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黄金のファラオと大ピラミッド展

2016-07-03 20:40:23 | 展示会鑑賞

 先月末、仙台市博物館の特別展「黄金のファラオと大ピラミッド展」を見てきた。古代エジプ特別展は過去に何度も開催されているが、毎回見飽きるということがない。その公式サイトもあるが、チラシ裏では特別展をこう紹介している。
エジプトの巨大なピラミッド群は、約4500年前のエジプト古王国時代のファラオたちによって建造されたもので、その美しい姿はいつの時代も人々を魅了してきました。謎に包まれたピラミッドとファラオをテーマとする本展では、吉村作治氏の監修のもと、世界一のエジプト・コレクションを誇る国立カイロ博物館の至宝約100点を展示するとともに、高精細な映像も駆使してファラオや王家の女性、ピラミッド建設を支えた人々の暮らしなどに迫ります


 特別展は5部構成となっており、第1章 ピラミッド建設とその技術、第2章 ピラミッド時代のファラオたち、第3章 ピラミッド時代を支えた人々、第4章 ピラミッド時代の女性、第5章 黄金に輝く来世、の順に展示されている。上の画像は展示№1「ロイとマヤのピラミディオン」。ピラミディオンとは、ピラミッドや墓の礼拝堂のてっぺんに置かれていた石を指し、この遺物の制作は紀元前1336~1295年頃、新王国時代末らしい。
 かつてピラミッドは王族しか建造が許されなかったが、新王国時代になると貴族や富豪の間でもそれを建てる者が出てきたという。もちろんギザ三大ピラミッドのような巨大建造物には程遠いが、件のピラミディオンの高さは54㎝である。トップがこの大きさだと、全体ではどれほどだろう?

 古代エジプトといえば、ピラミッドを連想しない人はいない。しかし、ピラミッド全盛期はやはり古王国時代だったようだ。それ以降も造られたが小型化しており、日干し煉瓦を積み重ねて造られることが多くなったという。このやり方だと建造期間も短く費用も低いが、耐久性に問題があり、そのため崩壊するピラミッドが多かったそうだ。依然として現代まで建っているのがより古い時代のピラミッドということは、建造技術が衰退したのやら。
 展示№3は前1550~1069年頃(新王朝時代)の水準器だったが、その素朴な作りには驚いた。それより昔の古王国時代の水準器ならば品質がより良いはずがなく、原始的な道具で巨大なピラミッドを造り上げた古代エジプト人に、改めて驚嘆させられた。



 上の画像は特別展の目玉の一つ「メンカウラー王のトリアード(三神像)」(作品№17)。メンカウラー王とは、三大ピラミッドの中で最も小さなピラミッドを建てた王だが、その原因に財政の逼迫を考える研究者がいる。トリアードのメンカウラーは2人の女神たちを従え、威厳と品位ある顔立ちとなっているが、中王国時代の憂鬱な表情をしたファラオ像も展示されていた。よく言えば人間的だが、古王国時代のようなファラオへの尊厳の気風が衰えたのだろうか?

 ピラミッド時代を支えた人々の展示物も興味深い。殆どは古王国時代のものだが、仲睦まじそうな平民夫婦や家族の像は微笑ましい。像を遺したのは平均よりも恵まれた家だったかもしれないが、粉を引く男女、パンやビールを作る人物像は当時の社会をそのまま表している。生き生きとした像から、彼等は奴隷ではなく職人だろう。



 女性来場者には、ピラミッド時代の女性の展示品は最も興味津々だったはず。当然このコーナーではアクセサリーや化粧品用具が多かった。中でも目を引くのは王家の女性の装飾品。上は「クヌムト王女の襟飾り」(展示№54、中王国、第12王朝)。王女のミイラが付けていたそうだが、それだけに豪華で、現代でも通じる洗練されたデザインには言葉もない。
 王妃や王女のベルトも展示されており、双方とも金やラピスラズリが使われていた。中王国当時、ラピスラズリは大変貴重な鉱物だったのは言うまでもなく、それだけ贅を尽くしたといえる。



 今回の特別展で古代エジプト名物のミイラは展示されていなかったが、それを入れた木棺「アメンエムペルムウトの彩色木棺」蓋(№100)が上の画像。第3中間期第21王朝の制作。古代エジプトの木棺は彩色が見事だが、びっしりと絵や文字が描かれていて、少し装飾過多にも感じた。
 供物を描いた展示品もあり、果物や穀物の他に鳥類、家畜か野生かは不明だが、蹄の付いた動物のもも肉まで捧げられていたのは驚いた。今と違い古代エジプトでは、食へのタブーがあまりなかったにせよ、まさに山海の食を堪能していたのだ。
 


 展示№103は特別展最大の目玉「アメンエムオペト王の黄金のマスク」。最後の展示品で、これも第3中間期、第21王朝のもの。国立カイロ博物館の誇る3大黄金のマスクのひとつでもある。他のひとつは有名なツタンカーメン王、もうひとつはアメンエムオペト王の父プスセンネス1世の黄金マスク。
 会場ではこれら3大黄金のマスクの写真も展示され、上は3大黄金マスクを並べた画像。ツタンカーメンの黄金マスクが人類史の至宝なのは言うまでもないが、それより劣るもののプスセンネス1世のマスクも素晴らしい。にも拘らず、息子のマスクは他のふたつに比べればかなり地味な印象。少年王だったツタンカーメンが若々しい印象なのは当然にせよ、プスセンネス1世も顔立ちは若者のよう。一方、息子のマスクは父よりも老けている。

 生前の容貌やマスクの作られた年齢もあるが、アメンエムオペト王のそれは頭部の蛇飾りも痕跡だけで付けひげもない。どうも手抜きの印象を受けたが、いかめしい顔つきの父と違って微笑んでいる表情は良かった。優れた金工芸品は古代エジプト文明の特徴であり、仮に“手抜き”作品だったとしても、アメンエムオペト王のマスクは現代最高の職人でも再現が難しいのは確かだろう。
 黄金をふんだんに使った古代エジプト文明は、それだけで華やかな印象がある。高度で繁栄した文明を築いていた古代と対照的な現代エジプト社会の落差は、実に考えさせられる。エジプトのイスラム主義者の中には、スフィンクスは偶像崇拝の象徴として、破壊宣言をした者もいたという。

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