあるなら是非観てみたい映画です。
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コゼットの美醜 (madi)
2013-01-20 02:10:35
映画とかミュージカルだとコゼットは最初から美少女なことがおおいのですが(菊地美香がミュージカルのコゼット役をやったときにわたしでいいのですかと思ったそうな)、原作では幼少期は醜くて思春期後きれいになるようになっています。この映画では最初から美少女でしょうか。
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RE:ああ無情 (mugi)
2013-01-20 20:56:14
>ハハサウルスさん、

 この映画の制作国が英国で、ミュージカル版「レ・ミゼラブル」はロングランになったというのが面白いですね。フランスТV番組の「レ・ミゼラブル」を見たことがありますが、こちらは真面目な史劇になっていました。

 私が子供の頃に読んだ「ああ無情」を憶えているのも、やはり挿絵があったからだと思います。仰る通りみすぼらしい物乞い姿のファンテーヌ、忘れ難いです。ちなみに映画では前歯ではなく奥歯を無くす設定になっていました。これもビジュアル面を重視したためでしょう。

「少年少女世界の名作」シリーズ、懐かしいですね~~ 出版社は忘れましたが、私の子供時代もこの種のシリーズが結構多く出ていたと思います。子供向けに書き直されたにせよ、良い作品ばかりでしたね。

 しかし、今では『ああ無情』はシリーズから外されていたとは、貴女のコメントで初めて知りました!その他の外されたリストも驚きです。仰る通り、「無難なもの」を中心に残したのでしょうか?『アンクルトムの小屋』を見て私は初めて米国の奴隷制度を知ったし、ラストでトムの「坊ちゃん、じいやは神様の処に行きますだ」(何故か東北弁)の言葉に泣いてしまいました。
『シートン動物記』『アルプスの少女』までもが外されたのも不思議です。後者はアニメでも有名になりましたが、ここまで来ると自主規制もある意味恐ろしい。

『ちびくろサンボ』が出版されるようになったのは、せめてもの救いです。虎がバターになり、それでホットケーキをサンボの母が作り、サンボが腹いっぱい食べたというラストは本当に面白かった。手塚治虫の『ジャングル大帝』にも現地人の描き方がケシカランとケチを付けた者もいるそうで、クレーマーに従うばかりの姿勢も問題だと思います。
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RE:コゼットの人形 (mugi)
2013-01-20 20:57:41
>Fugenさん、

 本の感想は十人十色だし、貴方が一番好きなのが主人公がコゼットに人形をあげるシーンなのは面白いですね。私は殆ど憶えていなかったのも、親がいて人形を買ってもらえたためかもしれません。コゼットに関しては、水汲みをさせられているシーンをよく憶えています。幼い少女には厳しい労働で、コゼットが重い水桶を運ぶ挿絵は印象的でした。

 映画でコゼットを迎えに行ったジャンバルジャンが人形を土産にしたのか、それもうろ覚えになっています(汗)。あったとしても、夢中になってお人形遊びをするシーンはなかったと思います。昔のフランス人形はアンティークとして、現代も庶民には手の出せない値が付いていますね。
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RE:コゼットの美醜 (mugi)
2013-01-20 20:58:36
>madiさん、

 原作でのコゼットは幼少期は醜かったとは知りませんでした。母は美人でしたが、コゼットの幼少期の環境ではそうなるのも無理はない。映画ではもちろん最初から美少女です。
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アキバとRE:コゼットの人形 (Fugen)
2013-01-22 18:15:26
>mugiさん、
 
 そうそう、思い出しました。コゼットの水くみの過酷な労働。そして、確かコゼットの唯一の楽しみが、ショーウィンドウに飾られた、夢のように美しい人形に話しかけることだったと記憶しています。それで、バルジャンが人形をあげるシーンが余計に記憶に残ったのだと思います。

 人形に関してですが、私は、学生時代「純文学」好きだったので、相当ヲタクな、澁澤龍彦、種村季弘を愛読していました。特に、彼らが紹介する、シュールリアリズムの芸術家であるハンス・ベルメールの球体関節人形の写真は衝撃でした。

 私は、3年前、アキバ(秋葉原)ツアーに行きました。経営コンサルタント(中小企業診断士)の、オッサン10人位のグループで、商店街診断研修の一環で、秋葉原に行ったのです。「まんだらけ」では、ウラトラマンのビニール怪獣人形が50万円以上の値段で売られいるのにビックリ、「海洋堂」の精巧なフィギアに思わず脱帽。
そして、「ボークス」の売り場「天使のすみか」に行ったときの衝撃は、忘れられません。
http://www.volks.co.jp/jp/hobbytengoku/floor3.html/

「天使のすみか」は、カスタム・メードのフランス人形を作ってくれる店で、人形の目玉・手首・髪の毛など何から何まで全て選んで、自分だけの人形を作ってもらえる店です。値段は10万は軽く超えるらしい。客層は、男女半々らしくて、女性は綺麗なフランス人形、男はコスプレ人形を注文するらしい。
「天使のすみか」の人形パーツやサンプルを見ていると、昔の最先端芸術のシュールリアリズム、ハンスベルメールの世界が商業化されているように感じて、私は本当に驚きました。

 私は、日本のコンテンツ・ビジネスはモノスゴイ深層の上に成り立っているような気がします。人形一つとっても、雛人形・市松人形・シュールレアリズムであったり、純文学であったりで、それが商業化までされている。
アキバをみると本当にクール・ジャパンを実感できてビックリしたのが実感です。
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RE:アキバとRE:コゼットの人形 (mugi)
2013-01-22 22:26:47
>Fugenさん、

 子供時代に読んだはずなのに、何故か私にはコゼットの印象が薄いのです。少女時代は水汲みやらで虐待、酷使されていましたが、最後は幸福になるというストーリーだったからかもしれませんね。対照的に母親は薄幸のまま若くして死ぬ。まるで娘を誕生させるためだけの人生だったようで。

 澁澤龍彦、種村季弘を愛読されていたとは通ですね。私は両者とも未読ですが、澁澤の翻訳したサドの『美徳の不幸』は読みました(汗)。学生時代の私は軽い小説派だったので、海外スパイものやSF、ファンタジーを好んでいましたね。
 ハンス・ベルメールの人形は見たことがありませんが、彼の影響を受けた四谷シモンの人形展は地元の美術館で見たことがあります。個人的にはあまり好みではありませんが、個性的な人形で印象的でした。

 アキバにはカスタム・メードのフランス人形を作ってくれる店があるのですか!やはり私的には19世紀のビスク・ドールが好きですね。昔カタログを見た時、ジュモーのレプリカだけでも10万円ちかくもしていました。こうなると、博多人形の方がお手頃です。それにしても、男性にはコスプレ人形が人気なのですか。はぁ、、、

 東京に行っても、未だに私はアキバに寄ったことがありません。俗にオタク文化の最先端地帯と言われますが、オタクと一口に言っても奥が深そうですね。
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