扇風機の羽の真ん中をおさえるひねくれ者の日記

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感じるままに....
JW1.5世の自分が生きてるのを不思議に思う、ひねくれ者の日記です。

Music with Sweetheart No.56 2009.07.02

2009-07-02 20:31:43 | Music iPod&iTunes&Audio
2009.07.01にカラオケに行ってきました................................

場所は隣市某所、Memberは身内でいってきました。
身内と言ってもいろいろありますけどね。
まあ、最近は個人情報保護法の下でけっこうSevereに管理しなければならない状況になってきているので具体的には書かないで置こうと思います。
昨日は声の調子も良かったのですが、どうも最近カラオケに行ってないことから音がズレたのが気になりました。

というのもおいら一人であれば音量はかなり絞って声量の方を大きめにする設定にします。
歌う際には声がCheckできるので声量の方をあげることが多かったんですな。
ヒトカラがMy Boomだった頃、今から3~4年前は12時から18時までFree Timeで歌いまくっていました。
久しぶりだったことと声出しを余りしていなかったことから、途中で声が嗄れるのではないかと考えていたのですがね。
杞憂に終わりました。
なんといっても数人でいったことが大きいですね~。

こんなことはどうでも良いんです。
歌を歌い込むと言うことをおいらは余りしてきませんでした。
でも昨日は少し歌詞に感情移入して幾つかの曲を歌ってみました。
歌い込むって大事なんだな~と感じたのはコブクロの「蕾」を歌っている時でしたな。
胸が詰まって苦しくなって本人映像のPromotion Videoでしたので余計に感情が増幅されます。
声に詰まって歌えなくなった小淵さんの気持ちが良く解りました。
彼の母親が亡くなった背景を知っていますし、おいらにも両親や実の兄弟姉妹が居ます。
そうなると歌詞の意味を深く理解できますし、感情移入もしやすいモノです。
これは一人で歌い込んで練習しなければ涙がだだ漏れ状態でしか歌えない歌になってしまうので駄目だな~とか考えてしまいました。

この頃は歌って上手く歌えるだけでは駄目なんだな~と良く感じています。
尾崎豊さんの歌をたまにYouTubeで見たりするのですが、彼の歌の魅力というのは歌に魂をぶつけて自分の身体を痛み付けるような印象を受けるほどに気持ちが乗っています。
LIVE映像の歌っている姿はまさにそのものでLIVE後の彼は酷く消耗していただろうことが容易に想像できます。
それほどに彼のSing Styleは酷く自虐的なモノだったのだと理解できるようになりました。
でも彼が亡くなったのは26歳という若さです。
若すぎますよね。
余りに感情を入れすぎると何でもそうですが終わった後に非常に大きな空虚感が襲ってきます。
まだ20代だったのであればこの空虚感、虚無感は無情で冷徹なほどに強力なモノとなります。
特に人気商売である歌手というCategoryのArtistは見放されるのではないかという不安が常に付き纏い苦しい思いをするようです。

確かなこととして彼の歌の魅力はこのような不安定な所からでしか出てこないような歌ばかりです。

名曲と知られる歌が全て若い頃に感じていたモノばかりですね。

「恋人との不安定な関係」
・若い頃にしかできない強烈な引力を伴った激しい恋
・長くは続かない結末の見えている悲劇的な恋

「社会制度への強烈なMessage」
・学校制度という抑圧への反抗心
・反社会的だというレッテルへの反論
・そして大人が築いて来た全てのモノへの反骨の精神

などでしょう。
彼の中での葛藤があったのは自分が批判していた大人になっていくことへの苦悩だったのでしょう。
そしていつかは崩れ消え去ってしまう関係や仲間たちとの親しき人たちとの別れへのMessageもあります。
若い頃にしか抱くことが出来ない感情を表現できる20代という期間を非常に有効に使った人間だと思いますね。
おいらは自分自身が30を超えるなんてことは思ってみなかった人間です。
恐らく尾崎豊さんも同様だったのでしょう。
長く生きても薄くて引き延ばされた人生なんて真っ平だと今でも思いますものね~。
特に田舎に来てより薄っぺらになった状況には耐え難いモノがありました。

彼の作曲への姿勢は自分の短命を決定付けるような歌詞ばかりだったことも彼のLife-styleが如何に苦しかったのかも解ります。
歌というのは自分のRealな生活をさらけ出すようなモノですし、自分の思考を表現する手段です。
Rhythmと音程、歌詞、声の全てが合わさって歌となります。
Shoutに近い彼の歌い方には歌への考え方と共に長く歌うことが出来ないという事実を暗に示している歌唱法です。
長く歌おうと考えている歌手の歌い方というのは喉に負担が少ない歌い方をしているモノです。
そう考えると彼の歌の歌い方というのは自分を追い込んでいたということの表れだと解釈してしまうのです。

歌詞の秀逸さと共に「人間としての器」も歌というのは測れてしまうのだな~とか勝手に推論している訳です。
コブクロの二人にはこれからも良い曲をリリースしていただきたいですね。
でも重圧にならないように悩み苦しまないようにFanは見守らなければなりません。
次の曲が出るのは確かに楽しみです。
しかし本人たちがどれだけ苦しい思いをして生み出しているのかも理解しなければならないでしょう。

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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
いいなーvv (なつかん)
2009-07-03 20:55:00
コブクロ、いいですよねー。
歌の背景を考えながら、歌を楽しむというのは
大事なことですね!
歌がうまい人と言うのは、本当は、そういった
ことを表現できる才能のある人なのかもしれない
ですねー。
返信する
そうですね~。 (mumu.com)
2009-07-04 22:53:32
#なつかんさんへ
調子は如何ですか~。
良いとBlogで書かれていたのですが、良い後には悪いのが襲ってきますから、大丈夫かな~と心配です。

歌に関しては本当に歌そのものだけではなく作られた背景まで知るというのは良いモノですね。
特に小淵さんの気持ちと自分自身が死ぬことへの執着がないことが掛け離れているように思いましたが、両親や兄弟姉妹のことを考えると言葉を続けることが出来なくなってしまいました。
「蕾」のみならずコブクロの歌というのは本当に良い歌が多いですよね。
弟君が今一生懸命にギターの練習をしています。
おいらも2009.07.01にカラオケに行ったのですが楽譜を借りて練習しようと思っています。
他にも歌い込みたい曲が沢山ありますけど、人間一度に沢山のことは出来ませんしね。
一曲づつ自分のモノにしていきたいモノです。

JWは才能を伝える為に費やしていないだけで非凡なモノを持っている人って沢山いるように思います。
おいらが把握しているだけでも両手では数えられないぐらい居ますが、重要なことを伝える為に使用しているのですから尊敬してます。
おいらも少し調子が良いようなので今月は補助するように申し込みました。
先月の19日に申込書を提出したのですが、普段あんまり出ていないので時間が入らないと思われたようです。
予定表を提出して貰って駄目かな~とか考えていたのですが、昨日承認されてすることになりました。
ぼちぼちやっていこうと思っていますが、ご主人周りをしていくことになりそうですよ。(笑)
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