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絵本の楽屋   by 夏野いばら

「京劇がきえた日 秦淮河・一九三七」            姚 紅:作 中 由美子:訳 童心社

見にくい歴史に、目を向けるために 

「子どもたちに平和を伝える」。
この、とても大きな命題に取り組む絵本は少なくない。
しかし、「平和」と言う言葉を出す前に、まず、子どもたちに、きちんと伝えなければならないことがあると思う。それは、「むかし、日本は、戦争をしました」という史実。

今や、おじいちゃん・おばあちゃん世代でさえ、戦後生まれの人がほとんどだ。子どもたちにとって「戦争」は、もはや「桃太郎さん」「浦島さん」レベルのおとぎ話か、それ以上に遠い話である。

そこで、この絵本の出番だ。舞台は1937年、戦時下の中国・南京。町はずれをゆったりと流れる河、両岸には活気ある下町。そこに暮らす一人の少女の目線から、その町の、最後の日々が描かれる。

日本の幼い読者にとっては、見慣れない異国の、しかも戦時下の光景である。読みながら、子どもはいろいろと尋ねてくることだろう―「これ、何?」「これ、何してるの?」 そこで正解を教えてあげられなくても、大丈夫。一緒に眺めていれば、それぞれの頁から、伝わってくる「情」がある。

そうして、いよいよ、とうとう「日本軍の爆撃機が、…」の一行に、子どもと一緒に出会ってほしい。それは一人の日本人として勇気のいる瞬間であるが、この絵本の芸術性の高さが、最後の頁まで支えてくれる。

醜い(=見にくい)事実は、見やすさ(美しさ)の中に置かれなければ、受け入れられないものだ。ただ見にくいままでは、目をそらされてしまい、記憶にも残らない。その点で、見にくい歴史に目を留めさせ、記憶させる、この絵本の美しさは特筆に値する。

少女の目から「京劇」を消し、南京の町を消した日本の爆撃機。それは、読者の日本の子どもの心にも、暗い影を落とすだろう。その黒い影の輪郭を認めて初めて、私たちはようやく、平和を語り合う場所に立てるのだと思う。

「むかし、日本は戦争を始めました。そして、隣の国を襲いました。」
勇気をもって、まず、この史実を子どもたちに伝えたいと思う。 
小学校低学年以上の子どもに「平和を語る」、最初の絵本としておすすめです。


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