トーキング・マイノリティ

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悩みを訴える人―訴えという形の攻撃

2006-04-11 20:45:27 | 読書/ノンフィクション
 十年以上前のベストセラー『続アメリカインディアンの教え』第7章にとても興味深いことが載っている。著者の加藤諦三 氏は精神科医だが、悩み続けていてもどうしても解決できないタイプの者がいるという。それは悩みを「相談している」のではなく「訴えている」からで、その人たちは自分自身の悩みを解決するつもりはなかったのだ、と結論付けている。以下、加藤氏の本から一部抜粋したい。

「い かに自分は不幸であるか、自分は誠実であるか、不当に扱われているか、それを訴えているのです…いかに自分がひどい目にあっているか大げさに言いながら、 それを通して相手の同情と特別扱いを要求することが目的ですから、正直な話その人たちと十年べったりと相談にのっても悩みが解決することはありません。そ の人たち自身がそれに気が付いてくれない限り悩みの解決などできるものではないのです。むしろその人たちにとって悩みこそ武器であるとさえ言えるでしょ う。何故なら悩んでいる限り、相手の注意を引くことが出来る権利があると思っているからなのです。
 相談しているのではなく、終りのない同情を求めているのです。その人たちの求めている言葉は次のようなものです。「あなたは何と可哀想な人なのでしょう」つまり、あなたはいかにひどい被害者であるかと言って、その人の周りにいる人を非難し続けてもらいたいのです。それを死ぬまで言い続けてくれと要求しているのです」


  加藤氏は悩みを訴えている人は実は相手を攻撃しているのに気付く。当人は自分の中の不満や敵意が、正義や愛情という仮面を被って出てくることに気付かない ので、絡むことに歯止めが利かない、それと同時に相手から愛情や同情を求めているので余計粘っこく絡むと指摘する。小さい頃傷付いたのかもしれないが、彼 らは心底で復讐的になっており、自分の我侭を正義と信じているそうだ。周囲の人からひどい目にあったと主張し、被害が誇張されしきりに傷付いたと騒ぐ。そんなに傷付いたと騒ぐなら少しはこちらの立場も分かってくれると思いきや、逆にそのような者は極端なまでに自己中心的なのだ。

  悩みを訴える者は自分の要求が社会の中で通らないので怒るのだが、その怒りを素直に表現できず、抑圧された怒りは人の同情を求めて自分の哀れさを誇張する 表現をとる。ヤクザが因縁を付けるのと同じく、関係のない人に因縁を付けるように悩みを訴えるそうだ。そして自分が悩んでいる責任は絡んだ相手にあると思 い込んでいる。
 第三者から見れば悩んでいるのは本人の問題だし、絡まれた相手は「それが私と何の関係があるのか」と思う。しかし、悩みを訴える 者は相手が「関係ない」とは決して思わない。付きまとっては「あなたはそれでも先生ですか」となる。「先生」の他に友人、先輩、隣人、果ては日本人となる こともある。

 何かある度に自分を被害者や悲劇の主人公に仕立て上げ「ひどいものだ!」と騒ぐやり方の一方で、「不幸な私」という交流の仕方もあるそうだ。「ひどいものだ!」と似ているが、自分の不幸を訴える方法が消極的で陰湿、つまり自己憐憫になる。「職場で大変だ」「私はこんなに苦しいのです」と訴えるのだが、大げさに苦しんでみせるのは他人を非難しているという。甘えさせてくれない相手を批判しているが、この種の交流をする者は日本に多いと加藤氏は指摘する。
 加藤氏は悩んでいる人は他人の人生の喜びを奪っている、と言う。悩んでいる母親は家を混乱させ、悩んでいる夫は妻の気をおかしくし、友人知人を苦しめる。第7章の結びの一文にはこうある。
自分の悩みに他人を巻き込むのを止めなさい」。

 それにしても、ことある毎に悩みを訴える者は、日本の隣国人のやり口と何と酷似しているのではないか!

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4 コメント

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同類 (Mars)
2006-04-11 23:35:04
こんばんは、mugiさん。



今回のエントリーは耳が痛いすね(苦笑)。

私も、弱い人間なので、時に、「終りのない同情を求めている」自分がいるのは理解できます。また、「自分の我侭を正義と信じている」とはまさしくその通りです。でも、本当に、自分自身が世界で一番不幸で、自分の正義が世界の正義だとは思っていません。このあたりは表現が難しいですが、やはり、そうは思っても、諸悪の根源は自分自身でしかないと思います。自己嫌悪、自己ヘイトは毎日のことですが、そんな自分も、心底では嫌いではないですし、世の中の全てが、自分の思い通りにいかないのが当然だと思います。恐らく、世界中で一番嫌いな人間は自分自身ですが、それでも、自分は自分。愛さなくて、どうするのでしょうか?(きわめて不謹慎ですが、自殺する人間の心理が理解できません)



>「自分の悩みに他人を巻き込むのを止めなさい」。

まさしくその通りですが、人は誰かに甘えたい生き物です。また、人生の悩みのうち、人に悩みを打ち分けた時点で、その悩みの半分以上が解決していることもありますね(第三者からみれば、当人にとって深刻であっても、そんなことで悩む理由が分からない→悩む必要がないことも理解できる)。ただ、その他の例外の場合が、深刻なのでしょうね。



人は、木の又でなく女性の又から生れ落ちたものです。が、本当に十人十色、悩むことは多い。それは、時代が変わっても、変らない悩みなのかもしれませんね。

(私は愚者の我儘人間なので、他社の悩みまで、買いける出来るほど、その手は広くないですが。)

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ほしいのは終りのない同情ですか? (岩手の田舎人)
2006-04-12 03:46:11
終わりの無い謝罪と賠償、本質は終わりの無い同情要求だったのか・・・。

確かに似ている気がしますなぁ。



「自分の悩みに他人を巻き込むのを止めなさい」って言ったらもっと激しくなりそう。

いつまでたってもストーカーのように寄り添ってくる。

ウザ過ぎる!!と感じてしまう今日この頃。

解決方法無しなら、そのうち存在を消去・抹消・・・。

そんな欲求が沸いてくるかも・・・。危険だなぁ。



そうなる前に気づいてほしいが、無理か?(笑

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悩みがあるから (mugi)
2006-04-12 21:24:02
こんばんは、Marsさん。



私も我侭人間では人後に落ちませんので、気付かないうちに「終りのない同情を求め」たり、「自分の我侭を正義と信じている」こともあると思います。自分を愛せない者が他人を大切に出来るでしょうか?



仰るとおり人間は誰かに甘えたいものです。文字通り人の間でしか生きられない生き物だから、人恋しくて甘えさせてくれる相手がいれば、この上なく快いもの。

昔のCMに「悩みがあるから人間なのだ」というコピーがあったのを憶えてます。ただ、その悩みの解決法が上記の加藤氏の患者のような形では周囲は迷惑そのものです。この人達は自分の問題点を直視できない時点ですでに病んでます。悩みを相談しても、解決できる人なら精神科医のお世話になる必要もないのですが。



名は忘れましたが、あるヒンドゥーの学者がいいことを言ってます。

「自分の他には、自分を自由にしてくれる者など誰もいない」
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ほしいのは終りのない謝罪と賠償 (mugi)
2006-04-12 21:25:42
>岩手の田舎人さん



私も改めて加藤氏の本を読み返したら、まるで火病患者について書かれていると感じられました。

確かに何かといえば、「心の痛み」「胸の内を分かって」を強調しますね。



ただ、その類は強く出る相手にはむしろひるむものです。

ストーカーを撃退するのは強い態度と本物の武力が必要ですね。相手は終わりなき同情だけでなく永遠の謝罪と賠償、こちら側の滅亡すら望んでいるのですから。日本をミサイル攻撃する絵を年端の行かぬ子供が描き、公共の場に貼りだしている国なので。
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