以無所得故。菩提薩埵。依般若波羅蜜多故。心無罣礙。無罣礙故。無有恐怖。遠離[一切]顛倒夢想。究境涅槃。
三世諸仏。依般若波羅蜜多故。得阿耨多羅三藐三菩提。
「菩薩たちは現象の世界でよりどころにするものがないから、その心は障りなくいられるのだ。恐怖なく顛倒なくいられるのだ。三世の諸仏も般若波羅蜜多によって阿耨多羅三藐三菩提(この上なき正しき悟り)を得ているのだ」という意味です。
この二行はブッダの教えに照らしても間違いありません。一切は空であると観ると、心には何も引っかかるものはなくなります。一切は空であると悟ることによって解脱します。(P.83)
「一切皆空」は「中観派」の主張かと思ったら、何と「上座部」でも同じ考え方とは知りませんでした。
それにしても『般若心経』は、作品として矛盾だらけでガタガタで、前後がつながっていません。・・・・・・・・・・・・
それで現代人の頭である程度論理的にしっかり理解できるようになりますが、原典の内容そのものは理解できていないのです。(P.83〜84)
このスマナサーラ氏の見解は、自分が読み間違えているのを「作品」のせいにしている、という点を除けば、単純に間違いとは言い切れません。今まで、日本人は『般若心経』を、ありがたがり、絶賛しながら、実は理解していなかったことを明らかにしたことは、慧眼と言うべき、と思います。
特に、「空即是色は間違い」というのは眼の付け所が良く、中村元さんの訳をベースにしてきた、多くの日本の仏教者は、まともに反論できません。
日本で知られている、漢訳『般若心経』は、玄奘三蔵らの訳で、漢文で書かれたお経ですから、中国の仏教者にとっては、日本人のように、理解できないというものではありません。
私たちは、故張明澄先生から、中国仏教(密教と禅)を学んできましたから、漢訳『般若心経』を読むのに困ることはないし、スマナサーラ氏の主張する「空即是色は間違い」についても、当時から、日本式の訳では内容にマッチしないことは知っていました。
『般若心経』のうち最も重要なのは次の部分です。
色不異空 色は空に異ならず
空不異色 空は色に異ならず
色即是空 色は即ち是れ空
空即是色 空は即ち是れ色
受想行識 受想行識
亦復如是 また是れの如し
肉体を通じて認識するあらゆる存在や現象(現象)は、すべて同時的相互関係か前後的因果関係(関係)を認識することであり、両者に違いはありません。
「関係(空)」と「現象(色)」には、何ら違いがありません。
「現象」とは何かと一言でいうなら「関係」であると言うことができます。
「関係」とは何かと一言でいうなら「現象」であると言うことができます。
「受想行識」とは、「現象」つまり「関係」を認識する機能であり、「関係」と「受想行識」は等しく、「現象」と「受想行識」も同じと言えます。
言っていることは、要するに、「空(関係)と色(現象)は全くおなじものである」つまり「空=色」ということであり、素直に読みさえすれば間違えようがありません。
ところが、中村元さんの訳では、「色」は「物質的現象」、「空」は「実体がない」となっており、「物質的現象には実体がない」のは認めるが、「実体がないものは物質的現象である」とは言えないというのが、スマナサーラ長老の主張です。
実際、「空即是色」の訳文は「およそ実体がないということは、物質的現象なのである」という、苦しい文章になっています。(岩波新書『般若心経 金剛般若経』中村元 紀野一義訳注)
しかし一般に、翻訳された文章を読む場合、訳語が原文の文脈に当てはまっていないなら、原文の文章が間違っているのか、訳語に問題があるのか、どちらと考えるべきでしょうか。
こんな場合、原文よりは、翻訳の方に問題があると考えるのが普通だと思うのですが、『般若心経』に限っては、訳語ではなくて、原文が間違っている、という倒錯した話がまかり通るようです。
分かりやすく、別の例を挙げてみましょう。
彼は成田空港から天国へと旅立った。
飛行機で天国へは行けないから、この文章は間違いだと考える人がいるかもしれません。
ところが、この文章には次のような解釈が可能です。
1、「天国」というのは実際にある地名で、本当に、飛行機で「天国」へと旅立った。
2、「天国」というのは比喩であり、「男性天国」というように何かが非常に盛んで、彼にとって「天国」と呼べるような土地へ旅立った。
3、「天国へ旅立った」というのが比喩(暗喩)で、実は彼の乗った飛行機は事故に遭い、彼は帰らぬ人となった。
この文章は、前後の脈絡抜きでも、上のような解釈が可能であり、「間違っている」と思う人は、それほど多くはいません。
しかし、スマナサーラ長老なら、それでもこの文章は間違っている、と言うかも知れません。「仏陀は天国など認めていない」という理由で。
ならば、『空即是色』はどうか、と言うと、「色不異空、空不異色、色即是空、空即是色、受想行識、亦復如是」と、前後の脈絡もはっきりしており、「色と空は同じである」ことを、繰り返し述べています。
スマナサーラ長老が、「色と空は同じでない」から「間違っている、というなら話は分かりますが、「色即是空」つまり「色と空は同じである」ことは認めながら、「空即是色」つまり「空と色は同じである」ことは認めない、というのですから、長老は、「色即是空」の意味も、正しく理解していないことになります。
と、言っても、長老の解釈は、中村元さん初め、ほとんどの日本の『般若心経』解説者の訳語に則ったもので、日本語の理解能力の問題でもないし、突飛なものでもなく、むしろ誤読の責任は、日本の『般若心経』解説者のほうにあると言えます。
中村元さんは、日本仏教界で人格者として知られ、表立って反論する人はこれまでほとんどいませんでした。
『般若心経は間違い?』の間違い(一)
『般若心経は間違い?』の間違い(二)
『般若心経は間違い?』の間違い(三)
『般若心経は間違い?』の間違い(四)
『般若心経は間違い?』の間違い(五)
『般若心経は間違い?』の間違い(六)
『般若心経は間違い?』の間違い(七)
『般若心経は間違い?』の間違い(八) 密教と記号類型学
『般若心経は間違い?』の間違い(九)龍樹「一切皆空」のパラドクス
『般若心経は間違い?』の間違い(十) 中観(一切皆空)と般若心経(五蘊皆空)
照見!『般若心経は間違い?』の間違い(十一)
『般若心経は間違い?』の間違い(十二) 悟りのイメージと効用
『般若心経は間違い?』の間違い(十三) 竜樹の「空」と般若心経の違い
『般若心経は間違い?』の間違い(十四) 無我と輪廻
『般若心経は間違い?』の間違い(十五) その1 苦=空=自己疎外
『般若心経は間違い?』の間違い(十五) その2 10年経っても反論できない?
2021-07-19
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密教秘伝
般若心経
《空と疎外》
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序言
『西遊記』でおなじみの、玄奘三蔵法師は、7世紀、唐からインドに取経して、多くの経典を漢語訳し、なかでも、『般若心経』は、大乗仏典の精華と言うくらい名訳とされています。しかし、よく理解されているか、と言えば、実はあまりよく理解されていません。
なかでも、「色即是空、空即是色」という『般若心経』のなかの最も重要な文章は、最も有名であるにも関わらず、理解される、というには程遠いのが現状です。
なかには、「色即是空」は正しいが「空即是色」は間違い、などと、頓珍漢なことを言い出す人たちも現れましたが、『般若心経』を信奉してきたはずの、日本の仏教者たちは、満足な批判を加えることさえできません。
十八世紀、ドイツの哲学者ヘーゲルは「理性的なものは現実的なものであり。現実的なものは理性的である」と述べました。この発言は当時から、批判されるばかりで、今でもあまり理解されていません。
ヘーゲルの言う「理性」は、仏教では「分別」と言いますが、ヘーゲルの言うような理想的なものとは捉えておらず、「分別」こそが「苦」の原因であるとします。
「色即是空、空即是色」をヘーゲル風に言い換えると、「現実と見えるものは分別されたものであり、分別されたものは現実と見えるものである」ということになります。つまり、自分が「分別」して「現実」と見えるものを、そのまま「現実」と思い込むから、「苦」が生ずるのです。
2世紀、インドの仏教者、竜樹は、「一切は空である」と、述べましたが、本人も論じているように、「すべてが空」では、矛盾が生ずることがあります。
その点、「唯識」仏教(法相宗)の大家である玄奘三蔵訳『般若心経』では、「一切が空」とは言わず、「五蘊皆空」と述べており、竜樹のような矛盾が生じません。
「唯識」レベルで書かれた経典である玄奘訳『般若心経』を「空」論のレベルで理解しようとすることには無理があり、最低でも「唯識」レベル、できれば「密教」のレベルで、つまりは「唯識」論を踏まえた上で、あらゆる知識を総動員して「緊密」に読み解くことが必要です。
「密教」の「密」とは、「緊密」のことであり、「秘密」という意味ではありません。
『般若心経』の「空」は、ヘーゲルの「疎外」と似ていますが、むしろ、マルクスの「疎外」と等しいものであることを、本書をお読みいただければ、お解りいただけるかと思います。
2021年 辛丑 掛川東海金
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