勉強の合間の海巡りが趣味になりました。ロンドンから約1時間前後で行ける海に目星をつけ、ふいに思い立ったら訪れます。観光名所で有名なRye村近くの海岸沿いは、右側が真っ青な海で左側は牛のいる牧場です。初めて見る不思議な光景でした。
午前中に、級友たちと試験の打ち合わせを広い空間の広がるSenate Buildingのソファでして、寮に帰り着くと受付にワンワンがいました。単調な郵便仕分けの仕事が面白くないと見え、会話を引き伸ばして私を繋ぎとめようとします。私は明日、Pedagogyの試験でそれどころではありません。
ワンワン、さやさんはね、
I’m living for Pedagogy
All what I do now is Pedagogy
The reason of my existence in this world is for Pedagogy
I’m just thinking about Pedagogy
Tonight, I’m dreaming dreaming of Pedagogy♥
ワンワンは笑って解放してくれました。
ワンワン、さやさんはね、
I’m living for Pedagogy
All what I do now is Pedagogy
The reason of my existence in this world is for Pedagogy
I’m just thinking about Pedagogy
Tonight, I’m dreaming dreaming of Pedagogy♥
ワンワンは笑って解放してくれました。
ドイツ人のポールは、その仔犬に似ている容貌と所作からワンワンというあだ名をつけられました。本人もこのあだ名をいたく気に入り、自分のことをワンちゃんとネーミングし、セント・ポール大聖堂の前を通るたびに『セント・ワンワン大聖堂』の文字と写真を送ってきます。
フランクフルト郊外の三人兄弟の末っ子に生まれた彼は、ロンドンで政治学博士課程で日本についての研究を専門にしています。私も時々日本語を教えるのですが、その中級レベルの日本語に反して外国人が戸惑う『ね、よ、よね』などのニュアンスと言い回しを正確に理解し使いこなすので感心します。日本語がお上手ですね、と褒められたときの彼の常套句は、その仔犬のような無垢っぽい顔を、いえいえ、まだまだです、と計算ずくのしたり顔で返すことです。
去年の夏に、日本から友達が来るとワンワンに言ったら3人でパブへ行こうと提案してきました。だから私は、さやさんとれいこさんは、ガールズナイトだから、ワンワンとは一時間半パブで飲んで、そのあとさやさんとれいこさんはとってもエキスペンシブレストランへ行くから、と場所と時を違えて3度ほど布石を打つつもりでけん制しました。ワンワンは、わかった、と言ったものの、当日一切そのことを口にせずにどこまでも一緒に仔犬みたいについてきました。ワンワンおススメのパブを三軒梯子し寮に帰り、ワンワンが大好きな『新宿の女』をバックミュージックに飲み続けました。
一度、彼の難しい記事を翻訳した時にあまりにも骨が折れるので、恩着せがましく、本当に大変だった、と言ったら、そんなに一生懸命する必要なかったのに、と恩知らずなことを返してきたので、一か月半ほど口をきかずに大喧嘩したことがあります。その後、ワンワンに、仲直りをしよう!とテキストしたら、はい、仲直りは嬉しい、と返ってきました。
年が明けたら香港に雨傘運動のリサーチに行くとワンワンが言うので、ワンワンがいなくなったら寂しい、と伝えたら、大変寂しい。早く他のイケメン見つけてよ、と言われました。あまりにも面白かったので、ワンワン最高じゃん!と言ったら、サイコじゃん!とワンワンも言いました。だから私も再度、サイコじゃん!と繰り返し、ワンワンも、サイコじゃん!と繰り返しました。しばらく、サイコじゃん!の応酬が続き、『サイコウ』の『ウ』を聞きとらないドイツ人のワンワンに、可愛いのでしばらくそのままでいようとひとりほくそ笑み、サイコじゃん!と言いました。
フランクフルト郊外の三人兄弟の末っ子に生まれた彼は、ロンドンで政治学博士課程で日本についての研究を専門にしています。私も時々日本語を教えるのですが、その中級レベルの日本語に反して外国人が戸惑う『ね、よ、よね』などのニュアンスと言い回しを正確に理解し使いこなすので感心します。日本語がお上手ですね、と褒められたときの彼の常套句は、その仔犬のような無垢っぽい顔を、いえいえ、まだまだです、と計算ずくのしたり顔で返すことです。
去年の夏に、日本から友達が来るとワンワンに言ったら3人でパブへ行こうと提案してきました。だから私は、さやさんとれいこさんは、ガールズナイトだから、ワンワンとは一時間半パブで飲んで、そのあとさやさんとれいこさんはとってもエキスペンシブレストランへ行くから、と場所と時を違えて3度ほど布石を打つつもりでけん制しました。ワンワンは、わかった、と言ったものの、当日一切そのことを口にせずにどこまでも一緒に仔犬みたいについてきました。ワンワンおススメのパブを三軒梯子し寮に帰り、ワンワンが大好きな『新宿の女』をバックミュージックに飲み続けました。
一度、彼の難しい記事を翻訳した時にあまりにも骨が折れるので、恩着せがましく、本当に大変だった、と言ったら、そんなに一生懸命する必要なかったのに、と恩知らずなことを返してきたので、一か月半ほど口をきかずに大喧嘩したことがあります。その後、ワンワンに、仲直りをしよう!とテキストしたら、はい、仲直りは嬉しい、と返ってきました。
年が明けたら香港に雨傘運動のリサーチに行くとワンワンが言うので、ワンワンがいなくなったら寂しい、と伝えたら、大変寂しい。早く他のイケメン見つけてよ、と言われました。あまりにも面白かったので、ワンワン最高じゃん!と言ったら、サイコじゃん!とワンワンも言いました。だから私も再度、サイコじゃん!と繰り返し、ワンワンも、サイコじゃん!と繰り返しました。しばらく、サイコじゃん!の応酬が続き、『サイコウ』の『ウ』を聞きとらないドイツ人のワンワンに、可愛いのでしばらくそのままでいようとひとりほくそ笑み、サイコじゃん!と言いました。
私のPhoneticsの先生はJonnyで、授業で1ミリの興味も沸かなかったPhoneticsがJonnyの教授にかかるとその熱に浮かされ、私まで楽しいもののような気がしてきます。おそらく大きな確率で試験に出題されるPhonetics部門の発音記号の特徴を記す問題は、The International Phonetic Alphabet(IPA)によって定められた世界の言語の子音と母音の名前と特徴をすべて覚える必要があります。例えば、{m n ŋ}なら、m voiced Bilabial Nasal, n Voiced Alveolar Nasal, ŋ Voiced Velar Nasalで、特徴は’Nasal sounds are produced through the nasal cavity’です。
わけのわからないPhoneticsのTopicもJonnyの教えとともに徐々に親しみのわかるものになっていき、初めはすべての発音記号を覚えるなんて不可能と思ったことも、これが言語学入門の中では最も解答に易しく得点に結びつけやすいと考えました。なぜなら覚えるだけだからです。そこには理論もなくそれを使った応用もありません。ただ覚えてそれを記入すればいいだけです。
IPAによるとconsonantsはPlace of articulationとManner of articulationで表され、英語の発音記号は、前者のBilabial, Labiodental, Dental, Alveolar, Postalveolar, Palatal, Velar, Glottal、後者のPlosive, Nasal, Fricative, Lateral approximantで表記されます。これを1文字ずつフラッシュカードに書き込み、後ろにfeaturesを書きました。毎朝、めくって暗記の特訓です。
わけのわからないPhoneticsのTopicもJonnyの教えとともに徐々に親しみのわかるものになっていき、初めはすべての発音記号を覚えるなんて不可能と思ったことも、これが言語学入門の中では最も解答に易しく得点に結びつけやすいと考えました。なぜなら覚えるだけだからです。そこには理論もなくそれを使った応用もありません。ただ覚えてそれを記入すればいいだけです。
IPAによるとconsonantsはPlace of articulationとManner of articulationで表され、英語の発音記号は、前者のBilabial, Labiodental, Dental, Alveolar, Postalveolar, Palatal, Velar, Glottal、後者のPlosive, Nasal, Fricative, Lateral approximantで表記されます。これを1文字ずつフラッシュカードに書き込み、後ろにfeaturesを書きました。毎朝、めくって暗記の特訓です。
中国語よりも手こずったのが、Introduction Study of Linguisticsの試験です。言語学入門の授業なのですが、大学で言語学を専攻していない身にとっては素人泣かせの、またすべてのSpecial Termの絡んだ理論を英語で勉強していかなければならない身にとっては、苦痛な作業の連続でした。
試験範囲は、Language, culture, communication、Phonetics, Phonology, Morphology, Syntax, Semantics, Pragmaticsで、ここからどの分野のどの部門が出るかわからずに、すべてをカバーする必要がありました。これが膨大な時間と労力を要する作業でノート3冊分に及びました。
試験はA、B2部門のそれぞれ出題される4,5問のうち2択を自分で選んで解答するというものです。
試験当日、まず配られた試験をにざっと見通し、A部門の4問のうち、どれを解答するか検討をつけました。過去5年分の過去問でほぼ毎年出題されていたPhoneticsと、頭に叩き込んだMorphologyにチェックをつけました。
次にB部門ですが、5問出題のうち、3問が何の問題なのかすら検討がつきませんでした。自然、残りの2問に解答する形になったのですが、一つはSemanticsで、もう一つはSyntaxからでした。この2つは私が最も苦手なtopicで、Semanticsは専門書の説明を何度も読み、Wikipedia及びネットで動画の講義も含め情報を検索し、Professorに直接質問し解答を得、自分の解答と照合しても結局最後まで理解できなかったものです。その中でもEntailmentsとPresuppositionsの見極め問題は、ほぼ毎年出題されていて非常に出題確率が高いものでした。きっと今年も出題されるに違いない思いながらも、理解に困難を極め、もうこれ以上これに労力と時間をつぎ込んでもらちが明かないと思い切って棄てたものです。そしてもう1つは、Syntaxの文章構造についてでしたが、こちらも匙を投げたものです。それ以外の3問は、知らない記号の羅列でもはや何を問われているのかもわかりません。試験2日前に、全Topicのうち投げ出したこの2つを思うとき、もしこれが試験に出て他も不得意なものばかり出たらどうしようと不安に押しつぶされそうになり、そして実際そうなりました。
幸い、Semanticsの問題がPresuppositions については言及されずに、Entailmentsの見極めのみだったことで難易度が下がり解答に辿り着けました。もう一つのSyntaxは一言も解答できずにお手上げ状態でした。あれだけの時間と労力を投じて勉強したにも関わらず、質問の意味すらわからないなんて大学院の試験、システム、Linguisticsのすごさを思い知らされ、もうこれで全部の試験が終わりおそらく試験はパスしたというのに、帰り道の澄んだ初夏の空に反比例し心は不機嫌でした。
試験範囲は、Language, culture, communication、Phonetics, Phonology, Morphology, Syntax, Semantics, Pragmaticsで、ここからどの分野のどの部門が出るかわからずに、すべてをカバーする必要がありました。これが膨大な時間と労力を要する作業でノート3冊分に及びました。
試験はA、B2部門のそれぞれ出題される4,5問のうち2択を自分で選んで解答するというものです。
試験当日、まず配られた試験をにざっと見通し、A部門の4問のうち、どれを解答するか検討をつけました。過去5年分の過去問でほぼ毎年出題されていたPhoneticsと、頭に叩き込んだMorphologyにチェックをつけました。
次にB部門ですが、5問出題のうち、3問が何の問題なのかすら検討がつきませんでした。自然、残りの2問に解答する形になったのですが、一つはSemanticsで、もう一つはSyntaxからでした。この2つは私が最も苦手なtopicで、Semanticsは専門書の説明を何度も読み、Wikipedia及びネットで動画の講義も含め情報を検索し、Professorに直接質問し解答を得、自分の解答と照合しても結局最後まで理解できなかったものです。その中でもEntailmentsとPresuppositionsの見極め問題は、ほぼ毎年出題されていて非常に出題確率が高いものでした。きっと今年も出題されるに違いない思いながらも、理解に困難を極め、もうこれ以上これに労力と時間をつぎ込んでもらちが明かないと思い切って棄てたものです。そしてもう1つは、Syntaxの文章構造についてでしたが、こちらも匙を投げたものです。それ以外の3問は、知らない記号の羅列でもはや何を問われているのかもわかりません。試験2日前に、全Topicのうち投げ出したこの2つを思うとき、もしこれが試験に出て他も不得意なものばかり出たらどうしようと不安に押しつぶされそうになり、そして実際そうなりました。
幸い、Semanticsの問題がPresuppositions については言及されずに、Entailmentsの見極めのみだったことで難易度が下がり解答に辿り着けました。もう一つのSyntaxは一言も解答できずにお手上げ状態でした。あれだけの時間と労力を投じて勉強したにも関わらず、質問の意味すらわからないなんて大学院の試験、システム、Linguisticsのすごさを思い知らされ、もうこれで全部の試験が終わりおそらく試験はパスしたというのに、帰り道の澄んだ初夏の空に反比例し心は不機嫌でした。
去年の試験日程を今でもはっきりと覚えているのですが、5月18日にPedagogyの試験が終わり、その翌日続けざまに中国語の試験でした。午前中に3時間行われたPedagogyの試験疲れでUniversity of LondonのSenate House Libraryの一室にある王様席みたいな中央にある一人席で何十枚もの中国語のプリントに顔を埋めて寝入っていました。ふと目を覚まし、再び、機械的にプリントを繰り中国語の字面を頭に詰め込む作業に没頭しました。初夏の午後の日差しがオレンジ色に染まって、しんと静まる図書館内部を照らしていました。
こんなにある特定の薬を好きになったことはないのですが、この中国の風邪薬には惚れ込みました。中国でごく一般的に飲まれる風邪薬のようで粉をお湯に溶かして飲みます。中に甘草が入っているらしく、ほんのり甘いその液体が頭の痛みを和らげてくれます。凝り固まった心身の緊張が解きほぐされていくようで、以来、ずっとこの薬を手に入れたいと思いながら過ごし、先日ついに中国に行くという知人を見つけ買ってきてもらいました。それ以来、あまり体調に気を遣いもせずに、いつでもあの薬があるから大丈夫と用心棒のように心強く思っていたら、なかなか風邪を引くをこともなく残念ながら薬を飲む機会がありません:)
笑宇くんから、エッセイが全部終わって、久しぶりの外出です!という文面と共に、
光降り注ぐThe Parliament Squareのマンデラ大統領の写真が送られてきました。
写真からも文面からも春の日差しを浴びて元気いっぱいという感じが伝わってきます。
光降り注ぐThe Parliament Squareのマンデラ大統領の写真が送られてきました。
写真からも文面からも春の日差しを浴びて元気いっぱいという感じが伝わってきます。
政治学専攻の中国人の笑宇くんはこの前鬱になったそうで、「この前、一瞬、鬱になったんですよ」と言いました。「鬱になったの?どのくらい?」と聞いたら「一週間です」という答えが返ってきたので、「それって鬱って言うの?」と問い返したら「何日かは部屋に引きこもったんです」だそうで、「一週間で治ってよかったね」と返しました。
笑宇くんは、ロンドンに来る前は日本の大学に4年間留学していたということで日本語がペラペラです。以前、日本語スピーチコンテストで優勝した『音楽に国境なし』の内容を聞かせてくれました。
そんな音楽が好きな彼ですが、音楽では食べていけないからとの堅実な理由で政治学専攻の道を選びました。政治にとっても詳しいです。日中関係や私がロシア好きなのを知って日中露関係の情報を時々ふいに唐突に送ってくれます。その割に、私が「アメリカのレーガンは、大統領としての評価はどうなの?」と尋ねたときは「それは一言では難しい問題であります」と一蹴されました。中国の一人っ子政策についてのことを尋ねたときもノーコメントでした。彼の興味のある事柄を一方的に送ってきてくれます。最近は、中国青島で行われた70周年記念の観艦式についてでした。
そんな政治に詳しく精通している彼もアカデミックの政治学では時々頭を悩まされていると見え、「こんな理論と机上の空論だけをこねくり回す論文ばかり読んでいると頭が精神病になっちゃうんですよ」と弱音を吐いたりしています。「いつも我慢している感じです」と言っていました。「よくわかる、よくわかる、耐えるしかないんだよねえ」と私も同調します。
古代ソクラテスの時代から続く理論の世界は、一般社会とは異なる一種独特の世界で、その頃から続く先人達の理論の立証を後人は永遠と論文に手を変え品を変え引き記してきました。ホーキンス博士が専門にしていた理論物理学なんかもまさしくその筆頭で頭の中で理論を展開する学問だと推測します。ああいう天才学問肌は別にしても、アカデミックの世界ははっきりと合う合わないが分かれるのだと考えます。
まずその見極めの第一段階として修士課程があるのではないかと思います。大学までは一般課程なので専攻はあっても概要をなぞるような感じで本格的に学問を究めるのではなく、その先の修士課程に入り深く追求していく前段階に入ります。ここで人々は初めて、自分の学者としての適性があるかないかに気づくのだと思うのです。私の見立てでは、修士の学生のほぼ80~90パーセントが研究の素質がなく、残りの10~20パーセントの学生がそのまま博士課程に入り学者になっていくのではないかとみています。もちろんその中でも名のある教授先生になれるのはわずかです。
言語学に進んだ私も政治の好きな笑宇君も研究向きの人間ではなく、一般社会で実践を主体に生きていくほうが性に合っているのです。
ある日、私が「もう修士課程も終わったし、ロンドンを引き揚げる」というと、彼がひとしきり政治の話を一方的にしたところで、私がそれについて自分の意見をコメントしているのにもかかわらず、突然話の腰を折り「今度はいつ会えるかな」と中断してきます。もう本当に人の話を聞かないんだから、と思いつつ、図体が大きいのに心根の優しい笑宇くんにおかしみを感じます。
笑宇くんは、ロンドンに来る前は日本の大学に4年間留学していたということで日本語がペラペラです。以前、日本語スピーチコンテストで優勝した『音楽に国境なし』の内容を聞かせてくれました。
そんな音楽が好きな彼ですが、音楽では食べていけないからとの堅実な理由で政治学専攻の道を選びました。政治にとっても詳しいです。日中関係や私がロシア好きなのを知って日中露関係の情報を時々ふいに唐突に送ってくれます。その割に、私が「アメリカのレーガンは、大統領としての評価はどうなの?」と尋ねたときは「それは一言では難しい問題であります」と一蹴されました。中国の一人っ子政策についてのことを尋ねたときもノーコメントでした。彼の興味のある事柄を一方的に送ってきてくれます。最近は、中国青島で行われた70周年記念の観艦式についてでした。
そんな政治に詳しく精通している彼もアカデミックの政治学では時々頭を悩まされていると見え、「こんな理論と机上の空論だけをこねくり回す論文ばかり読んでいると頭が精神病になっちゃうんですよ」と弱音を吐いたりしています。「いつも我慢している感じです」と言っていました。「よくわかる、よくわかる、耐えるしかないんだよねえ」と私も同調します。
古代ソクラテスの時代から続く理論の世界は、一般社会とは異なる一種独特の世界で、その頃から続く先人達の理論の立証を後人は永遠と論文に手を変え品を変え引き記してきました。ホーキンス博士が専門にしていた理論物理学なんかもまさしくその筆頭で頭の中で理論を展開する学問だと推測します。ああいう天才学問肌は別にしても、アカデミックの世界ははっきりと合う合わないが分かれるのだと考えます。
まずその見極めの第一段階として修士課程があるのではないかと思います。大学までは一般課程なので専攻はあっても概要をなぞるような感じで本格的に学問を究めるのではなく、その先の修士課程に入り深く追求していく前段階に入ります。ここで人々は初めて、自分の学者としての適性があるかないかに気づくのだと思うのです。私の見立てでは、修士の学生のほぼ80~90パーセントが研究の素質がなく、残りの10~20パーセントの学生がそのまま博士課程に入り学者になっていくのではないかとみています。もちろんその中でも名のある教授先生になれるのはわずかです。
言語学に進んだ私も政治の好きな笑宇君も研究向きの人間ではなく、一般社会で実践を主体に生きていくほうが性に合っているのです。
ある日、私が「もう修士課程も終わったし、ロンドンを引き揚げる」というと、彼がひとしきり政治の話を一方的にしたところで、私がそれについて自分の意見をコメントしているのにもかかわらず、突然話の腰を折り「今度はいつ会えるかな」と中断してきます。もう本当に人の話を聞かないんだから、と思いつつ、図体が大きいのに心根の優しい笑宇くんにおかしみを感じます。
こちらは2月12日のLondon Bloomsbury界隈。
文化の香り漂うブルームズベリー地区は、ヴァージニアウルフをはじめ、イギリスの知識人からなるブルームズベリー・グループが活動していた場所でもあります。テキストをいっぱい詰めてリュックを背負った各国の学生が行き交う大学町でもあります。
現役の頃、生活圏内と言えばほぼこの地区がすべてで、無意識のうちに勉強から一息つける場所ばかりを見つけました。素敵なカフェの数々、マリア像と対面するベンチ、リスが活動する公園、古本屋、裏寂れたパブ。夏に弟が訪ねて来た時に、一番、自分に身近なスポットばかりを案内していたら「全部、癒しスポットじゃないか」と言われました))
先日、久しぶりにこの界隈の公園へ足を踏み入れたら、一足先に春を見つけました。紫のライラックと黄色の水仙が元気に咲いていました。季節は廻って、また春が来たのだと思いました。
文化の香り漂うブルームズベリー地区は、ヴァージニアウルフをはじめ、イギリスの知識人からなるブルームズベリー・グループが活動していた場所でもあります。テキストをいっぱい詰めてリュックを背負った各国の学生が行き交う大学町でもあります。
現役の頃、生活圏内と言えばほぼこの地区がすべてで、無意識のうちに勉強から一息つける場所ばかりを見つけました。素敵なカフェの数々、マリア像と対面するベンチ、リスが活動する公園、古本屋、裏寂れたパブ。夏に弟が訪ねて来た時に、一番、自分に身近なスポットばかりを案内していたら「全部、癒しスポットじゃないか」と言われました))
先日、久しぶりにこの界隈の公園へ足を踏み入れたら、一足先に春を見つけました。紫のライラックと黄色の水仙が元気に咲いていました。季節は廻って、また春が来たのだと思いました。
修士論文を書くことや、そもそも修士課程や、博士課程やもっと言えばアカデミックの世界は、中に入って体験した人以外わかりにくい世界かもしれません。私自身もこの一年、何がなんだかわからずにとにかく言われるままに必死にこなしてきたというのが実情です。学者間で交わされる難解な言い回しの小難しい言葉と議論の連続は必ずしもすべてが社会に通用され還元されるかというとそうではありません。徐々にわかってきたことが、あくまで自分のための論文でありアカデミックの世界なのだ、ということです。高尚な究極の趣味とも言えます。自分の興味のあるテーマをとことん追求する、社会に認められた地位とお金を使って、という感じでしょうか。理系はそれがもう少し実際的な結果に結びつき人の命を救ったり環境改善に役立つこともあるのでしょうが、文系の研究とはあくまで自分ありきの自分の探求欲を満たすためのそしてそれが結果として社会に飛び出て役立つ可能性も無きにしも非ずといったところでしょうか。というのも、例えば私が勉強している言語学なんかも、ある学者は北アフリカのマイナーな言語の研究をしています。その成果発表を聴くのは同じく様々な言語を研究している学者や学生です。それは常に大学の一室で行われそこにはほぼアカデミックの関係者以外いません。
日本について何十年も研究している学者もたくさんいます。それは御巣鷹山の研究であったり、ある漢学者がテーマであったり、明治維新で活躍したある商家の家族の物語であったりと一般の日本人が知らないことを外国人である彼らが自分の人生の何十年もの時間をかけ解明している姿を目の当たりにすることは感動すら覚えます。
級友に言わせると、何のために誰のためにしているかということを考えてはいけないのがアカデミックの世界、だそうです。以前、政治学の生徒の論文を訳したのですが、一般人にはさっぱりの専門の政治用語と難解な文章の連続で訳すのに随分骨が折れました。アカデミックのさらに政治学を専攻している人にしか理解できない内容でした。書いた張本人もそれでいいと思って書いている節があり、私自身はこれまた一歩アカデミックの世界を理解したような気がしました。
写真は近くの公園のマリア像。
日本について何十年も研究している学者もたくさんいます。それは御巣鷹山の研究であったり、ある漢学者がテーマであったり、明治維新で活躍したある商家の家族の物語であったりと一般の日本人が知らないことを外国人である彼らが自分の人生の何十年もの時間をかけ解明している姿を目の当たりにすることは感動すら覚えます。
級友に言わせると、何のために誰のためにしているかということを考えてはいけないのがアカデミックの世界、だそうです。以前、政治学の生徒の論文を訳したのですが、一般人にはさっぱりの専門の政治用語と難解な文章の連続で訳すのに随分骨が折れました。アカデミックのさらに政治学を専攻している人にしか理解できない内容でした。書いた張本人もそれでいいと思って書いている節があり、私自身はこれまた一歩アカデミックの世界を理解したような気がしました。
写真は近くの公園のマリア像。
一年、ロンドンに住んだとはいえ、どこに何があるかの観光スポットはもとよりあまり何も街を把握していないのが実情です。なぜかというと答えは簡単で、クラスメイトのシャンシャンも言っていたように、日々寮と大学を往復していたに過ぎない日々だったからです。今でもそれは変わらず最後の山場の修士論文を必死で書いているだけです。
他の級友が、留学ってもっと楽しいかと思った、と呟いたように、シャンシャンはある日ストレスから顔面神経麻痺にかかり一か月の療養生活を強要されました。(昨日、会った時はまたいつものおしとやかなシャンシャンに戻っていて安心しました。)
私も先日、右足が突然痛み出し、歩けなくなるという事態に陥りました。幸い一日で回復し、おそらく神経の関係だったのではないかと思っていますが、そんなことが多々起こります。
また、あまりにも溜息が止まらず溜息をつき続けるのでネットで調べたら、溜息は身体が大きく空気を吸い込もうとしていることなのでいいことだ、とポジティブなことが書いてありました(*'ω'*)
頭痛と吐き気が続いた後、こんなんでは修論が書けない!と心機一転を心掛けたらストップしました。すべては未知数の不安と自分に課したプレッシャーから来るものなのは確かなので、そのネガティブな心模様をコントロールしManageするのもまた自分だと思い直しました。留学生活はそんなことの繰り返しです(*'ω'*)
他の級友が、留学ってもっと楽しいかと思った、と呟いたように、シャンシャンはある日ストレスから顔面神経麻痺にかかり一か月の療養生活を強要されました。(昨日、会った時はまたいつものおしとやかなシャンシャンに戻っていて安心しました。)
私も先日、右足が突然痛み出し、歩けなくなるという事態に陥りました。幸い一日で回復し、おそらく神経の関係だったのではないかと思っていますが、そんなことが多々起こります。
また、あまりにも溜息が止まらず溜息をつき続けるのでネットで調べたら、溜息は身体が大きく空気を吸い込もうとしていることなのでいいことだ、とポジティブなことが書いてありました(*'ω'*)
頭痛と吐き気が続いた後、こんなんでは修論が書けない!と心機一転を心掛けたらストップしました。すべては未知数の不安と自分に課したプレッシャーから来るものなのは確かなので、そのネガティブな心模様をコントロールしManageするのもまた自分だと思い直しました。留学生活はそんなことの繰り返しです(*'ω'*)
宗教画より、印象派、モネとかゴッホとかルノワール、フェルメール、ロートレック、モディリアーニ等の画家の絵に親しみを覚えていたのですが、ある日、用事があって行った先で Courtauld Gallery の前を通りかかりました。以前にも来たことのある小さな美術館で小一時間もあれば見て回れます。入口のすぐ右側の部屋に続くコーナーは宗教画が展示されており、いつもはここを一番後回しにするのですが、その日はそこに真っ先に入りました。
その中に魅かれる絵を見つけました。一人の聖人に対し、空からの金色の光、そしてまた白い鳩からの幾筋もの金色の光が降り注がれています。その絵の椅子の前に座り、長い間、その絵に見入りました。何か力がもらえるような癒されるようなもうじき希望が降って湧いてくるようなそんな気持ちにさせられました。
その中に魅かれる絵を見つけました。一人の聖人に対し、空からの金色の光、そしてまた白い鳩からの幾筋もの金色の光が降り注がれています。その絵の椅子の前に座り、長い間、その絵に見入りました。何か力がもらえるような癒されるようなもうじき希望が降って湧いてくるようなそんな気持ちにさせられました。