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『ローマ人の物語』読者が見たグラディエーター そのⅡ

2011-01-20 21:13:16 | 映画
そのⅠの続き
 映画『グラディエーター』の最大の見せ場は、文字通りコロッセオでの剣闘士同士の闘い。舞台となるコロッセオはCGを駆使したにせよ、映画館の大画面で見るグラディエーターの闘いは迫力があった。あれが古代ローマで実際に連日行われていたのだから、スケールはけた外れとしか言いようがない。グラディエーターはこの映画のように奴隷上りもいたが、『ローマ人の物語』によれば、自由民階級の剣闘士も少なくなかったという。昨年夏頃、「ローマの戦闘馬車レーサーは現代のトップアスリートより稼いでいた」というサイトを紹介されたことがあり、剣闘士の稼ぎは不明だが、結構な額だったと思われる。今で言えば人気格闘家のような存在であり、剣闘士と駆け落ちした元老院議員の娘もいたそうだ。

 他の皇帝と同じくコンモドゥスも民衆への人気取りのため、コロッセオでグラディエーターの戦う催しを開くが、些細なことが気になる。第二次ポエニ戦争でのザマの戦いを再現するイベントで、皇帝の側近が「征服欲と血に飢えた蛮族」「草一本生えぬ不毛の地ザマ」と解説するシーンがある。カルタゴ人は蛮族などではなかったし、古代の北アフリカは農業も栄えていたのだ。大カトーがカルタゴ産の見事なイチジクを元老院議員に見せ、「カルタゴ滅ぶべし」と煽動したエピソードは結構知られているはず。
 マキシマス以下のグラディエーターは敗者カルタゴの役割で、ローマ軍に扮する戦車や馬に乗って登場したグラディエーターにより、余興のひとつとして殺害されるはずだったが、マキシマスの巧みな指揮により勝ってしまう。

 意外だったのはローマ軍役のグラディエーターに、若い黒人の女がいたこと。なかなか美人だったが、弓の名手でマキシマスたちを苦しめる。この女もアクシデントから、戦車の尖で胴体を切断されるという惨い死を遂げる。女のグラディエーターなど、映画のフィクションだろうと私は思っていたが、グラディエーターを扱ったイギリスの歴史番組によれば、実際に女剣闘士もいたそうだ。ブログ『座乱読後乱駄夢人名事典』さんは剣闘士の記事で、女剣闘士を「勝敗というよりは、「お色気路線」かもしれません」と書いており、その説はもっともだと思った。たとえ「お色気路線」にしても、女剣闘士が存在していたという事実は、それを好む観客も多かったとなる。

 古代ローマにおける巨大アリーナでの生死をかけた剣闘士闘技を、現代人の多くは残酷な見世物と思うだろう。しかし、もしタイムマシンなるものがあれば、往時のコロッセオはもちろん、そこで開催されたグラディエーターの闘技を見たいと願う人は私も含めまた多いはず。
『グラディエーター』の時代から千八百年が過ぎた現在、人間の意識はどれだけ進化したのだろう?コロッセオで夥しい剣闘士闘技を行った古代ローマ人を、現代人は野蛮と責める立場にあるとは思えない。21世紀でも格闘技は人気のあるスポーツだし、プロレスのデスマッチなど日本人にも人気のあるショーで、「お色気路線」らしき女性レスラーもいる。かくいう私もデスマッチこそ見たことがないが、若い頃は結構プロレス好きだったし、彼氏とプロレス試合を見に行ったこともある。試合で興奮したのは私の方だった。

 以前、フランス貴族が始めた近代オリンピックを、古代ローマの運動競技の延長とするブログ記事を目にしたことがある。古代ローマも主催者やスポンサーは皇帝や貴族、大金持ちだったし、奴隷若しくは下層民出身の選手に肉体技を披露させていたことを挙げ、近代もその点で全く同じではないか、と。女子選手、殊に女子フィギュアスケートなど、股を大きく開いたり男の欲望を満足させる大技の披露そのもの、とまで記事に書いてあった。ちなみに件のブロガーは男性であり、この醒めた見方は意味深だ。強いて違いを挙げれば、近代は国民国家がスポンサーになったこと。

いま、ヒーローは立ちあがる」が映画公開時のコピーだった。私行きつけのレンタルチェーン店でも、何故かこの作品は史劇ではなく、「ヒーローもの」のコーナーに置かれている。『ローマ人の物語』の著者・塩野七生氏は、当然この映画に芳しい評価をしていない。現代に至るキリスト教文明がローマの国教化の後に築かれたため、異教時代のローマを悪の帝国として描いた典型的な作品だという。さらに塩野氏が故郷の妻子の元への帰還を願い出た主人公の姿勢に疑問を呈し、古代ローマの将軍ならば共同体への義務を優先しただろうと述べていた。
 ただ、史実に忠実に描こうとすれば、この物語は成立しない。古代ローマを舞台とした娯楽映画としては、良質な出来だと私は思う。私同様観客の殆どは、剣闘士のチャンバラを見たかったのだから。

◆関連記事:「ROME
 「『ローマ人の物語』読者が見たベン・ハー

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4 コメント

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ローマと西欧 (室長)
2011-01-21 10:39:31
mugiさん、
 ハリウッド映画とか、米国、或いは西欧諸国が、「ローマ時代」を描くと、どうしても彼らの現代的意識が入り込んで、史実からは少し離れる、というのはあり得ることです。
 他方で、特に米国人などにしてみれば、現代のローマ帝国を意識して、色々自らの感覚を持ち込む、と言う側面とかがあるように思う。
 グラディエーターがプロレスなら、戦闘車両競争はF-1とか、自動車の競争と同じ感覚と言うことでしょう。

 とはいえ、昨年見た「ローマ展」だったかで、ローマ時代の「非常に文化的な庭付き住宅」を見たとき、20世紀、21世紀の「現代的住宅」との、あまりの共通性というか、「先進性」に驚いたので、米国人らが、ローマを自らの祖先と意識してしまうというのも、少し納得がいく。
 他方で、最近の考古学の発達故か、奈良の都の再現CGなども、豪華絢爛の「東洋文化」を見せてくれるし、「Red Cliff」なども、古代中国文明のすごさを見せてくれて(どの程度史実かは別として)、やはり「東洋」も凄かった、と言う風に思わせてくれる。
 映画を通じて、東西が競っている、と言う風に見ると、政治との関連性も考えさせてくれます。
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RE:ローマと西欧 (mugi)
2011-01-21 21:30:17
>室長さん、

 歴史小説とは、異なった設定で現代人を描くもの、と言った人もいますから、史劇もまた現代的感覚から逃れられないはずです。史実そのままなら、現代の観客には受け入れられないことも少なくないし、今風にアレンジが必要となってくると思います。
 ギボンが典型ですが、大英帝国時代のイギリス知識人は古代ローマ史に関心を示し、今でもローマ研究では優れた実績があるとか。現代の超大国・大米帝国が、それを怠るはずはないし、アメリカ知識人もまたローマの統治システムを参考にしていると思います。

 細かい違いは別にしても、米国と古代ローマはかなり似ている面もあります。ハイウェイもローマ街道を思わせるし、大統領に権力が一極集中したり。ただし、大英帝国時代の英国人と同じく、米国人も自分たちは古代ローマを超えたと思っているはず。
 映像の発達のため、史劇は東西の文化の誇示の手段にもなっていますね。ボリウッドのあるインドも史劇が作られているはずですが、残念ながら日本公開されていません。
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『グラディエータ』 (KV62)
2011-01-24 20:16:00
私も、歴史スペクタクル映画大好きです♪
以前記事にも、されてた『ベンハー』も好きです。小学3年?!の頃にテレビで放映されてました。当時…星座やギリシア神話や、遺跡発掘記録等が大好きでして、まるで、英雄が登場したみたいに感じました☆ 単細胞の私です…(笑)
大英博物館に2人の女剣闘士の石レリーフ?!に名前が刻まれてて…『アマゾネスとアキレア(アキレスの女性名)』(うろ覚えなので、間違ってたら、ごめんなさい…)
近年でも、剣闘士のお墓の発掘調査で、骨にトラやライオンに噛まれた跡や頭蓋骨が鈍器で粉砕されてたり等、当時の息吹を感じますっっ♪
そういえば、最近スペインで闘牛のテレビ中継について、問題になってました。近代文明の意識の発展なのでしょうかね?!

mugi様、何時も素敵な記事を有り難うございます!!
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RE:『グラディエータ』 (mugi)
2011-01-24 21:34:58
>KV62様

『ベンハー』は私もТVで見たのが最初でした。小さいТV画面で見てもすごい迫力で、圧倒されました。実は私も子供の頃は星座や、それにまつわる神話が大好きで、星空を見上げていました。未だに単細胞が続いているので、歴史スペクタクル映画が大好きなのです(笑)。

 大英博物館に2人の女剣闘士の名前が刻まれている石レリーフ?!があったとは、知りませんでした。名が刻まれるほどなら、今でいえば有名なプロスポーツ選手だったのでしょうね。発掘・調査された剣闘士の骨から、猛獣に噛まれたり粉砕された跡があったことから、彼らの苛酷な生き様が浮かびます。この映画にも虎が登場しますが、当時の輸送方法や日数を思えば、ローマまで何頭も運ぶだけでスゴイ。

 拙ブログを何時も読まれて頂き、有難うございます。今後ともよろしくお願い致します。
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