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絵本の楽屋   by 夏野いばら

「てん」  ピーター・レイノルズ:作 谷川俊太郎:訳       あすなろ書房

名前という呪い

『自分のことが大っ嫌い。どうせ何もできない、もう何もしたくない―!』
人生で初めてそんな壁にぶち当たるのは、何歳位でしょうか? 小学校に入ってから?

まだ、その壁にぶち当たったことのない、ハッピーなお子様には、この絵本はピンとこないはず。ピンと来なくても、それはそれでgood!という絵本です。

ただ、絵本を開く前に、どうしてもお伝えしたいことが一つ。
それは、主人公の女の子「ワシテ」の名前の由来です。

最初の頁には、わざわざ註も付けられています。
「ワシテ(ワシュティ):旧約聖書に登場する王妃の名前。王の命令にそむいたため、追放された」

ワシテは、「エステル記」第1章だけに登場する王妃です。ある時、国王が大宴会を催し、「その美しさを民と首長たちに見せるため」に、ワシテを宴会の席に呼び出そうとしました。ところがワシテは、同じ時に婦人たちの宴会を主催していたため、その呼び出しに応じませんでした。国王は激怒し、周到に法改正をして、ワシテから王妃の位をはく奪します。こうして彼女は、聖書の表舞台からあっさりと姿を消します。

次いで、代わりのお妃探しが始まります。そこで王妃として召し出されることになったのが、ユダヤ人のエステルです。「エステル記」は、「ザ・お妃選びオーデション」の一部始終と、晴れて選ばれた王妃エステルの勇敢な活躍を語る物語。まさに、シンデレラ・ストーリーの原型なのです。

だけど、ワシテは…エステル登場と同時に忘れられる、完全に負け組の人。

名は体を表す、と言います。名前はその人に、一生つきまとう冠です。
それなのに、どういうわけか、そんな負け組の名前をつけられちゃったワシテちゃん。

この絵本は、その「ワシテちゃん」が主人公です、「エステルちゃん」ではなくて。
そう知って読めば、このシンプルな絵本が、もう一つの「シンデレラ・ストーリー」として、特別な輝きを見せます。

ちなみに。奥付きに「この本の絵は、水彩絵の具と紅茶を使って描かれています」と解説があります。原題はTHE DOT. 「点、ぽち、しみ」という意味ですね。「どのしみが、紅茶のしみ?」と、探しながら読んでいくのも楽しいです!
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